「あぶない!」
円光は、咄嗟に麗夢の背後に回り、耐えきれずにはねとばされた華奢な身体を受け止めた。その間も智盛の変容は止まらなかった。棒でも突っ込まれたかのように手足は突っ張り、目、口、耳鼻はおろか、腕、足、胸、背中と身体中から光が噴き出した。やがて爆発的に広がった光は、遂に球状に智盛を包み込み、急激に成長していった。二人は、手をかざしつつ光球の中心に呑まれていった智盛を見た。その瞬間である。麗夢は、自分の頭に直接響く、絶対に忘れる筈のない声を感じた。
「智盛様!」
麗夢は目を閉じて耳を澄ました。初めの内こそ断片的で意味を為さなかったつぶやきが、少しずつ形を為していき、同時にその姿まで脳裏に浮かんだ。
「麗夢・・・」
「智盛様!」
智盛は先程までの甲冑姿ではなく、在りし日の懐かしい公家装束で麗夢の脳裏に蘇った。きれいに白粉を振った顔に形良く眉ずみ引いて、きりりと格好良く烏帽子を着けた顔が、一点の曇りもなく塗り上げたお歯黒の並びも美しく、笑みを浮かべて麗夢に語った。
「逃げなさい。麗夢。これ以上ここにいるのは危険だ。私は結局平氏再興の妄執を捨てることが出来なかった。それがこの悪夢に格好の入れ物を与えることになってしまった。もうすぐ私はこの悪夢に呑まれてしまう。そうなってはもはやそなたをそなたと認めることもなく、嬉々として引き裂くことをためらわぬだろう。私は、たとえ乗っ取られたとはいえ私の身体にそなたを害させたりはしたくない。お願いだ。逃げてくれ」
麗夢は激しく首を振って智盛に言った。
「いやです! もう二度と離れたくありません。今、この私がお救い申し上げます。お気を確かに持って下さい」
智盛の表情が翳った。少しずつ苦しさを増すかのように息も荒く、一言ずつに力を込めて智盛は言った。
「お願いだ。もう私も持たない。すまぬ麗夢。すまぬ」
「智盛様! 待って!」
「早く逃げるんだ。早・・・く・・・」
智盛の姿が次第に遠ざかるに連れて、その声もまたとぎれとぎれに、やがて聞こえなくなった。麗夢は必死に追いかけたが、その姿をもう一度見ることは出来なかった。
はっと麗夢は目を開けた。智盛を包む光球は既に小山一つほどにも巨大になり、ゆっくりと空へ上がっていった。それが大木の高さほどでぴたりと止まり、一際強く輝いたかと思うと、急速にその光を失っていった。
「あれは?!」
円光は、薄れいく光の中から現れた巨大な足に息を呑んだ。更に遥か上空で左腕が宙に突き出され、続いて右腕が、それも腕に合わせて巨大化した草薙の剣を天高く振り上げて現れた。光はようやくその役目を終えて次第に消滅し、入れ替わるように、白銀作りの甲冑に身を包んだ巨人が、ゆっくりと月光に照らされた。かつて智盛と名乗った巨人は、力を持て余すように両手を突き上げ、天にも轟く咆哮を、月に向かって投げかけた。
「ぐわおおおうぅっ!」
地響きを伴ってこだまするその一声は、巨人にとってはこれから行われる破壊と殺戮への歓喜の叫びであった。
「何てこった・・・」
榊は鬼童と共に円光と麗夢の元へと走りながら、もうこれが自分の為しうる範疇から大きく越えていることを自覚せずにはいられなかった。円光もまた、これが末法の世というものかと思った。思わず口ずさんだ経さえ虚ろに聞こえ、無力感ばかり募る心は、円光の全身から全ての気を散じてしまうような錯覚さえ生んだ。その彼等の目の前に、突然ぼたりと空から降ってくるものがあった。首である。首は既にその力を使い果たしたのか、初めて見た時のようなまがまがしさをまるで残していなかった。落ち窪んだ目はもう光を失い、底知れぬ暗黒の穴を穿ってむなしく三人を睨んだ。が、一応形を保っていたのはほんの数瞬の間だった。たちまちその皮膚がめくり上がると、わずかな髪も抜け落ち、瞬く間にしゃれこうべに変わっていった。さらに白骨化した首は、その骨すら地上には残さなかった。まるでうずみ火に辛うじてもっていた灰が、なんの前触れもなく崩れるように、しゃれこうべはほんの一瞬骨の姿を見せただけで、たちまち小さな砂の山に変わったのである。円光は麗夢の肩を思わず強く抱きながら、手の中の少女に問いかけた。
「麗夢殿、これは一体どうしたと言うんですか?」
麗夢は、振り返ることもなく円光に言った。
「悪夢を封印していた夢守の首が、その力を使い果たして元の姿に帰ったのです」
「徐福の首ではなかったのですか?」
「或いはそう名乗っていた時もあったかも知れません。でも、もうそれを確かめることもできません」
「何か、智盛殿を助ける方法はないのですか?」
麗夢は、円光の問いに少しだけ答えるのを躊躇した。が、今は何かが吹っ切れたのかも知れない。しばしの沈黙の後、麗夢は口を開いた。
「一つだけ、方法があります」
「どんな方法です」
「もう一度、封印するのです。夢守の首を使って。皆さん、お手伝い下さいますか?」
おうと言いかけて、三人は大慌てに麗夢に言った。
「ちょ、ちょっと待って下さい。夢守の首というのは、まさか・・・」
ここで初めて麗夢は皆に振り向いた。にっこりと笑う顔に、三人は耳を疑った。
「私の首です。麗しき、夢を守る一族の末裔、この時に行き会わせた夢守の責務を、果たさなければならないのです」。
