漢検一級 かけだしリピーターの四方山話

漢検のリピート受検はお休みしていますが、日本語を愛し、奥深い言葉の世界をさまよっています。

古今和歌集 0103

2020-02-10 19:11:43 | 古今和歌集

かすみたつ はるのやまべは とおけれど ふきくるかぜは はなのかぞする

霞立つ 春の山べは 遠けれど 吹きくる風は 花の香ぞする


在原元方

 

 霞が立っている春の山辺は遠くて花は見えないけれど、そちらから吹いてくる風は花の香りがする。

 0102 は霞に隠れて見えない花を、霞に映える色から想像していましたが、こちらは風が運んでくる香りから花を想っています。類似の発想の歌を選者が並べたものでしょう。古今集にはよく見られる編集方法ですね。在原元方は、古今和歌集の巻頭第一番の歌の作者ですね。


古今和歌集 0102

2020-02-09 19:46:35 | 古今和歌集

はるがすみ いろのちくさに みえつるは たなびくやまの はなのかげかも

春霞 色のちくさに 見えつるは たなびく山の 花の影かも


藤原興風



 

 春霞が色とりどりに見えるのは、その霞がたなびいている山に咲く花の影が映っているのだろうか。

 「霞の色」というのは、普通に考えれば白でしょうか。それが、霞に隠れて見えない山の花の色が透けて、ほんのりと色づいて見えるというのは、なんとも幻想的な風景ですね。

 


古今和歌集 0101

2020-02-08 19:25:23 | 古今和歌集

さくはなは ちくさながらに あだなれど たれかははるを うらみはてたる

咲く花は ちくさながらに あだなれど 誰かは春を うらみはてたる


藤原興風




 咲く花はどんな種類のものも必ず散ってしまうけれども、それでも一体誰が春という季節を恨み通すことができようか。

 散る花を惜しむ余り、その一瞬は春(晩春)という季節を恨めしく思いもするが、一年が巡ってまた春を迎える時季となれば、誰しもがまた花の咲くのを(したがって春という季節を)待ち望む気持ちになる。

 作者の藤原興風は平安時代前期の歌人で三十六歌仙の一人。古今集には17首と多くの歌が入集しています。中でも、百人一首にも採られた 0909 の歌はおなじみですね。

 

たれをかも しるひとにせむ たかさごの まつもむかしの ともならなくに

誰をかも 知る人にせむ 高砂の 松も昔の 友ならなくに

 


古今和歌集 0100

2020-02-07 19:14:06 | 古今和歌集

まつひとも こぬものゆゑに うぐひすの なきつるはなを おりてけるかな

待つ人も こぬものゆゑに 鶯の 鳴きつる花を 折りてけるかな


よみ人知らず


 待ち人も来ないのに、鶯が鳴いている花の枝を折ってしまった。そんなことをしても、見てくれる人もいないのに。

 「ゆゑに」は、現代では「~なので」と順接の意味にしか用いませんが、古語では「~なのに」と逆説の意味もあり、この歌ではどちらで解釈しても意味が通ります(順接に捉えれば、待ち人が来ないからせめて花の枝を折って手元に置き、無聊をなぐさめたという歌になります)。皆さんはどちらだと感じられるでしょうか。

 

 さて、昨年秋から続けてきた一日一首の古今和歌集。ようやく100番までたどりつきました。残り 1,000首 とまだまだ先は長いですが、無理せず急がず続けていきたいと思います。気が向かれた際には、どうぞお付き合いください。


古今和歌集 0099

2020-02-06 19:04:38 | 古今和歌集

ふくかぜに あつらへつくる ものならば このひともとは よきといはまし

吹く風に あつらへつくる ものならば このひともとは よきと言はまし


よみ人知らず

 

 吹く風に注文をつけられるものなら、花が咲いているこの一本の木のところだけは避けて吹いてくれと言うのになぁ。

 「風よ、花のところを避けて吹いてくれ」というフレーズは 0085 にもありましたね。作者は藤原好風。

はるかぜは はなのあたりを よきてふけ こころづからや うつろふとみむ

 0085 は、風が吹かなくても花が自らの意思で散っていくのかどうか確かめたいから、というややひねった表現でしたが、どうか花を散らさないでほしいという心情は同じです。