EXPRESS DIARY~鉄人日記~

鉄道に関することを日々徒然なるままに書いて行こうと思います。

東急田園都市線

2009年05月26日 | 関東

080112denen5008  首都圏で混雑率が一番高いと悪名高い東急田園都市線だが、私は平日の朝ラッシュ時などに乗車したことがないのでほんとのところどれほどの混雑なのか想像もつかない。乗車したのはいずれも休日ダイヤの昼下がりばかりで、郊外路線の同線では都市間を走る東横線などとは違い閑散とした雰囲気が強い。さすがに都心に向かうにつれて利用者は増えて、休日とは言え、二子玉川付近からはかなり混み合っている印象があるが、それでも遅延がひどくて急行を準急化して並行ダイヤにしなければならないほど深刻な朝ラッシュの混雑率を垣間見ることはできない。

 当初乗車した時には半蔵門線に乗り入れていたものの、東武との直通はまだ開始されておらず、地下鉄車両が乗り入れてくるだけで東急の代わり映えしない車両とさらにあまり変わり映えしない半蔵門線の車両ばかりであまり面白くなかったが、近年は東武の車両も乗り入れてきて、東急でも5000系などの増備が進み、バラエティに富む車両が走り、ファン的にも面白い路線になりつつある。その反面直通運転の広域化により遅延も問題になっているようで、相反する面も持ち合わせているようだ。7月には溝の口までの複々線化が完成するようだ。大井町線電車の乗り入れが行われることになるが、また、変わり行く同線に乗りに行かねば…とマニア心をくすぐられる。


横浜高速鉄道こどもの国線

2009年05月25日 | 関東

050504kodomonokuniy0114  横浜高速鉄道こどもの国線には05年5月4日に乗車している。東急から既に横浜高速鉄道になってからの乗車のため、東急こどもの国線には乗車していない。同線では東急3000系に準じたY000系が使用されており、ワンマン運転が行われていた。GW期間中だったので、こどもの国へ向かう子供連れが非常に多く、平日はともかく土休日にはそれなりに賑わう路線という印象が強い。実際のところは何度か乗ってみないとわからないが、この種の路線も関西にはないタイプの路線で、人口が爆発的に多い関東でこそ成り立つ路線という印象を受ける。050504kodomonokunionda


東急池上線

2009年05月22日 | 関東

050504tokyuikegami7603  東急池上線は都会派バリバリの路線の印象が強い東横線や郊外の通勤路線田園都市線などとは違い、下町を走る路線というイメージが強い。五反田が起点というところや本線とは違う短い編成が走るところなどは東横のイメージが強い東急からすると少しかけ離れた感がある。下町路線といっても結構な輸送量があり、関西にはないタイプの路線といえる。同線には05年5月4日に1度だけ乗車している。現在は新鋭の7000系も導入されているが、当時はまだ7000系がバリバリで活躍していた。今も7000系は存在しているが、そのうち置き換えられていくことになるだろう。なんせ関東私鉄の車両展開は悠長な関西と違って目まぐるしいので5年一昔といった感じがする。


千葉都市モノレール

2009年02月23日 | 関東

090201chibam10003  09年2月1日東京遠征2日目。前日千葉駅前のビジネスホテルに入り、1日の鉄活動の疲れを取り、2日目の活動へ備えた。まずは以前乗車しているが、部分的に乗り残していた千葉モノレールの乗り潰しから2日目の鉄活動に入る。膨大な赤字を抱えている千葉都市モノレールだが、早朝からそれなりの入りであった。首都圏の鉄道は建設費の償還には時間がかかるだろうが、利用者はそれなりについてくるので赤字でもまず廃止されることはない。千葉都市モノレールも他の路線よりは見劣るものの、利用者はそれなりについている。千葉から千城台までのミニトリップだが、前回乗った県庁前~千葉みなと間よりも距離は長かった。途中JRとの連絡駅の都賀などで乗り降りがあり、千城台からの折り返しに乗った電車は日曜の朝の電車の割に混み合っており、都賀で大量の乗り降りがあった。私も都賀でモノレールを辞してJRへと乗り換えて総武快速線で東京を目指した。


