半谷範一の「オレは大したことない奴」日記

B級自動車ライターのカオスな日常

ジネッタG15S 過去の所有車 その6

2010-01-25 20:30:50 | その他、自動車関連
“過去の所有車 その6” は、このクルマ、ジネッタG15Sについて書くことにしましょう。

アバルト1300クーペ(OT1300/124)で軽量なRRスポーツカーの魅力を知った私が、その次の手に入れたのはこの英国製のキットカー、ジネッタG15Sでした。このクルマとの出会いは某誌の取材。その存在こそ知っていたものの、当時は「プアマンズ・エラン」といった世間の評価をそのまま鵜呑みにしていましたこともあり、あまり大きな期待はしていませんでした。ところが実際に体験したG15Sは、私の想像を遥かに超えた無茶苦茶面白いクルマだったのです。












RRのレイアウトで搭載されているエンジンはルーツ系(ヒルマン、サンビーム、シンガー)の大衆車、インプ用の水冷直列4気筒SOHCがベース。排気量は標準では875cc(55bhp)、ラリー・インプ用エンジン搭載の高性能版、 “S” でさえわずか998cc(65bhp)に過ぎませんが、試乗したクルマにはハートウェルチューンの130bhpのエンジンが搭載されていたこともあって、公称で530kg台(現実にはもう少し重いですが……)に過ぎない超軽量なボディから、信じられないほどのパフォーマンスを引き出していました。その俊敏、というよりは鋭利なナイフのエッジの上を行くがごとき緊張感のある操縦性も、エランとは全然別種のファンに満ちたものでした。

これ、欲しい。どうしても欲しい。

そこで私はアバルトを手放し、オリエンタルトレーディング の在庫車であったこの72年モデルのG15Sを手に入れることにしたのです。今から20年前、1990年のことでした。

その後、軽量なRRスポーツの魅力を更に追求したくなり、アルピーヌ・ルノーA110 1600SCも入手しましたが、それでも決してG15Sの魅力が薄れることはありませんでした。そして、G15Sをフルレストアすると同時に、わずか15台しか生産されなかったというこの画像のモデル、“G15スーパーS” 仕様を製作することを考え付いたのです。



G15スーパーS(別名ジネッタGT)とは、G15のボディにVW用の空冷フラット4を搭載したという北米市場専用のモデル。北米市場ではインプはポピュラーではなかったため、その代わりにキットカーの定番であったVW用のエンジンが選ばれたというわけです。英国車の愛好家の皆さんからは「そんなの邪道だ」と非難されましたが、私にとってはまさに理想的な組み合わせでした。もちろん “本物” の入手も考えましたが、アメリカ人にとってジネッタはキワモノのキットカーにすぎなかったようで、20年前に調べた段階では現存は0台。いずれにしても、欲しかったら自分で作るしかなかったのです。

そこで、当時VWビートルでお世話になっていた川口市のVW専門店、ベストインポートサービスさんの軒先を借りて、山崎正夫社長やスタッフの皆さん、常連のお客さん等、多くの方の手を借りながら作業を開始することにしました。クルマの購入から5年後、1995年のことでした。




毎週日曜日になると、こうやってアルピーヌに乗ってBISまで行って、終業時間まで作業を行っていました。赤いテントの下に入っているのがG15Sで、手前の白いのが私のアルピーヌ。このクルマに関してはまた別の機会に書きます。




これはフレームとボディを分離して、エンジンを下ろしたところ。左側に写っているのは、作業を手伝ってもらった佐藤志真夫さん。現在は草加市の谷塚駅近くでVW専門、ワイルドシングを経営されていますが、当時は全然違う仕事をされていました。




G15のボディは非常に軽いので、裏側の作業も簡単でした。大人二人で簡単に運べましたし、一人でも背中にかつぐことができました。もちろん、そのまま歩くことはできませんでしたが(笑)。




ボディとフレームを分離してみたところ、フレームの一部に腐りを発見しました。そこで、当時ジネッタの代理店だった板橋のプレステージさん経由で、純正の新品のフレームを入手しました。これも大人二人で簡単に運べるほど軽量です。左側で手伝ってくれているのは、現在柏市でVW専門店、ワイルドボアを経営されている浅野尚也さん。




VWエンジン搭載のための加工は当時成城にあったブリティッシュ・コンペティションにお願いしました。これはフレームを積載車に積み込んでいるところ。左側は現在茨城県の稲敷郡でVW専門店、RIMガレーヂを経営されている菊池龍さん。右はVWのディーラーでサービスメカニックをされているNさん。




ボディとフレームは別々に作業を進めました。ボディの作業をしてくれているのはY'-CUPの耐久では最強のチーム、W・T耐マイスターズのリーダー、Herちゃん。すでにVW関連の仕事から離れてしまいましたが、この当時はBISのスタッフでした。現在でも半谷家のイベントの常連です。




おっ、これは私ですね。自分のクルマなんで、目にみえない所まで手を抜きません。




フレームが帰ってきたので、早速ボディを載せてみましょう。フォークリフトを運転しているのは、現在アメリカ車やライト・トラック関係の雑誌の編集長をされている岡村真さん。それにしても、本当に沢山の方がこのクルマの製作を手伝ってくださったんですね。




ファン・シュラウドが当たってしまいましたが、ボディを少しモディファイするか、ポルシェ・ファンを使えばクリアできそうです。完成まで後一歩ですね。しかし……



実はこの画像は1999年。つまり今から11年前のものです。この後、子供が誕生したり、私自身の仕事が忙しくなったり、Y's‐CUPが始まったり、重整備のクルマを何台も同時に抱えることになったり……いつの間にかジネッタG15の作業はどんどん後回しになり、この段階からまったく進まなくなってしまいました。数年前までは「いつか完成させよう」と思っていたものの、色々考えた結果、恐らく私が所有している限り、永遠に完成することはないという結論に達しました。そこで泣く泣く作業の継続を断念。3年ほど前にワイルドシングの佐藤さんにお願いして引き取っていただくことにしました。

そして現在、ボディの方はこのような状態になっています。




以前にも少しだけ書きましたが、私にとっての理想のクルマとは決してスーパーカーの類ではありません。4気筒程度のエンジンを搭載した軽量でシンプルなクルマです。もし現存する車の中から何か一台選べといわれたら、やはりデ・トマゾ・ヴァレルンガかアルピーヌ・ルノーA110 1600SCを選びますが、もしこのG15スーパーSを完成させることができていたとしたら、それこそが私にとって理想のクルマとなっていたことでしょう。


(2015年06月17日 追記)
以前調べたときには現存台数0といわれていたG15スーパーSですが、何とまだ1台生き残っている車両があり、アメリカのオークションサイト、eBayに出品されました!。VW系のキットカーは変な色に塗られてしまったり、趣味の悪いモディファイが加えられていたり、無茶苦茶な状態になってしまうことが多いのですが、幸いなことにオリジナルの姿に忠実にレストアされている様子。疑問に思っていたミッションの搭載方法やドライブシャフトのつなぎ方も良く分かりました。子供達が大学を卒業するまでは自動車や射撃の趣味は封印すると誓ったはずなのに、ちょっとクラクラしています。さて、どうしたものかなぁ……
コメント (7)
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