「言路洞開」……相手の話をよく聞き、誠を尽くして説き聞かすこと。
この時代にも、こういう言葉があったんですね。
おそらく漢語だろうから、中国人も理解する言葉だろう。
現在、日中の火種になっている<尖閣問題>。
「言路洞開」というキーワードで、両者よく話し合ってもらいたいもの。
決して、武力で解決してほしくない。
暴力には暴力しか生みませんからね。
やられたらやり返すで、暴力や憎しみの連鎖が果てしなく続く。
しかし、容保(綾野剛)は「言路洞開」ではなく、「武力」「暴力」の道を選んでしまった。
当時の情勢からは仕方のない判断だったのかもしれないが、松陰(小栗旬)、覚馬(西島秀俊)の「誠を尽くして動かぬものはない」とはかけ離れた選択。
せめて現代人のわれわれは、この選択の結果、会津が陥った歴史の悲劇から学びたい。
今回、「言路洞開」という言葉を作家さんは持ち出してきたが、ここにはそんな作家さんのメッセージがあるように思える。
「尊皇攘夷」という言葉も面白い。
ラスト容保は「尊皇攘夷は幕府を倒す口実」と理解したが、このように言葉の背後には、それが意味すること以外の思惑があるんですね。
たとえば現代で言えば、「原発がなくなれば日本経済は失速する」。
これって本当かな? 「原発を維持するための口実」ではないのかな?
日本に新たな開国を迫るTPP問題は、幕末の状況と似ている。
斬り合いこそしていないが、賛成派・反対派で争っている。
こう考えると、『歴史は繰り返す』で、人間はあまり進歩していないんですね。
八重(綾瀬はるか)の言葉も興味深い。
「会津が憎まれる? 幕府のお指図で朝廷さお守りしているのに。はるばる都まで行って働いておられるのに。そった事あるはずがねえ。会津が憎まれるなんて」
八重の言葉は<素朴>で、ある意味<正論>である。
しかし、現実の政治の世界では、正論は正論でなくなってしまうし、立場が違えば、正しい行動が憎むべき悪になってしまう。
こう見ていくと、現実ってメチャクチャで、現実に生きることって大変ですね。
今後、<素朴>な八重は、こんな<政治の力学>と、どのように折り合いをつけていくんだろう?
この時代にも、こういう言葉があったんですね。
おそらく漢語だろうから、中国人も理解する言葉だろう。
現在、日中の火種になっている<尖閣問題>。
「言路洞開」というキーワードで、両者よく話し合ってもらいたいもの。
決して、武力で解決してほしくない。
暴力には暴力しか生みませんからね。
やられたらやり返すで、暴力や憎しみの連鎖が果てしなく続く。
しかし、容保(綾野剛)は「言路洞開」ではなく、「武力」「暴力」の道を選んでしまった。
当時の情勢からは仕方のない判断だったのかもしれないが、松陰(小栗旬)、覚馬(西島秀俊)の「誠を尽くして動かぬものはない」とはかけ離れた選択。
せめて現代人のわれわれは、この選択の結果、会津が陥った歴史の悲劇から学びたい。
今回、「言路洞開」という言葉を作家さんは持ち出してきたが、ここにはそんな作家さんのメッセージがあるように思える。
「尊皇攘夷」という言葉も面白い。
ラスト容保は「尊皇攘夷は幕府を倒す口実」と理解したが、このように言葉の背後には、それが意味すること以外の思惑があるんですね。
たとえば現代で言えば、「原発がなくなれば日本経済は失速する」。
これって本当かな? 「原発を維持するための口実」ではないのかな?
日本に新たな開国を迫るTPP問題は、幕末の状況と似ている。
斬り合いこそしていないが、賛成派・反対派で争っている。
こう考えると、『歴史は繰り返す』で、人間はあまり進歩していないんですね。
八重(綾瀬はるか)の言葉も興味深い。
「会津が憎まれる? 幕府のお指図で朝廷さお守りしているのに。はるばる都まで行って働いておられるのに。そった事あるはずがねえ。会津が憎まれるなんて」
八重の言葉は<素朴>で、ある意味<正論>である。
しかし、現実の政治の世界では、正論は正論でなくなってしまうし、立場が違えば、正しい行動が憎むべき悪になってしまう。
こう見ていくと、現実ってメチャクチャで、現実に生きることって大変ですね。
今後、<素朴>な八重は、こんな<政治の力学>と、どのように折り合いをつけていくんだろう?
純粋で誠実な容保は所詮「若(青)かった」ということなのでしょうね。
容保の「言路洞開」を内心軽侮しながら「勝手にしろ」と対応した慶喜ははるかに「食えない男」だと言えます。
それはさておき、容保を演じる綾野さんの演技は素晴らしく、容保が主人公だとの声も多いようです。しかし
>八重の言葉は<素朴>で、ある意味<正論>である。
八重の素朴な言葉は平和な時代での<常識>。
前回も書きましたが、作者は意図的に八重とその周辺を「時代の波」との落差のうちに描いています。
今回の前半は、何と山本家の若者たち(含尚之助)+神保修理・雪夫妻の温泉旅行!
留守宅では覚馬の新しい着物のために機織に精を出すうら-川遊びの時もそうでしたが、彼女はレクリエーションには参加しない-、覚馬のために耳かきや足袋を作る父母。
京都と対照的な会津の世界は、ことさらに平和な、そして暖かい愛情に満ちた空間として描かれています。
やはりこれは、後にこの世界の人々を襲う運命の残酷さを際立たせるための伏線なのでしょう。
今回一番印象的だったのは、覚馬の背中に頬を寄せるうらの姿でした。
追記
容保が乗り移ったような綾野さん、可憐な若妻・雪を演じる芦名星さんは、別のドラマではそれぞれやや頼りなげな現代青年、「お色気」担当のくノ一を演じているようです。
役者さんの芸域とは広いものですね。
いつもありがとうございます。
容保が「若(青)かった」、慶喜が「食えない男」。
さすがTEPOさん、ふたりを見事に表した表現ですね。
そして、作家はこのようにふたりを的確に描き分けている。
京都と会津の違いも<描き分け>ですよね。
八重とうらも。
この作品は、<描き分け>の中に静かなドラマが描かれていますね。
<描き分け>といえば、役者さんも。
綾野さんに芦名さん。
綾瀬はるかさんも最近はすっかり会津弁が板についてきて、「仁-JIN-」の咲さんから八重になってきました。
年齢を重ねてからの<描き分け>も楽しみですね。