「いい加減にして! 貴方はただの化け物だわ! 彼の姿をしていることさえ許し難いのに、口調までまねて亨の振りをするなんて許せない!」
「怒るな怒るな。今は癇癪の一つもあるだろうが、俺が世界を手に入れたときには、また考えも変わるだろうよ。だがまずは、封印された我が力を取り戻すのが先決だ。その後あの夢守を迎えに行く。うれしいことにこの山向こうに来ているんだ。探す手間が省けて助かるよ」
夢守、と言う言葉に、鬼童の耳がピン!と立った。
「ま、まさか麗夢さんと会ったのか、松尾!」
すると松尾は、おどけたように笑顔を閃かせると鬼童に言った。
「ほおう、鬼童、お前も知っていたのか。あの娘、今でも麗夢と名乗っているとはな。麗しき夢、か。代々の夢守に受け継がれた名前だそうだが、原日本人の大王の后に相応しい佳き名であるな」
「原日本人……あの娘達と同じ仲間か」
「おいおい、お前まで同じ過ちをしてくれるな鬼童。あれは我らの下級の巫女にすぎん。ついでに言っておくが、「闇の皇帝」とかいう物も、後世の生き残りが勝手に名付けた代物だ。あれなど此処に瞑る力と比べれば、ただの小道具に過ぎん」
そうだ、この地に瞑るという巨大な力!
今はそれこそが肝要であろう。鬼童は息せき切って松尾に言った。
「僕はそれを検証しに来たんだ! やはりさっきの大蛇がその力か?!」
すると松尾は見るからに不機嫌そうな表情に変わった。
「あれが偉大なる我が力だと? 鬼童、お前の目は節穴か! よかろう、かつての親友のよしみに免じて見せてやる。これが本当の俺の力、かつて裏切りし夢守達によって分割され、封印された我が力の片鱗だ」
「駄目よ!こんな町中でそれを開放したら!」
「いずれこの世は我が支配下に堕ちる。この世に残された力を全て取り戻した時、根の国に封じられた真なる我が力が開放されれば、こんなものでは済むまい!」
加茂野の制止を無視して、松尾は大きく両手を広げ始めた。
「止めてぇっ!」
加茂野の右手が、左脇に隠し持っていたホルスターから西部劇のヒーローさながらの早業で拳銃を抜き放ったと見えた瞬間、乾いた音色が鬼童の耳を打った。同時に松尾の胸の辺りから黒っぽい破片が飛び、その足元に落ちた。
「効かないよ、そんなおもちゃは」
鬼童は、松尾の足元の黒っぽい破片が蠢いているのを見た。百足だ。胴体をうち砕かれ、頭の部分三センチほどになった大きな百足がのたうち回っている。続けざまに加茂野の銃が火を噴いた。三発、四発と松尾の身体に吸い込まれていく。だが、そのたびにぱちっと異音を発して、松尾の足元に引きちぎられた百足の身体が飛び散った。やがて、一発が松尾の額に命中した。今度こそ、と加茂野は銃を引いたが、額を打ち抜かれ、致命傷を負ったはずの松尾は、全く動じずラジオ体操でも始めるような調子で、大きく腕を振り上げた。 瞬間、辺りの静寂が深まった。日常の喧噪が削り取られ、全くの無音が世界を支配した。その直後である。突然くぐもった地鳴りが仁徳陵の方角からわき起こり、それが急速に大きくなって、やがて大地を揺るがす大音響となって地面を大きくうねらせた。あちこちに巨大な地割れが走り、タイヤを取られた車が次々と自由を失って、あるものは停止し、あるものは所構わず激突して火の手を上げた。巨大な仁徳陵を覆う木々が内堀に次々と雪崩落ちて飛沫を上げる。阪神大震災にも耐えた建物達が、あるいは傾き、あるいは拉げて、たちどころにがれきの山と化していった。およそ一分間に渡って続いた破壊の序曲は、松尾が手を下ろしたことでようやく終章を迎えた。
「どうだ、少しは理解できたか鬼童」
鬼童は、地面に四つん這いになったまま松尾を見上げ、その額の穴から顔をのぞかせた百足の頭を見てしまった。赤い縁取りの穴から蠢く触覚と足を出し、再び中へと引っ込んでいく。その途端に、内側から肉が盛り上がり、額の傷が急速に修復されていった。
「君は一体……?」
「原日本人の真の大王の力、恐れ入っただろう? では俺はまだやらねばならないことがある。また会おう、鬼童海丸。加茂野美里」
松尾の姿がうっすらとぼけ、やがて鬼童の目の前から消えた。鬼童と加茂野は、時ならぬ直下型地震に襲われた阿鼻叫喚の地に取り残され、無念のほぞをかむばかりであった。だが、いつまでもそうしているわけにはいかない。鬼童は加茂野に振り返ると、改めて言った。
「今度こそ話してくれるだろうな」
「ええ。どうやら貴方もこの件からは逃れられない運命を持っているみだいだし……。でもその前に教えて。貴方と夢守の、その、麗夢さん、と言ったかしら。彼女とはどういう関係なの?」
「ど、どういう関係って、それは……」
あからさまに問われて鬼童はうろたえた。さっきの松尾のようにはっきり言えれば苦労はないが、未だそこまで親密な関係が出来たわけではない。だが、加茂野は加茂野で、そんなことが聞きたいわけではなかった。
「言いたくないなら別にいいわ。それより連絡は取れる?」
「あ、ああ」
「じゃあ今すぐ法隆寺に行くように言ってちょうだい。出来るだけ早く、一刻の猶予もないわ」
「法隆寺だって?」
「そう。この戦いの帰趨は、それにかかっているわ」
思い詰めたような加茂野の顔に、鬼童も真剣な眼差しで頷き、ポケットから携帯電話を取りだした。
「怒るな怒るな。今は癇癪の一つもあるだろうが、俺が世界を手に入れたときには、また考えも変わるだろうよ。だがまずは、封印された我が力を取り戻すのが先決だ。その後あの夢守を迎えに行く。うれしいことにこの山向こうに来ているんだ。探す手間が省けて助かるよ」
夢守、と言う言葉に、鬼童の耳がピン!と立った。
「ま、まさか麗夢さんと会ったのか、松尾!」
すると松尾は、おどけたように笑顔を閃かせると鬼童に言った。
「ほおう、鬼童、お前も知っていたのか。あの娘、今でも麗夢と名乗っているとはな。麗しき夢、か。代々の夢守に受け継がれた名前だそうだが、原日本人の大王の后に相応しい佳き名であるな」
「原日本人……あの娘達と同じ仲間か」
「おいおい、お前まで同じ過ちをしてくれるな鬼童。あれは我らの下級の巫女にすぎん。ついでに言っておくが、「闇の皇帝」とかいう物も、後世の生き残りが勝手に名付けた代物だ。あれなど此処に瞑る力と比べれば、ただの小道具に過ぎん」
そうだ、この地に瞑るという巨大な力!
今はそれこそが肝要であろう。鬼童は息せき切って松尾に言った。
「僕はそれを検証しに来たんだ! やはりさっきの大蛇がその力か?!」
すると松尾は見るからに不機嫌そうな表情に変わった。
「あれが偉大なる我が力だと? 鬼童、お前の目は節穴か! よかろう、かつての親友のよしみに免じて見せてやる。これが本当の俺の力、かつて裏切りし夢守達によって分割され、封印された我が力の片鱗だ」
「駄目よ!こんな町中でそれを開放したら!」
「いずれこの世は我が支配下に堕ちる。この世に残された力を全て取り戻した時、根の国に封じられた真なる我が力が開放されれば、こんなものでは済むまい!」
加茂野の制止を無視して、松尾は大きく両手を広げ始めた。
「止めてぇっ!」
加茂野の右手が、左脇に隠し持っていたホルスターから西部劇のヒーローさながらの早業で拳銃を抜き放ったと見えた瞬間、乾いた音色が鬼童の耳を打った。同時に松尾の胸の辺りから黒っぽい破片が飛び、その足元に落ちた。
「効かないよ、そんなおもちゃは」
鬼童は、松尾の足元の黒っぽい破片が蠢いているのを見た。百足だ。胴体をうち砕かれ、頭の部分三センチほどになった大きな百足がのたうち回っている。続けざまに加茂野の銃が火を噴いた。三発、四発と松尾の身体に吸い込まれていく。だが、そのたびにぱちっと異音を発して、松尾の足元に引きちぎられた百足の身体が飛び散った。やがて、一発が松尾の額に命中した。今度こそ、と加茂野は銃を引いたが、額を打ち抜かれ、致命傷を負ったはずの松尾は、全く動じずラジオ体操でも始めるような調子で、大きく腕を振り上げた。 瞬間、辺りの静寂が深まった。日常の喧噪が削り取られ、全くの無音が世界を支配した。その直後である。突然くぐもった地鳴りが仁徳陵の方角からわき起こり、それが急速に大きくなって、やがて大地を揺るがす大音響となって地面を大きくうねらせた。あちこちに巨大な地割れが走り、タイヤを取られた車が次々と自由を失って、あるものは停止し、あるものは所構わず激突して火の手を上げた。巨大な仁徳陵を覆う木々が内堀に次々と雪崩落ちて飛沫を上げる。阪神大震災にも耐えた建物達が、あるいは傾き、あるいは拉げて、たちどころにがれきの山と化していった。およそ一分間に渡って続いた破壊の序曲は、松尾が手を下ろしたことでようやく終章を迎えた。
「どうだ、少しは理解できたか鬼童」
鬼童は、地面に四つん這いになったまま松尾を見上げ、その額の穴から顔をのぞかせた百足の頭を見てしまった。赤い縁取りの穴から蠢く触覚と足を出し、再び中へと引っ込んでいく。その途端に、内側から肉が盛り上がり、額の傷が急速に修復されていった。
「君は一体……?」
「原日本人の真の大王の力、恐れ入っただろう? では俺はまだやらねばならないことがある。また会おう、鬼童海丸。加茂野美里」
松尾の姿がうっすらとぼけ、やがて鬼童の目の前から消えた。鬼童と加茂野は、時ならぬ直下型地震に襲われた阿鼻叫喚の地に取り残され、無念のほぞをかむばかりであった。だが、いつまでもそうしているわけにはいかない。鬼童は加茂野に振り返ると、改めて言った。
「今度こそ話してくれるだろうな」
「ええ。どうやら貴方もこの件からは逃れられない運命を持っているみだいだし……。でもその前に教えて。貴方と夢守の、その、麗夢さん、と言ったかしら。彼女とはどういう関係なの?」
「ど、どういう関係って、それは……」
あからさまに問われて鬼童はうろたえた。さっきの松尾のようにはっきり言えれば苦労はないが、未だそこまで親密な関係が出来たわけではない。だが、加茂野は加茂野で、そんなことが聞きたいわけではなかった。
「言いたくないなら別にいいわ。それより連絡は取れる?」
「あ、ああ」
「じゃあ今すぐ法隆寺に行くように言ってちょうだい。出来るだけ早く、一刻の猶予もないわ」
「法隆寺だって?」
「そう。この戦いの帰趨は、それにかかっているわ」
思い詰めたような加茂野の顔に、鬼童も真剣な眼差しで頷き、ポケットから携帯電話を取りだした。