都営大江戸線

2009年02月12日 | 関東

090131toeioedo12388  中野坂上から大江戸線乗り潰しに取り掛かった。まず光が丘まで乗り、光が丘から環状部分に乗車する。大江戸線もちょい乗りをしており、リニア地下鉄は大阪の十八番なので、特に物珍しいものでもなかった。光が丘まで先頭でかぶりついていたが、何も操作しない運転士が駅に着いた時に“ねむてぇなちくしょう”と大あくびしながら吠えていたのが印象的だった。ドアの開け閉めだけの車掌運転士なので眠たいのだろう。客室に聞こえるほどの声で眠たいことをアピールするとはさすが天下の公務員だ。運転士の眠気がうつり、私も光が丘からの折り返しは座席について眠りこけた。気がつくと大門付近を走っていた。それでもまどろんでしばらくそのまま乗り続け、清澄白河に着いて時計を見てびっくり。想像以上に時計が進んでいたので大江戸線を2周したのかと錯覚してしまった。案外大江戸線は営業距離が長いので、乗車時間は小1時間ほどすぐに過ぎてしまうようだ。とりあえず清澄白河でチョイ撮影をしてから、再び乗り残し区間を乗り通して最終目的地の都庁前へ。都庁前で入れ替わり立ち替わり入ってくる電車を少し眺めて、新宿~青山一丁目とさらに大江戸線に乗り、銀座線~丸ノ内線を乗り継いで東京へ出た。東京では朝に得た知識ではやぶさ・富士を新幹線ホームから狙うことに決めていたので、そそくさと新幹線ホームへ。既にはやぶさ・富士の14系客車が入線しており、機関車が機回ししているところだった。在来線ホームは機関車の前面も撮れないのに物凄い人出で、それと比べると確かに新幹線ホームは障害物が気になるもののゆったりとバルブ撮影が楽しめた。このあとは宿を千葉に取っていたので、総武快速線に乗って1日を終えた。


東京メトロ丸ノ内線

2009年02月11日 | 関東

090131marunouchi02181  鶯谷から山手線に乗って池袋に出て池袋から丸ノ内線の乗り潰しにかかる。丸ノ内線も都営三田線同様チョイ乗りはしていたが、全線乗車はできていなかった。地上線で中央線と交差するあたりは有名だが、今回はまるっきり乗るだけに集中する。またの機会に有名なポイントでの撮影に臨みたい。池袋から荻窪行きに乗り、一旦荻窪まで行って中野坂上まで折り返して分岐線にも乗車した。正式な線名もなく、分岐線と称するだけの珍しい路線だが、市内線電車的な雰囲気があり、3両のミニ編成ながら利用の方は盛況だった。このような分岐線は関西では見られないし、利用が旺盛なところも田舎者の大阪人から見れば奇異な感じがした。中野坂上まで戻り、大江戸線の乗り潰しに取り掛かった。


都営三田線

2009年02月10日 | 関東

090131toeimita63262  09年1月31日、早朝新幹線で東京入りし、大雨が降る中大井町ではやぶさ・富士を撮影して、大井町から東急大井町線で大岡山へ出て、大岡山から目黒線を経て都営三田線に入った。以前三田線には神保町から三田まで乗ったことがあったが、全線通して乗るのはこれが初めてだった。当初は晴れていたら地上の路線に乗って、三田線は後回しとする考えだったが、生憎の雨のため、計画を変更して三田線に乗車した。地下鉄なので雨が降っても乗り潰しには支障はない。もっとも三田線は北の方で地上区間を走るので、地上区間で撮影を目論んでいたので、その点については雨の影響が大きかった。西高島平まで行って、折り返す前に都営地下鉄と東京地下鉄が乗り放題の切符を買った。事前に買っておけばもっと得になったのだが、リサーチできていなかった。折り返して、ただで帰っても面白くないので西台で撮影をして、そのまま南下して鶯谷まで三田線に乗車した。


