幸せに生きる(笑顔のレシピ) & ロゴセラピー 

幸せに生きるには幸せな考え方をすること 笑顔のレシピは自分が創ることだと思います。笑顔が周りを幸せにし自分も幸せに!

阿川佐和子さん「サワコの朝 尾上松也さん」 ”オーディション落ちまくっても挑戦!”

2020-08-08 10:44:44 | 生き方/考え方
1985年生まれ。「半沢直樹」に出演。
ミュージカルやTV番組。本業の歌舞伎以外の仕事にも積極的に。
父を早く亡くし、歌舞伎界のバックアップがなかった。
お母さんは女優 河合盛恵さん。

歌舞伎俳優さんが「半沢直樹」に3人出演している。顔芸がすごい。
ドラマに出演したとき、演技や声を抑えるように注意された。
「半沢直樹」」では抑えることがなかった。

歌舞伎座は8月から再開している。私は出演はないが。
新型コロナウイルス対でずっと演技を休んでいた。「半沢直樹」」の現場が久しぶりで、嬉しかった。

1曲目スピッツ「ロビンソン」 私も好き(サワコ)
中学生の時初めて買ったCD。
5歳の時に初舞台。子役として活躍。12歳までに4つ賞を受賞している。父は元々歌舞伎の家でなく歌舞伎をやりたいとのことで歌舞伎に入門した。父の歌舞伎披露宴のときに松竹の社長さんから出るように言われた。

20歳の時、父が急に亡くなった。いつでも聞けると思っていた。不安にかられた。先輩たちに指導してもらうけど、先輩たちには父がいて、自分だけ置いておかれるような気分。
基本は、ひねている。悪い意味ではなく原動力になっている。
父もお弟子さんを引き継いだ。歌舞伎以外のとこでどれだけ自分の価値を高められるかを考えた。
オーディションを受けた。ミュージカルも受けた。
オーディションはことごとく落ちてきた。ドラマに出るチャンスが1日でもあれば、歌舞伎を1か月休んで出ていた。
そこで自分のアピールするしかなかった。将来につながると。2009年から自主公演も取り組んだ。
オーディションに落ち続けるときつかった。30歳までにできなかったらもう止めようかと思っていた。
母と妹を養わないといけなかった。
真っ赤な服。これでも地味。母と似ているのは、おしゃべりがそっくり。
二人ともバラエティー好き。劇団新派の女優。
母は「春の波濤」に出演が決まっていたがその時身ごもっていた。
身ごもらないで女優としての道を進みたかった。
今でもその時の悔いが残っている。
母が嫉妬している話ですね。
父も嫉妬していた。おまえはその歳で良い役を貰うなと。

今35歳。歌舞伎以外のとこで頑張られるので、歌舞伎でもそれが良い意味で役立っている。
「半沢直樹」に出演させていただいたのはありがたい。

2曲目 バックストリート・ボーイズBo-izu「What It That Way」
生涯歌舞伎役者をやらして欲しい。
若い世代に歌舞伎に足を運んで欲しいです。

感想
歌舞伎の家に生まれていない。
父が20歳の時に亡くなった。
とても大変だったようです。
それでもチャレンジし続けて今があるようです。

歌舞伎の家に生まれていない人が歌舞伎に新しい血を注ぎ、歌舞伎を盛り立てているように思いました。