妄心熏習の義に二種あり。云何爲二。一は分別事識熏習。諸の凡夫と二乘人等が生死の苦を厭うによって力の能うところに随って、漸に無上道に趣向するをもっての故に。二は意熏習。謂わく諸菩薩が發心勇猛にして速かに涅槃に赴くが故に。眞如熏習の義に二種あり。云何爲二。一は自の體・相熏習。二は用熏習。自の體・相熏習とは、無始の世より來た無漏法を具すと、備さに不思議業あって、境界の性となるなり。(迷いの心に働きかける . . . 本文を読む
坂東観音霊場記巻之八
第二十四番常州雨引(現在も第24番は雨引山楽法寺(雨引観音))
縁起略に云、飛多智の邦眞壁郡雨引山樂法密寺は真言瑜伽道場也。本尊延命観世音は銅像、御長五寸二分(15.3㎝)梁の東陽大士之再誕(梁の代に始めて輪蔵を造り、一切経を安んず人也)樂法守蔵居士将来の縁に随ひ此の山に安置し玉ふ。尒後、恵心僧都行化して、新に五尺二寸(156.7㎝)の木像を彫り、彼の小像 . . . 本文を読む