目を丸くした私の手を取って、またまたお姉さまは走り出す。慌てて円光さんが後を追いかけてきたけれど、帰路についた人々の間を縫うように進むお姉さまと私には、到底付いてくることが出来ない。
たちまち円光さんの姿が見えなくなると、さすがに腹が立ってきた私は、お姉さまの手を振り払ってその場に立ち止まった。
「いい加減にして下さい!」
するとお姉さまは、きょとん、とした表情で振り向いた。
「どうしたの? シェリーちゃん」
「どうしたのって! 一体何時になったら捜し物をするんですか!」
「シェリーちゃん、楽しくなかった?」
「私はそんなことを聞いてるんじゃありません!」
楽しいか楽しくないかを問われたら、楽しかったに決まっている。
生まれて初めてたこ焼きという食べ物を口にしたし、憧れの海で遊ぶ事もできたし、言葉に出来ないほど美しい花火を見ることもできた。
でも、もう夜は更けた。遊ぶ時間は終わったと言っていいだろう。
私は、捜し物を手伝う代わりに、私を麗夢さんやヴィクター博士の元に連れていってくれるという約束で付いてきたのだ。
私もさすがに今日は疲れた。
もういい加減、その約束を守って欲しいと言ってもバチは当たらないと思う。
「もう夜は遅いです。今日捜し物が見つからないのなら、明日も手伝います。だから今日は……」
「あー金魚すくいだ!」
お姉さまは私の話が終わるのも待たずに、側にあった屋台の一つに駆け込んでいった。ずらりと並んだ屋台の列は、まだ人が残っているせいもあってどれも明るい灯火を軒に吊し、最後のお客を得ようと頑張っている。私は、もう! と悪態を付くと、そのピンクの背中を追いかけた。
ようやく追いついて覗いてみると、膝くらいの高さに水を張った四角く浅い水槽の中に、小さくてきれいな赤い魚が一杯泳いでいた。確か金魚という日本独自の観賞魚だ。数人の子供達が掌くらいの大きさの、白くて丸いものを持って、水槽にへばりついている。何をするのだろう、と更に見ていると、私の左下にいる小さい男の子が、やにわにその白いものを水に突っ込み、金魚を追い回し始めた。その横で、そっくりな顔をした少し大きな男の子が、叱りつけるように声をかけている。
「あかんて! そんな元気なでかい奴より、こっちの小さいのにしとき!」
でも白いのを持つ男の子は、そんな声はまるで届かないと見えて、ひたすら目立つ大きめなのを追い回し、やがて白い丸の中央にその金魚を載せるや、思い切りよく水から白いのを持ち上げた。私は思わず両手を拳にして見ていたが、次の瞬間、その白いのが消えたのを見て、目をしばたかせた。
「ほーらいわんこっちゃない! 破れてもうたやないか!」
よく見ると、その白い丸は針金で出来た枠に紙を貼り付けたものだった。それを水につけ、大きな金魚を載せて持ち上げようとしたものだから、当然のように中央から破れて枠だけになってしまったのだ。
大きい方の子供は、泣き出しそうに悔しげな小さい方に嘲りとも慰めともつかない言葉をかけながら、水槽の向うの男の人に銀色の硬貨を何枚か渡し、同じ形の白い紙を受け取った。
「まあ見とけ。こういうのはな、こつがあるんや」
私はついお姉さまの事を忘れてその子の様子を見、素直に感嘆の溜息をついた。
なるほど、言うだけのことはある。
小さい男の子の手つきとは大分違い、水につけている時間も短かければ、全体を水につけたりもしない。
まるでさっとかすめ取るように、水際近くの小さめの魚を次々とすくい取っていくのだ。
さっきあんなにあっけなく破れた紙と同じものとは到底思えないほどその紙は長持ちし、反対の手で持ったお椀一杯に赤い魚がひしめき合うようになって、ようやく破れた。思わずほっと溜息をついたとき、お姉さまが言った。
「シェリーちゃんもしない?」
そうだ! お姉さまを追いかけてきたんだった。
でもお姉さまは私に文句を言わせる隙を与えなかった。さっきの男の子が持っていたのと同じものが、私の視界を遮ったのだ。