円光は、咄嗟に麗夢の背後に回り、耐えきれずにはねとばされた華奢な身体を受け止めた。その間も智盛の変容は止まらなかった。棒でも突っ込まれたかのように手足は突っ張り、目、口、耳鼻はおろか、腕、足、胸、背中と身体中から光が噴き出した。やがて爆発的に広がった光は、遂に球状に智盛を包み込み、急激に成長していった。二人は、手をかざしつつ光球の中心に呑まれていった智盛を見た。その瞬間である。麗夢は、自分の頭に直接響く、絶対に忘れる筈のない声を感じた。
「智盛様!」
麗夢は目を閉じて耳を澄ました。初めの内こそ断片的で意味を為さなかったつぶやきが、少しずつ形を為していき、同時にその姿まで脳裏に浮かんだ。
「麗夢・・・」
「智盛様!」
智盛は先程までの甲冑姿ではなく、在りし日の懐かしい公家装束で麗夢の脳裏に蘇った。きれいに白粉を振った顔に形良く眉ずみ引いて、きりりと格好良く烏帽子を着けた顔が、一点の曇りもなく塗り上げたお歯黒の並びも美しく、笑みを浮かべて麗夢に語った。
「逃げなさい。麗夢。これ以上ここにいるのは危険だ。私は結局平氏再興の妄執を捨てることが出来なかった。それがこの悪夢に格好の入れ物を与えることになってしまった。もうすぐ私はこの悪夢に呑まれてしまう。そうなってはもはやそなたをそなたと認めることもなく、嬉々として引き裂くことをためらわぬだろう。私は、たとえ乗っ取られたとはいえ私の身体にそなたを害させたりはしたくない。お願いだ。逃げてくれ」
麗夢は激しく首を振って智盛に言った。
「いやです! もう二度と離れたくありません。今、この私がお救い申し上げます。お気を確かに持って下さい」
智盛の表情が翳った。少しずつ苦しさを増すかのように息も荒く、一言ずつに力を込めて智盛は言った。
「お願いだ。もう私も持たない。すまぬ麗夢。すまぬ」
「智盛様! 待って!」
「早く逃げるんだ。早・・・く・・・」
智盛の姿が次第に遠ざかるに連れて、その声もまたとぎれとぎれに、やがて聞こえなくなった。麗夢は必死に追いかけたが、その姿をもう一度見ることは出来なかった。
はっと麗夢は目を開けた。智盛を包む光球は既に小山一つほどにも巨大になり、ゆっくりと空へ上がっていった。それが大木の高さほどでぴたりと止まり、一際強く輝いたかと思うと、急速にその光を失っていった。
「あれは?!」
円光は、薄れいく光の中から現れた巨大な足に息を呑んだ。更に遥か上空で左腕が宙に突き出され、続いて右腕が、それも腕に合わせて巨大化した草薙の剣を天高く振り上げて現れた。光はようやくその役目を終えて次第に消滅し、入れ替わるように、白銀作りの甲冑に身を包んだ巨人が、ゆっくりと月光に照らされた。かつて智盛と名乗った巨人は、力を持て余すように両手を突き上げ、天にも轟く咆哮を、月に向かって投げかけた。
「ぐわおおおうぅっ!」
地響きを伴ってこだまするその一声は、巨人にとってはこれから行われる破壊と殺戮への歓喜の叫びであった。
「何てこった・・・」
榊は鬼童と共に円光と麗夢の元へと走りながら、もうこれが自分の為しうる範疇から大きく越えていることを自覚せずにはいられなかった。円光もまた、これが末法の世というものかと思った。思わず口ずさんだ経さえ虚ろに聞こえ、無力感ばかり募る心は、円光の全身から全ての気を散じてしまうような錯覚さえ生んだ。その彼等の目の前に、突然ぼたりと空から降ってくるものがあった。首である。首は既にその力を使い果たしたのか、初めて見た時のようなまがまがしさをまるで残していなかった。落ち窪んだ目はもう光を失い、底知れぬ暗黒の穴を穿ってむなしく三人を睨んだ。が、一応形を保っていたのはほんの数瞬の間だった。たちまちその皮膚がめくり上がると、わずかな髪も抜け落ち、瞬く間にしゃれこうべに変わっていった。さらに白骨化した首は、その骨すら地上には残さなかった。まるでうずみ火に辛うじてもっていた灰が、なんの前触れもなく崩れるように、しゃれこうべはほんの一瞬骨の姿を見せただけで、たちまち小さな砂の山に変わったのである。円光は麗夢の肩を思わず強く抱きながら、手の中の少女に問いかけた。
「麗夢殿、これは一体どうしたと言うんですか?」
麗夢は、振り返ることもなく円光に言った。
「悪夢を封印していた夢守の首が、その力を使い果たして元の姿に帰ったのです」
「徐福の首ではなかったのですか?」
「或いはそう名乗っていた時もあったかも知れません。でも、もうそれを確かめることもできません」
「何か、智盛殿を助ける方法はないのですか?」
麗夢は、円光の問いに少しだけ答えるのを躊躇した。が、今は何かが吹っ切れたのかも知れない。しばしの沈黙の後、麗夢は口を開いた。
「一つだけ、方法があります」
「どんな方法です」
「もう一度、封印するのです。夢守の首を使って。皆さん、お手伝い下さいますか?」
おうと言いかけて、三人は大慌てに麗夢に言った。
「ちょ、ちょっと待って下さい。夢守の首というのは、まさか・・・」
ここで初めて麗夢は皆に振り向いた。にっこりと笑う顔に、三人は耳を疑った。
「私の首です。麗しき、夢を守る一族の末裔、この時に行き会わせた夢守の責務を、果たさなければならないのです」。
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