かっこうのつれづれ

麗夢同盟橿原支部の日記。日々の雑事や思いを並べる極私的テキスト

16. 旧暦2月14日未明 最後の賭け その2

2008-03-20 08:37:43 | 麗夢小説『悪夢の純情』

「上からは死夢羅の隕石、下からは将門の怨霊か」
 自嘲気味に呟いた榊に、麗夢は言った。
「諦めたら駄目! きっと、何か手があるはずだわ!」
「そうですとも! ここまできて諦めては、神殿の頑張りに対して申し訳が立たない。何か策を考えるんです」
「策と言っても・・・」
 円光の励ましに榊が応じようとしたその時、再び精神を腐食する強烈な将門の陰気が、室内に満ち満ちた。ルミノタイトは今度は榊の手から跳ね飛んだが、円光が咄瑳に張った結界にさえぎられ、床に落ちた。
「観自在菩薩、行深般若波羅留密多時・・・」
 半球状の透明な結界が、円光と麗夢、榊を覆い、将門の霊気を絶った。鬼童には、ルミ子が覆い被さった。無言の内に十秒が過ぎ、再び将門は過ぎ去って行った。
「驚いた。さっきよりもはるかに強い気でした」
 円光が額の汗を拭おうともせずに言うと、ルミ子に礼を言いながら、鬼童がそれに相づちを打った。
「やはりスピードとともにエネルギーレベルが上がっているんだろう。この分だと、次はもっと早く、もっと強烈なのがくるぞ」
「それまでこの機械が保つのか? 鬼童君?」
 榊に問われて、鬼童はルミ子に振り向いた。
「判らない。設計では将門を光速近くまで加速しても大丈夫なようにしてあるけれど、まだ光速の三〇○万分の一にしかなっていないのにエネルギーを抑え込めなくなっているわ」
 だからいつ崩壊してもおかしくない。鬼童はルミ子が呑み込んだ言葉を理解した。
「秒速一○○メートル、約五分か」
 それまでに何が出来る? 榊は半ば絶望して時計を見たが、その諦めを遮るようにして鬼童が言った。
「一つだけ、死夢羅の隕石も将門の怨霊も同時に何とかする策があります」
「どうするの、鬼童さん?」
 麗夢の問いに答えて、鬼童は計画を手早く説明した。
「将門の怨霊を、暴走させたまま死夢羅の隕石にぶつけるんです。将門のエネルギー量は死夢羅をはるかに上回ります。その力を隕石に衝突させれば、まず間違いなく隕石をはじきとばせるでしょう」
「でもどうやって?」
 鬼童は、床に落ちたルミノタイトを拾いながら、榊に言った。
「このルミノタイトを使うんです。今ルミ子が説明したように、ルミノタイトは霊場、すなわち精神エネルギーを排除しようとする性質があります。その性質を利用して、飛び出してきた将門を空にはじき返すんですよ」
 そんな事が出来るのか! と驚く榊達に向かって、鬼童は手短に方法を説明した。
「いいですか? まず将門をこの部屋でサイクロトロンから出す必要があります」
 鬼童の指さした先に、サイクロトロンから枝分かれしたチューブがあった。その先端は球形のポッドになっており、かつて死夢羅がサイクロトロンに出入りしたドアが正面に付いている。
「この終点から将門を解き放ちます。そして、このルミノタイトを使ってちょうどいい角度にはじくんです。角度さえ間違えなければ、必ず将門の力を宇宙に放ち、隕石を逸らす事が出来るでしょう」
「でも君は、隕石がどこにあるのか判るのか?」
 榊の問いに、鬼童はあっさりと言ってのけた。
「隕石の方向はこの死夢羅が飛び出していった先ですよ。死夢羅は東京に隕石を落とすって言ってるのですから、この飛び出していった角度と若干の誤差を計算すれば、隕石の位置を探るくらい造作ない事です」
「でも、それじやあなたが消し飛んでしまうわ!」
 ルミ子の悲痛な叫びにうなずいた円光は、その役拙僧が引き受ける、と気色ばんだ。しかし、鬼童はむしろ冷静にそれを拒絶した。
「いや駄目だ。今、見当で正確な角度を付けられるのは、残念ながら僕だけだろう。それにこれに失敗すればどうせ誰も助からないよ」
「しかし・・・」
 まだ渋る円光を置いて、鬼童はルミ子に振り返った。
「ルミ子、うまく生き残れたら、もう一度考え直すよ。霊子の証明実験、結構面白い研究課題のようだ」
「・・・海丸・・・」
 更に何か言おうとしたルミ子を制し、鬼童は決然と言い放った。
「もう時間がない。やるぞ!」
 鬼童の決意の前に、麗夢、円光、榊もこれ以上逆らう気持ちにはなれなかった。
「じゃあ鬼童さん、無事でいてね」
「あなたがいる限り、僕は死にはしませんよ、麗夢さん」
 敢えて表面は軽く装ってウインクした鬼童は、大急ぎで準備にとりかかった。まず生き残った端末を操作し、目の前の球形ポッドの扉を開けた。続けてサイクロトロンから室内に枝分かれしたチユーブの方に道を開き、サイクロトロンの方を閉じるコマンドを打ち込んだ。同時にサイクロトロンの奥でくぐもった機械音が響いて、引き込み用のチューブが開いた。鬼童の操作している端末にも、開口完了のサインが表示された。しかし、もう一つの、サイクロトロン側を閉じる方に表示されたのは、閉鎖不可能を示すエラーメッセージだった。鬼童はもう一度コマンドを打ち込み、目の前の機械群が故障している事実を知った。
「駄目だ!サイクロトロンが閉じない!」
「なんだって?」
 不安げに集中した視線を、鬼童は焦りの色に満ちた目で見返した。
「サイクロトロンを閉じる装置が働かないんです。たぶん死夢羅が結界を破壊した時に壊れたんだ」
「閉じないとどうなる?」
「将門をこっちに呼び込めないで、結界が崩壊するまでサイクロトロンを廻り続けるでしょう」
「なんとかならないのか、鬼童殿!」
「なんとか壁を、霊的な壁を作ることが出来たらいいんだが・・・」
「私が行きます!」
 苦渋に満ちた鬼童の顔色が、その声の主を見て一変した。
「駄目ですよ麗夢さん! 下手をすれば一瞬で文字どおり叩きつぶされます!」
「そうですとも! 結界が必要なら拙僧が行きます」
 必死で引き留める二人を、麗夢は強い調子で叱咤した。
「円光さんは榊警部や鬼童さんを結界で守ってあげて。アルファ、べータ、行くわよ!」
 麗夢は、なおも引き留めようとする二人を振り切って、開いた扉からサイクロトロンに飛び込んだ。その後を追って小さな犬と猫が駆け込んでいく。鬼童、円光は、もはや一人と二匹にその場を託すしかなかった。
「円光さん、榊警部、手伝って下さい」
 麗夢達を見送った鬼童は、常人の限界を超える速さで角度を計算し、二人に指示を出して崩れ落ちたクレーンや散乱するがらくたでバリケードを築き始めた。

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