またのせられている……。
わたしはさっきの憤懣を燻らせながらも、お姉さまの左側にしゃがみ込んだ。
お椀を一つ受け取り、水の中をじっと見つめる。
金魚は赤いのばかりでなく、黒いふわふわした尻尾を持った、妙に頭の大きなのもいた。出目金と言うんだそうだ。
私は意を決して、目の前にふらふらと泳いできたそれ目がけて、手を水に入れた。
ひゃっとした水の感じが、私の気持ちを少ししゃきっとさせる。金魚達が一斉に逃げ、私はつい夢中になってそのうちの目を付けた一匹の後ろから、そのポイと呼ばれる白いので追いかけた。でも、それはさっきの小さい方の男の子と同じ轍を踏む行為だった。気が付いたときには、私のポイは大きな出目金に中央を押し破られ、ゲームオーバーを告げられていた。
溜息をついて隣をみると、お姉さまは結構上手に金魚を追い回していた。左手のお椀にも既に数匹の金魚がすくい上げられている。その嬉々とした姿はほほえましい限りだけれど、じっとその様子を見ているうち、私は追いかけられる金魚が可哀想になってきた。
狭くて浅い逃げ場のないところに押し込められて、子供達の遊び相手をさせられる境遇。それも、ポイで無理矢理追い回されるという遊びに付き合わされるのだ。何となくその境遇が自分に似ているところがあるようにも思えてくる。
私は使えなくなったポイをお店の人に手渡すと、そっと立ち上がってその場を離れた。
円光さんはまだ私たちに追いつけないでいるらしい。すぐ近くにいるとは思うのだけれど、少なくとも今私の側にはいない。
私は少し心細くなって、早くお姉さまが金魚すくいを止めてくれればいいと思った。
やがて、お姉さまはようやく満足したのか、うれしそうに笑顔をみせながら、屋台から出てきた。
「はい、これ上げる」
お姉さまは、手にした透明なビニール袋を私に差し出した。中には水が入れられ、その水の中に、今追い回していた金魚が一匹、何も知らずに泳いでいた。
たちまち円光さんの姿が見えなくなると、さすがに腹が立ってきた私は、お姉さまの手を振り払ってその場に立ち止まった。
「いい加減にして下さい!」
するとお姉さまは、きょとん、とした表情で振り向いた。
「どうしたの? シェリーちゃん」
「どうしたのって! 一体何時になったら捜し物をするんですか!」
「シェリーちゃん、楽しくなかった?」
「私はそんなことを聞いてるんじゃありません!」
楽しいか楽しくないかを問われたら、楽しかったに決まっている。
生まれて初めてたこ焼きという食べ物を口にしたし、憧れの海で遊ぶ事もできたし、言葉に出来ないほど美しい花火を見ることもできた。
でも、もう夜は更けた。遊ぶ時間は終わったと言っていいだろう。
私は、捜し物を手伝う代わりに、私を麗夢さんやヴィクター博士の元に連れていってくれるという約束で付いてきたのだ。
私もさすがに今日は疲れた。
もういい加減、その約束を守って欲しいと言ってもバチは当たらないと思う。
「もう夜は遅いです。今日捜し物が見つからないのなら、明日も手伝います。だから今日は……」
「あー金魚すくいだ!」
お姉さまは私の話が終わるのも待たずに、側にあった屋台の一つに駆け込んでいった。ずらりと並んだ屋台の列は、まだ人が残っているせいもあってどれも明るい灯火を軒に吊し、最後のお客を得ようと頑張っている。私は、もう! と悪態を付くと、そのピンクの背中を追いかけた。
ようやく追いついて覗いてみると、膝くらいの高さに水を張った四角く浅い水槽の中に、小さくてきれいな赤い魚が一杯泳いでいた。確か金魚という日本独自の観賞魚だ。数人の子供達が掌くらいの大きさの、白くて丸いものを持って、水槽にへばりついている。何をするのだろう、と更に見ていると、私の左下にいる小さい男の子が、やにわにその白いものを水に突っ込み、金魚を追い回し始めた。その横で、そっくりな顔をした少し大きな男の子が、叱りつけるように声をかけている。
