かっこうのつれづれ

麗夢同盟橿原支部の日記。日々の雑事や思いを並べる極私的テキスト

12.夢守 その7

2008-03-15 23:02:31 | 麗夢小説『麗しき、夢』
 智盛は、叫び声とともに眉間に飛んできた気の塊を、自分に対する攻撃だと判断した。崇海にとって最後に訪れた悲劇は、智盛の巨大な足の裏に、ぼやけつつある視界が埋め尽くされるまで、智盛はまだ自分の術中にあると信じていたことにあっただろう。断末魔の悲鳴すら上げることなく崇海が全身の骨を砕き、全ての血液を土に染み込ませた時、智盛の注意は、完全に周囲から逸れていた。この絶好の機会を榊は逃さなかった。全身に刻まれた戦場の勘が、無意識に榊の指の力を抜いた。滑るように弦が榊の指から逃げ、限界まで引き絞られた弓が、その溜めた力の全てを一本の矢に託して跳ねた。
 チン!
 遥か遠くで、玉の砕ける小さな音が鳴った。と同時に智盛の背中で細かい砂をこぼすようなきらめくもやが月光に照りはえた。
「当たったか?!」
 榊は、半ば確信しながらも、そう口にせずにはいられなかった。一見見た目には何の変化のない構図。だがその中で、ただ一点だけ変化したことが、次第に榊へ歓喜の炎を燃え上がらせた。智盛の背に立つ脇差し、その白木で出来た柄の部分が消し飛んで、刀身の末を黒々と見せていたからである。それはまさしく矢が当たり、その先端の曲玉とともに、柄をも打ち砕いたからに相違なかった。そして智盛は、あれほど激しく野分のように吹き荒れた動きを停め、棒立ちになって立ちすくんだ。
(忝けのう存じます。皆さん)
 三人は直接耳元でささやかれたような感じがして、麗夢の姿を追った。麗夢は、智盛の前で一差し舞うように立ち回ると、右手に笛を握り、太刀のように振り上げて跳躍した。三人はまるで夢でも見ている気分だった。振り上げられた笛は忽ち光を発して三尺を越える長さに伸び、それを振りかざす少女は、神々しき紫の袖と薄絹の羽衣をなびかせながら、宙を飛んで一息に智盛の頭上へと舞ったのである。一回転して体を入れ替えた麗夢は、落ちる速さも加えて両手に構えた光の剣を、智盛の眉間に叩きつけた。
 かっ!
 稲光が智盛の頭ではじけた。麗夢は途端に力を失ったように体勢を崩し、木の葉が舞い散るようにゆっくりと地に落ちた。我に返った円光の身体が、考えるよりも速く麗夢に向かって走り出した。あっとばかりに榊、鬼童も円光の後を追う。円光は全力疾走のまま麗夢と地面の間に滑り込んだ。瓦礫の地面はしたたかに円光の背中をえぐったが、その甲斐あって麗夢の身体を傷つけることは出来なかった。思いの外に軽い、脱力した四肢を円光に預けた麗夢は、疲労困狽した目で円光を見つめた。
「また、助けていただきましたね。円光様」
「助けていただいたのは拙僧の方でござる!」
 円光は、背中の激痛もものともせず、麗夢を抱いたまま立ち上がった。その直ぐそばで、「化け物」智盛の自壊が始まっていた。円光は、榊、鬼童とともに麗夢を守りつつ、智盛から離れた。その直ぐそばに、智盛の巨大な鎧がほぐれるようにバラバラと落ちて、白銀の瓦礫を積み上げた。堪えかねるように片膝付いてしゃがみ込んだ智盛は、左肩から抜けるようにして腕が落ちたのを合図にどうと仰向けに倒れ伏した。円光に下してもらった麗夢は、その残骸の山と化した智盛によろけながらも近づいた。
「智盛様、お目を覚まして下さい。智盛様!」
 麗夢の声が何度かむなしく山にこだまし、音色に悲痛なものが混じり始めた頃、瓦礫の山の一角が突然崩れ、一本の手が突き出された。榊は反射的に腰の大刀に手をかけたが、麗夢は円光の手を振りきってその手に飛びついた。
「智盛様、しっかりして! 今お助けします!」
 円光も麗夢の後を追って瓦礫に取り付いた。二人の手に傷が隙間もないほどに増えた時、ようやく智盛の上半身が露になった。おそるおそる榊と鬼童も側により、円光の肩越しに智盛を見た。
 智盛は暫くそのまま動かずにいたが、何かを振り払うように二度三度頭を振ってゆっくりと目を開けた。
「おお、これは夢か? もう一度、そなたの顔を見ることが叶おうとは」
「智盛様!」
 智盛は時折顔をしかめながらも、表面は完全に平静を保った。円光と麗夢の気に一時的に押さえ込まれたとはいえ、悪夢は霧散したわけではない。今ももう一度智盛の肉体を乗っ取ろうと果敢に活動しているはずである。それに耐えて戦っている智盛の苦しさが、麗夢には痛いほど理解できた。
「智盛様、今楽にしてさしあげます」
 涙ながらに語る麗夢に、智盛は弱々しい微笑みを返した。
「麗夢、そなたには助けられてばかりだ。都で、八島で、そしてこの夢隠しの郷で。本当に済まぬと思う。だがこれ以上そなたに負担を強いるわけにはいかない」
「そんな、智盛様」
「いいや、麗夢、元はと言えば全てこの私の、平家再興という妄執が招いた罪なのだ。だがもののふの家に生まれ、戦場で生涯を送った私にはこの修羅道の他に選ぶ道が無かった。今更それから逃れたりすることは出来ぬ。こうして動いている限り、私はその罪から逃れることは出来ないのだ」
「でも、このままでは智盛様は救われず、再び鬼と化して未来永劫、苦しみ続けなければなりません」

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