白い砂浜が熱い。私は思わず火傷しそうなくらい熱くなった砂の上を、大はしゃぎで走っていた。大慌てで目の前の濡れて変色した砂まで駆けると、足が砂にくるぶしまで沈み込み、ほてった足の裏を瞬間冷却してくれる。
遠浅の浜に打ち寄せる小さな波が、時折足下まで届いて少し冷たい。
あれほど苛烈だった太陽も、何となくここでは優しさを覚えるようだ。
目の前には、地球は丸かったと実感できる弧を描いた水平線があり、その向こうに雄大に立ち上がった入道雲がそびえ、手前には島が少しかすんで見える。お姉さまによると、「友が島」という島らしい。空気が澄んでいたら、更にその先の淡路島も見えるんだって。今日はちょっと見えないみたいね、とお姉さまは残念そうにつぶやいていたけれど、私は初めて目の当たりにする海の圧倒的な存在感に、完全に心を奪われていた。
見知らぬ町で迷子になった私は、偶然このお姉さまと呼べ、と言う一人の少女と行動を共にすることになった。
探し物をしているから手伝えというのだ。
そのお礼に、私を仲間たちのところ、つまりヴィクター博士や鬼童さん、そして麗夢さんの下へ連れて行ってくれるって。
では、その探し物が何か、というと、実はまだ教えてもらっていない。
あ、ひとつだけ判っているんだっけ。
そう、この少女の名前。
自分の名前も探し物のひとつだ、なんて、客観的にいえば怪しいとしか言いようのない人よね。
でも、何故か私は、この少女を信じてもいいように思った。
どうしてだか今でも判らない。
ただ裏表のない、心の純粋な人だと感じたから、と言うしかないんだけど、目が見えなかったころの私は、どういうわけか相手の気持ちやいい人か、悪い人かがすぐ分かった。目が見えない分、他の感覚が鋭くなっていたんだと思う。だから、あの死神によって狂わされたジュリアンでも、私には怖くもなんともなかった。
今は目が見えるようになり、見えるもの全てが刺激的で新鮮だけど、それでも私は、目で見えるものよりも、かつて信じていた感覚のほうが確かなように感じていた。
そんなわけでこの少女をお姉さまと呼び(最初はさすがに気恥ずかしかったけど、ようやく慣れてきた)、引っ張りまわされるままにお付き合いしているのだ。
まず腹ごしらえよ、という彼女に連れられたのは、迷子の末たどり着いた公園から更に狭い道に入ったところにある、小さなお店だった。
なんとなく食欲をそそる香ばしい香りを漂わせていたそのお店は、開け広げた薄暗い室内に台を置き、その上に、人の頭ほどある大きく透明な四角い容器や、上だけ開けられた箱を並べていた。それぞれの容器には、なんとなくキャンデーかな? と思うものもあれば、どう見ても何かよくわからないものまで、いろんなものが入れてある。
壁にも透明なビニル袋に入れられた原色のけばけばしい水鉄砲などのおもちゃが乱雑にかけられ、床にも、すすけた箱の中に、確か独楽だと記憶しているおもちゃが無造作に放り込まれてあった。
店は正面の日よけの下に簡単なベンチを置き、左側には、道側の小さな窓ごしにお客と相対する、簡単なつくりの張り出しを構えていた。その中からじゅうじゅうと何かを焼く音が聞こえ、一人の少し腰の曲がった背の低いおばあさんが立っていた。
「おばちゃん、12個頂戴」
「はいよ」
お姉さまは、銀色の硬貨を2枚差し出した。
おばあさんは無愛想にお金を受け取ると、白い発泡スチロールをしわだらけな手で取った。
あっと私は、自分の財布を出そうとして気がついた。そうだ、すぐ戻るつもりで、手提げかばんを工場に置きっぱなしにしてきたんだったっけ。パスポートなどと一緒に、おじいちゃんにもらったお小遣いも全部、その中にしまいこんだままなのだ。
自分のうかつさにもじもじしている私に気がついたのか、お姉さまはにっこり笑って私に言った。
「お金のことなら心配いらないわよ。私はお姉さまなんだし、第一私を手伝ってくれるんだから、それに関する出費は当然依頼者である私が持つべきなの。さ、それより食べよう!」
お姉さまはおばあさんから白い容器を受け取ると、店の前のベンチに腰掛け、私にその隣に座るよう促した。
しょうがなしに隣に座り、その容器を見ると、ピンポン玉よりも一回り小さな丸いものが、縦3列、横4列に行儀よく並んでいる。上にかかっているのは、香ばしい香りがするソース、そして、緑色と薄い茶色の二種類の粉。一番右端の玉に仲良く2本の細い棒が刺してある。お姉さまはその一本を抜いて、さあどうぞ、と私に手渡した。
「あ、あの、これなんですか?」
「これ? これはね、たこ焼きっていうこの町で一番のご馳走だよ」
「たこやき?」
「いいからまず口に入れる!」
さっきタコが嫌いかどうかと聞いたのはこれだったのね。でも、どこにタコがあるのだろう?