「あかんて! そんな元気なでかい奴より、こっちの小さいのにしとき!」
でも白いのを持つ男の子は、そんな声はまるで届かないと見えて、ひたすら目立つ大きめなのを追い回し、やがて白い丸の中央にその金魚を載せるや、思い切りよく水から白いのを持ち上げた。私は思わず両手を拳にして見ていたが、次の瞬間、その白いのが消えたのを見て、目をしばたかせた。
「ほーらいわんこっちゃない! 破れてもうたやないか!」
よく見ると、その白い丸は針金で出来た枠に紙を貼り付けたものだった。それを水につけ、大きな金魚を載せて持ち上げようとしたものだから、当然のように中央から破れて枠だけになってしまったのだ。
大きい方の子供は、泣き出しそうに悔しげな小さい方に嘲りとも慰めともつかない言葉をかけながら、水槽の向うの男の人に銀色の硬貨を何枚か渡し、同じ形の白い紙を受け取った。
「まあ見とけ。こういうのはな、こつがあるんや」
私はついお姉さまの事を忘れてその子の様子を見、素直に感嘆の溜息をついた。
なるほど、言うだけのことはある。
小さい男の子の手つきとは大分違い、水につけている時間も短かければ、全体を水につけたりもしない。
まるでさっとかすめ取るように、水際近くの小さめの魚を次々とすくい取っていくのだ。
さっきあんなにあっけなく破れた紙と同じものとは到底思えないほどその紙は長持ちし、反対の手で持ったお椀一杯に赤い魚がひしめき合うようになって、ようやく破れた。思わずほっと溜息をついたとき、お姉さまが言った。
「シェリーちゃんもしない?」
そうだ! お姉さまを追いかけてきたんだった。
でもお姉さまは私に文句を言わせる隙を与えなかった。さっきの男の子が持っていたのと同じものが、私の視界を遮ったのだ。
またのせられている……。
わたしはさっきの憤懣を燻らせながらも、お姉さまの左側にしゃがみ込んだ。
お椀を一つ受け取り、水の中をじっと見つめる。
金魚は赤いのばかりでなく、黒いふわふわした尻尾を持った、妙に頭の大きなのもいた。出目金と言うんだそうだ。
私は意を決して、目の前にふらふらと泳いできたそれ目がけて、手を水に入れた。
ひゃっとした水の感じが、私の気持ちを少ししゃきっとさせる。金魚達が一斉に逃げ、私はつい夢中になってそのうちの目を付けた一匹の後ろから、そのポイと呼ばれる白いので追いかけた。でも、それはさっきの小さい方の男の子と同じ轍を踏む行為だった。気が付いたときには、私のポイは大きな出目金に中央を押し破られ、ゲームオーバーを告げられていた。
溜息をついて隣をみると、お姉さまは結構上手に金魚を追い回していた。左手のお椀にも既に数匹の金魚がすくい上げられている。その嬉々とした姿はほほえましい限りだけれど、じっとその様子を見ているうち、私は追いかけられる金魚が可哀想になってきた。
狭くて浅い逃げ場のないところに押し込められて、子供達の遊び相手をさせられる境遇。それも、ポイで無理矢理追い回されるという遊びに付き合わされるのだ。何となくその境遇が自分に似ているところがあるようにも思えてくる。
私は使えなくなったポイをお店の人に手渡すと、そっと立ち上がってその場を離れた。
円光さんはまだ私たちに追いつけないでいるらしい。すぐ近くにいるとは思うのだけれど、少なくとも今私の側にはいない。
私は少し心細くなって、早くお姉さまが金魚すくいを止めてくれればいいと思った。
やがて、お姉さまはようやく満足したのか、うれしそうに笑顔をみせながら、屋台から出てきた。
「はい、これ上げる」
お姉さまは、手にした透明なビニール袋を私に差し出した。中には水が入れられ、その水の中に、今追い回していた金魚が一匹、何も知らずに泳いでいた。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます