聖武天皇は天平15年10月15日(743年11月5日)、近江国紫香楽宮にて大仏造立の詔を発せられました。続日本記には「天平十五年冬十月辛巳、詔して曰く、『「朕、薄徳を以て恭しく大位を承く。志兼済に存して勤めて人物を撫す。率土の浜、已に仁恕に霑(うるお)うと雖も、而も普天の下、未だ法恩に洽(あまね)からず。誠に三宝の威霊に頼り、乾坤相泰かに万代の福業を修めて動植咸(ことごと)く栄えんことを欲す。粤( . . . 本文を読む
今日は東寺御影堂の御本尊弘法大師像〈康勝作・現在は重文〉が安置された日です。
この大師像は左手膝上で掌を仰ぎ念珠(水晶製)を、右手屈臂して胸前で五鈷杵(木製)を執り、椅子に坐しておられるいわゆる真如親王様の弘法大師像です。数年前に御七日御修法のあと特別に拝させていただいたことがありますが黒光りしていて眼光鋭く大変な霊気を発しておられ思わず床に低頭して拝みました。これは『東宝記』によれば、天福元 . . . 本文を読む
今日は彗星出現で北朝が五壇法を修した日史料綜覧巻七 / 天授四年永和四年1378十月十五日条「十五日 北朝 青蓮院二品入道尊道親王(注1)ヲ宮中ニ召シ 五壇法ヲ修シ 彗星ヲ祈祷セシム」この時は、南朝方が長慶天皇、北朝方が後円融天皇。室町幕府は足利義満。(注1)入道尊道親王は後伏見天皇の皇子。母は正親町実明の娘。出家して青蓮院にはいる。通算24年間天台座主。応永10年7月5日死去。72歳。通称は後青 . . . 本文を読む
秩父三十四所観音霊験傳 巻第三
第十五番 母巣山蔵福寺。御堂五間四面南向。
本尊十一面觀音 立像御長一尺二寸五分(約40㎝) 定朝作
當寺本尊は、其始近江國坂本に坐せしを、同國堅田の商人守り奉り、此地に來て安置しける。其來由を尋るに往古江州に疫疾大に流行、牛馬に至る迄其災いを脱れず。一國の憂上下の悲嘆、上古にも斯の如き例 を知ずと云あへり。定朝深く是を愍み丹心 . . . 本文を読む
以下密教辞典等に依ります。「徳道上人は斉明天皇2年(656)生まれ、天平7年10月15日寂。奈良長谷寺の開祖。出身は播磨国(兵庫県)揖保郡で俗姓は辛矢田部米麻呂といい,有力豪族であったらしい。師は弘福寺(川原寺)の道明とも東大寺良弁とも伝えられる。『長谷寺縁起文』には徳道が聖武天皇の勅を受け,道明の指導のもとに精舎建立を発願し長谷寺を建立するに至る経緯が述べられている。近江三尾山で楠の霊木を薪にし . . . 本文を読む