私はなんとなく納得したような、要領を得ないような中途半端な気持ちをもてあましながら、お姉さまが召し上がるのを真似して、一個の「たこ焼き」に爪楊枝と言う名前の棒を突き刺し、そっと口元に運び込んだ。
「熱いから気をつけてね」
私は恐る恐る重力で少しひしゃげたその玉の端を、少しだけ食いちぎってみた。もぐもぐと二、三度噛んで飲み込み、次にもう少し大きく口に入れる。
なるほど、外側はかなり固く焼き締めた皮になっているけど、内側はとろけるように柔らかく、また熱い。いきなり口にしたら間違いなく舌を火傷してしまうに違いない。
三口目でぐにゃりとした食感が、奥歯の間に挟まった。まさかゴム? と思った瞬間、それは歯ですりつぶされて、他の食材と交じり合ってしまった。
そうか、これがタコだったんだ。
私はようやくたこ焼きの正体に気づいた。
遠浅の浜に打ち寄せる小さな波が、時折足下まで届いて少し冷たい。
あれほど苛烈だった太陽も、何となくここでは優しさを覚えるようだ。
目の前には、地球は丸かったと実感できる弧を描いた水平線があり、その向こうに雄大に立ち上がった入道雲がそびえ、手前には島が少しかすんで見える。お姉さまによると、「友が島」という島らしい。空気が澄んでいたら、更にその先の淡路島も見えるんだって。今日はちょっと見えないみたいね、とお姉さまは残念そうにつぶやいていたけれど、私は初めて目の当たりにする海の圧倒的な存在感に、完全に心を奪われていた。
見知らぬ町で迷子になった私は、偶然このお姉さまと呼べ、と言う一人の少女と行動を共にすることになった。
探し物をしているから手伝えというのだ。
そのお礼に、私を仲間たちのところ、つまりヴィクター博士や鬼童さん、そして麗夢さんの下へ連れて行ってくれるって。
では、その探し物が何か、というと、実はまだ教えてもらっていない。
あ、ひとつだけ判っているんだっけ。
そう、この少女の名前。
自分の名前も探し物のひとつだ、なんて、客観的にいえば怪しいとしか言いようのない人よね。
でも、何故か私は、この少女を信じてもいいように思った。
どうしてだか今でも判らない。
ただ裏表のない、心の純粋な人だと感じたから、と言うしかないんだけど、目が見えなかったころの私は、どういうわけか相手の気持ちやいい人か、悪い人かがすぐ分かった。目が見えない分、他の感覚が鋭くなっていたんだと思う。だから、あの死神によって狂わされたジュリアンでも、私には怖くもなんともなかった。
今は目が見えるようになり、見えるもの全てが刺激的で新鮮だけど、それでも私は、目で見えるものよりも、かつて信じていた感覚のほうが確かなように感じていた。
そんなわけでこの少女をお姉さまと呼び(最初はさすがに気恥ずかしかったけど、ようやく慣れてきた)、引っ張りまわされるままにお付き合いしているのだ。
まず腹ごしらえよ、という彼女に連れられたのは、迷子の末たどり着いた公園から更に狭い道に入ったところにある、小さなお店だった。
なんとなく食欲をそそる香ばしい香りを漂わせていたそのお店は、開け広げた薄暗い室内に台を置き、その上に、人の頭ほどある大きく透明な四角い容器や、上だけ開けられた箱を並べていた。それぞれの容器には、なんとなくキャンデーかな? と思うものもあれば、どう見ても何かよくわからないものまで、いろんなものが入れてある。
