かっこうのつれづれ

麗夢同盟橿原支部の日記。日々の雑事や思いを並べる極私的テキスト

05 海は危険が一杯! その3

2009-04-29 15:29:17 | 麗夢小説『向日葵の姉妹達』


 この海は、飛行機から見た地中海の、宝石を溶かし込んだようなエメラルド・グリーンとは色合いがかなり異なっていた。
 やや暗い青色というのだろうか。空の青さとは違い、もっとくすんだ感じのする色だ。
 海岸近くは砂の色のせいか、茶色くにごっているようにも見える。
 その中を、大勢の人々が色とりどりの水着を着て、思い思いにすごしていた。家族連れや友達同士、カップルもたくさんいるが、子供達だけの集団もいるようだ。
「さあ! 私たちも早く着替えて行きましょう!」
「あ、はい!」
 海に見とれていた私の手を、お姉さまは力強く引っ張った。私は足を砂にとられそうになりながら、「海の家」の看板の立つ、粗末な小屋へと連れ込まれた。
 水着は途中のお店で調達していた。紺の競泳用という種類の、おそろいの水着。「シェリーちゃんならスクール水着が似合ったかもね」などと笑みをこぼしつつ、お姉さまが選んだものだ。ちょっと布地が薄くて着るのが恥ずかしい気がしたのだけれど、日本は繊維でも高度な技術が発達しており、これだけ薄くても肌が透けたりする心配はない、というお姉さまの言葉を信用することにした。
 海の家の更衣室を借りて水着に着替え、これもついでに購入した日焼け止めクリームを、露出した足や腕や背中にたっぷりと塗りつけた。手の届きにくいところをお互いに塗りっこしてそのくすぐったさに悲鳴を上げたりしながら、しっかり日に灼けた砂の上を海岸まで走った。
 こうして冒頭の波打ち際に至ったというわけである。
「さあ、泳ぐわよ!」
 お姉さまは言うなり、どんどん海に向かって進んでいった。人々がほどほどににぎわう中を、盛大に水しぶきをあげながら、モーゼさながらに突き進んでいく。
「待って!」
 私も水に駆け込んだ。ヒヤッとした水の感触が本当に気持ちよく、お姉さまに追いつくころには、その水が腰まで届いていた。
「ほら!」
 突然振り向いたお姉さまが、私めがけて手ですくった水を投げつけた。
「きゃっ!」
 私は思わず手を前に出して、飛沫となって飛んできた海の水を受け止めた。もちろんそんなことでよけきれるはずもなく、私は頭から水をかぶった。
「もう! 何するんですか……」
 私は抗議の声を上げようとして、開いた口に入ってきた海水の味に驚いた。
 塩辛い。
 フランケンシュタイン公国には海はない。
 水遊びくらいはバイエル湖でしたことがあるが、その水は当然ながら真水だった。私には、一応海の水が塩辛い、と言う知識はあったが、実際にそれを「味わう」のは初めてだったのだ。
 この水は確かに塩味。
 私は目を瞠ったまま、両手を添えて水をすくってみた。透明な水は見た目には何も変わらない。でも、思い切ってなめてみると、さっきの水と同じ味がした。
「塩辛い……」
 今度は口に出して言うと、お姉さまはあきれたのか、両手を腰に当てて私に言った。
「海なんだから、塩辛いのは当たり前でしょ」
 私は始めての海との出会いに興奮し、うれしさいっぱいになってお姉さまに言った。
「うん! 海だから塩辛いのは当たり前よね!」
 言いながら、私の両手がしっかり海の中を後ろから前に振り上げられ、大量の海水の飛沫を目の前のお姉さまに浴びせかけていた。油断していたお姉さまはよけることもできないまましっかり頭から水をかぶり、ぐしょぐしょになった髪の毛から海水を滴らせながら、私に言った。
「やったなこら!」
 そうしてしばらくキャーキャー言いながら水を掛け合った末、互いに心の底から笑いながら、時間を忘れて海の中を駆けり回った。すでに到着はお昼を大分回っていたけれど、夏の昼下がりはなかなか翳ろうともせず、私たちはいつまででも遊んでいられそうな気がしていた。そう、あの人たちが来るまでは……。

 それは、一通り水遊びを満喫して、ちょっと一休みするために海の家に引き上げてきたときのことだった。私は、そこにこの海岸ではついぞ見かけない奇妙な格好をした男の人たちを見つけて、不思議な思いに囚われた。皆が皆水着姿、あるいはTシャツをはおるだけのラフな格好な中で、その人達は、揃いであつらえたように同じデザインの黒のスーツと黒のサングラスをしていたのだ。この暑い中、その姿でほとんど汗をかいている様子がないのも凄く不気味だ。
「お姉さま、あの人達……」
 と言いかけて、私ははっと息を呑んだ。終始笑顔を顔に貼り付けていたお姉さまの様子が変わった。顔が明らかに引きつり、怒りとも悔しさとも言いがたい一種異様な雰囲気をまとわりつかせている。
「シェリーちゃん……」
 お姉さまが突然私の手をとった。
「え?」
「逃げるわよ!」
「え、え? あっ!」
 私の手が、また強引に引っ張られた。でも、私はこれまでとは明らかに違う強い引きに、切迫した何かを意識した。そして、その思いを証明するかのように、黒尽くめの男達の声が、背中越しに聞こえてきた。
「あそこだ! 追え!」

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