JR総武本線(千葉~銚子間)

2008年12月04日 | 関東

050402sobu18324shiosai2  JR総武本線千葉~銚子間には05年4月2日に乗車している。東金線などを乗り潰し、続いて総武本線攻めということでまずは成東から銚子まで183系の特急崩れの普通に乗車。183系ではかぶりつきをできるはずもなく、ここでも撃沈。銚子で銚子電鉄の乗り潰しをしてから、帰りは成田線に乗車して、佐倉まで行き、佐倉~成東間の乗り潰しを行う。ここは夕暮れのためあまり景色をじっくり見られていない。千葉~佐倉間は成田空港まで乗る時に乗っており、その後も1度成田空港まで乗った時に乗車している。佐倉~銚子間は乗ったような乗っていないような感覚しか残っていない。房総各線共通の思いだが、もう一度じっくり乗りまわしてみたいという思いが残っている。


京急久里浜線

2008年12月03日 | 関東

050503keikyukurihama605  05年5月3日京急逗子線を乗り潰して、金沢八景から本線を南下していき、初乗り入れとなる本線堀ノ内~浦賀間を乗り潰し、浦賀から再び本線で堀ノ内に戻って、久里浜線乗り潰しへと取り掛かった。久里浜線にはかなり前に京急久里浜までは乗車している。2100系快速特急に乗車して三崎口までの道中を楽しんだ。2100系は京阪特急と同じくかぶりつき席がある。たまたま堀ノ内でかぶりつき席が空いたので、早速そこに座り、三崎口までの短い時間を楽しんだ。鉄っちゃんならこの席に座れば三崎口から品川まで乗っても飽きないはずだ。飽きる人間は鉄っちゃんとは言えないと言っても過言ではないはずだ。京急の快速特急といえばまさに“快速”だが、久里浜線内は決して快速とは言えない足取りだった。


京急逗子線

2008年12月02日 | 関東

050503keikyuzushi8142  京急逗子線には05年5月3日に乗車した。京急空港線などを早朝から乗り潰し、横浜ではやぶさ・富士を撮って、再び京急に戻り、金沢八景から逗子線へと入った。逗子線には東急車輛とつながる狭軌の軌道があり、途中まで3線軌道となっている。JR横須賀線への回送線となっているが、甲種回送の際にはここの線路を走るのだと思いながら逗子線の道中を楽しんだ。新逗子からの折り返しはJRにしようかと思ったが、もう一度京急で折り返して、金沢八景に戻り、同駅で少し撮影してから、本線を南下して行った。


京急空港線

2008年12月01日 | 関東

080720keikyukuko1000416  京急空港線には05年5月3日に初乗車している。この日は東京モノレールの乗り潰しで羽田空港入りして、折り返しに京急に乗るというプランで行動した。羽田の地下駅に停車していたのは北総鉄道の7300形で残念ながら京急車ではなかった。北総の7300形は結構当たる確率が低い車両と思われるので、とりあえずラッキーというところだ。しかし、京急の路線に乗りにきたので、京急車に乗りたかったというのが実のところだ。その心残りと当日の天候がよろしくなかったこともあり、もう一度乗り直したいという思いを持っていた。それを解消したのが08年7月20日の東京方面遠征で、はやぶさ・富士の撮影までの時間を利用して空港線を往復した。行きは京急車、帰りは都営車だった。京急車は京急川崎で分割する空港直通の特急に乗れば確実に当たる。沿線に撮影できるようなところは少ないが、バラエティに富んだ車両が走るので、機会があれば次は撮影で訪れたい路線である。


