学問空間

「『増鏡』を読む会」、第10回は3月1日(土)、テーマは「二条天皇とは何者か」です。

資料:棚橋光男氏「少納言入道信西─黒衣の宰相の書斎を覗く」

2024-12-27 | 鈴木小太郎チャンネル2024
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『後白河法皇』(講談社選書メチエ、1995)

彼は〈日本一の大天狗〉だったのか?
中世胎動期に屹立する政治的巨人が透視したもの
源頼朝に対抗し、守旧勢力を巧妙に操った老獪な〈大天狗〉。はたまた『梁塵秘抄』を編纂した粋狂な男。後白河がいなければ、天皇制は存続しなかったかもしれない。古代王権を中世王権へと再生させるために、法皇は何を考えていたのか? 王権の機能を再編成し、文化情報の収集・独占と操作の意味を透視した天才の精神に迫る。

https://bookclub.kodansha.co.jp/product?item=0000151368

p68以下
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学問と技芸のアウトライン

 信西の"博覧強記""諸芸通達"ぶりについては、古来さまざまな逸話(神話)が生まれ、また、さまざまな事実が伝えられている。その関心のひろがり・雑駁さ・実際性、そして芸道への深い傾倒は、頼長の学風とは好対照だ。
 逸話はしばらく措く。学問の分野では、鳥羽上皇の命をうけ六国史のあとをつぐ歴史書『本朝世紀』(未定稿。現存四五巻)や、律令格式の実際的運用のための判例およびケース別法律問答集、すなわち"律令格式百科大全"というべき『法曹類林』(現存四巻。もと二三〇巻)などの精力的な編纂が、事実の領域だ。そして、この二書こそ、「信西政権」の政策展開(後述)と密接不可分の著述・編纂作業の結晶であった。
 ここで、信西がその経史、とくに〈史〉の蘊蓄を傾けた〈白鳥の歌〉─君側の佞臣・信頼を弾劾し"暗君"後白河を強く諫めた言葉を掲げておこう(『玉葉』一一九一年〈建久二〉十一月五日条)。

【以下、二字下げ】
……そもそも長恨歌絵に相具して一紙の反古〔ほご〕有り。披見の所、通憲法師の自筆なり。文章褒むべく、義理悉く顕はる。感歎の余、之を写し留む。その状に云く、
【以下、三字下げ】
唐の玄宗皇帝は近世の賢主なり。然れども、その始めを慎み、その終りを弃〔す〕つ。泰岳の封禅(=皇帝が泰山〈山東省〉で天を祭る儀礼)有りと雖も、蜀都の蒙塵(=安禄山・史思明の乱で玄宗が楊貴妃の故郷蜀〈四川省〉に敗走したこと)を免れず。今、数家の唐書及び唐暦・唐紀・楊妃内伝を引き、その行事(=先蹤・事績)を勘へ、画図に彰はす。伏して望むらくは、後代の聖帝・明王、この図を披き、政教の得失を慎まんことを。また、厭離穢土の志有らば、必ずこの絵を見、福貴常ならず、栄楽夢の如きこと、之を以て知るべきか。この図を以て永く宝蓮華院に施入し了んぬ。時に平治元年十一月十五日、弥陀利生の日なり。
                           沙弥(信西)在判
【以下、二字下げ】
この図、君心を悟らせんが為、予〔かね〕て信頼の乱を察し、画き彰はせるところなり。当時の規模(=現在の規範)、後代の美談たるものなり。末代の才士、誰をか信西に比べん哉。褒むべく感ずべき而巳〔のみ〕……

 玄宗の治世前半は〈開元の治〉と称えられた聖代。しかし、後半は楊貴妃とその一族を寵愛し、安史の乱を呼び込んだ。信西は傍点部の史書を動員し、玄宗と楊貴妃をうたった白楽天の叙事詩長恨歌の絵を制作して後白河を諫めた。そして、〈開元の治〉に比すべき後白河の治世とは、すなわち信西自身の治世にほかならなかったから、この諫言はすなわち自らの政策展開に対する自讃の言葉にほかならない。
 ちなみに、信西の後白河批判については、もう一つ有名な史料がある。やはり『玉葉』の一一八四年(寿永三)三月十六日条だ。

【以下、二字下げ】
……大外記(清原)頼業来り……語らひて云く、「先年、通憲法師語らひて云く、『当今〈法皇を謂ふなり〉、和漢の間、比類少なきの暗主なり。謀叛の臣傍らに在るも、一切覚悟の御心無し。人(信西)これを悟らせ奉ると雖も、猶以て覚らず。かくの如きの愚昧、古来未だ見ず未だ聞かざるものなり。但し、その徳二つ有り。(a)もし叡心、事を果たし遂げんと欲すること有らば、敢て人の制法に拘らず、必ずこれを遂ぐ。〈この条、賢主においては大失なれども、今は愚暗の余りこれを以て徳となす〉。(b)次に、自ら聞こし食し置くの事、殊に御忘却無し。年月遷ると雖も、心底に忘れ給はず。この両事、徳と為せり』と云々。……」

 痛烈な批判、痛烈な皮肉だ。そして、(a)(b)ともに乱世の君主としてのマキャベリスト的〈徳目〉を逆説的に表現した警句。信西のしたたかさを証明する寸言というべきか。
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※「傍線部」を太字とした。
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