壁にも透明なビニル袋に入れられた原色のけばけばしい水鉄砲などのおもちゃが乱雑にかけられ、床にも、すすけた箱の中に、確か独楽だと記憶しているおもちゃが無造作に放り込まれてあった。
店は正面の日よけの下に簡単なベンチを置き、左側には、道側の小さな窓ごしにお客と相対する、簡単なつくりの張り出しを構えていた。その中からじゅうじゅうと何かを焼く音が聞こえ、一人の少し腰の曲がった背の低いおばあさんが立っていた。
「おばちゃん、12個頂戴」
「はいよ」
お姉さまは、銀色の硬貨を2枚差し出した。
おばあさんは無愛想にお金を受け取ると、白い発泡スチロールをしわだらけな手で取った。
あっと私は、自分の財布を出そうとして気がついた。そうだ、すぐ戻るつもりで、手提げかばんを工場に置きっぱなしにしてきたんだったっけ。パスポートなどと一緒に、おじいちゃんにもらったお小遣いも全部、その中にしまいこんだままなのだ。
自分のうかつさにもじもじしている私に気がついたのか、お姉さまはにっこり笑って私に言った。
「お金のことなら心配いらないわよ。私はお姉さまなんだし、第一私を手伝ってくれるんだから、それに関する出費は当然依頼者である私が持つべきなの。さ、それより食べよう!」
お姉さまはおばあさんから白い容器を受け取ると、店の前のベンチに腰掛け、私にその隣に座るよう促した。
しょうがなしに隣に座り、その容器を見ると、ピンポン玉よりも一回り小さな丸いものが、縦3列、横4列に行儀よく並んでいる。上にかかっているのは、香ばしい香りがするソース、そして、緑色と薄い茶色の二種類の粉。一番右端の玉に仲良く2本の細い棒が刺してある。お姉さまはその一本を抜いて、さあどうぞ、と私に手渡した。
「あ、あの、これなんですか?」
「これ? これはね、たこ焼きっていうこの町で一番のご馳走だよ」
「たこやき?」
「いいからまず口に入れる!」
さっきタコが嫌いかどうかと聞いたのはこれだったのね。でも、どこにタコがあるのだろう?
私はなんとなく納得したような、要領を得ないような中途半端な気持ちをもてあましながら、お姉さまが召し上がるのを真似して、一個の「たこ焼き」に爪楊枝と言う名前の棒を突き刺し、そっと口元に運び込んだ。
「熱いから気をつけてね」
私は恐る恐る重力で少しひしゃげたその玉の端を、少しだけ食いちぎってみた。もぐもぐと二、三度噛んで飲み込み、次にもう少し大きく口に入れる。
なるほど、外側はかなり固く焼き締めた皮になっているけど、内側はとろけるように柔らかく、また熱い。いきなり口にしたら間違いなく舌を火傷してしまうに違いない。
三口目でぐにゃりとした食感が、奥歯の間に挟まった。まさかゴム? と思った瞬間、それは歯ですりつぶされて、他の食材と交じり合ってしまった。
そうか、これがタコだったんだ。
私はようやくたこ焼きの正体に気づいた。
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