JR東金線

2008年11月27日 | 関東

050402togane113303  JR東金線にも05年4月2日の一連の房総遠征にて乗車している。何の変哲もない路線で、千葉直通があったり、ラッシュ時に東京直通の運転があったりするが、関西では全く馴染みのない路線だ。この遠征で113系で唯一前面展望を解放してくれた路線であるので、房総各線の中ではよく見られた方の路線である。房総地区はJR東日本の中では車両の置き換えが進んでいない地区だが、東金線にも新車が走る時代が来るのだろうか?今のところは211系や京葉線に新車が入れば、ラッシュ時にその車両が入ることは考えられるが、独自に新車が入るとは考えにくい状況だ。


銚子電鉄

2008年11月26日 | 関東

050402choshi7015  銚子電鉄には05年4月2日に乗車している。一連の房総乗り潰しのうち、ネックになる小湊鉄道、いすみ鉄道などを潰して、午後からは房総から一転銚子へ向かうという慌ただしい行程で千葉地区の鉄道を潰した。まさに潰したという言葉が当てはまるような行程のため、あまりじっくり見て回れたという感覚はない。銚子電鉄も銚子と外川を往復しただけで、もう少しじっくり見てみたい鉄道の一つだ。鉄道よりもぬれ煎餅に力が入っているのではないかと思われる鉄道だが、煎餅が鉄道存続の一躍を担っているので、煎餅を悪く言うことはできない。そのぬれ煎餅については食すことができなかったが、外川構内でトロッコ澪つくしも見れたし、カーテンを下ろされることはここではなかったので、この時の遠征では満足いく路線の一つだった。


JR成田線

2008年11月25日 | 関東

050403narita217r2  JR成田線は佐倉~松岸間の本線と成田~我孫子間の通称我孫子線、成田~成田空港間の通称空港線の3つに分かれており、学生時代に本線~空港線は乗り潰しを達成していた路線だ。成田空港に18きっぷを利用して乗り潰しに行ったが、ついでに京成にも乗ってやろうと思い、改札を出ようとしたら、警備員のチェックがかかり、免許証などを提示させられ、空港へ来た目的を問われた。私の学生時代はちょうどオウム事件があった頃なので、空港でのチェックが厳しかったのかもしれないが、若かりし頃は“鉄活動で来ました”という本音を言えず、空港見学ですと答えて、そそくさと京成の改札に入って行ったのを思い出す。我孫子支線は学生時代に乗るつもりで我孫子まで常磐快速線で出たが、そこから先に嫌気がさして我孫子から折り返し上野に戻ってしまったので、学生時代には載っていない。103系が走りまくっていた時期だが、エメラルドグリーンの103系は関西にはないものだったので、常磐快速線に乗った時は少々感動したのを覚えている。

 成田空港の一件があったので、成田線はなるべく遠ざけて考えていたため、我孫子支線と成田~松岸間の乗り潰しは保留のまま時が過ぎた。そしていよいよ乗り潰しに取り掛かったのが、05年4月2日の房総遠征時だ。この時我孫子支線には時間の都合で乗れず、同線には05年5月3日に乗車した。成田線成田~松岸間は113系天国で、昼間からカーテンを閉める房総特有のかぶりつき殺しに遭い、成田線でもかぶりつきはできなかった。


JR内房線

2008年11月24日 | 関東

050403uchibo2051  JR内房線は05年4月3日に完乗を果たしている。前日に久留里線、小湊鉄道、いすみ鉄道など房総半島の枝線を乗り潰し、翌日に房総半島を1周する行程を組んで千葉方面の鉄道乗り潰しを2日かがりで終了するようにしていた。あまりにも余裕がない行程のため、どの路線もじっくり見られたという印象はなく、かぶりつき失敗路線も多かったため、もう一度乗り直したい路線が多い地区でもある。内房線乗り潰しの道中は113系だったため、途中トンネル区間に入ってからは全面的に目隠しされてしまったため、かぶりつきは途中までとなった。外房線よりはマシだったが、内房線も印象に薄い乗り潰しの道中だったように思う。内房、外房ともにもう一度リベンジに向かいたいものだ。