真言開庫集(蓮體)第十六 真言法は鎮護国家の要法たること
問。真言教は災障を払い病悩を除き、富貴を求め、寿命を延べ、安産し、敬愛し、怨敵を退け、国家を擁護し、風雨を時にかなはしめ、五穀を豊登ならしむる等の事ありと。是巫女陰陽道などの言に似たり。本説ありや。そもそもなにごとぞや。
答。密教に依って修行するものは、世間出世の一切の悉地を成就するが故に、一切の諸願成就せずといふことなし。たとえば日輪は一天四海を照らすが故に、小河大河高山卑山浄処不浄処の異なく、等しく光を蒙るがごとく、密教もまたかくの如し。
即身成仏して一切法皆本不生なりと覚悟するがゆえに、災難怨敵等おのずから除り、一切の願望皆成就す。かるがゆへに経に曰く「官位栄達もとめざるに自ずから至り、寿命富貴祈らざるに自ずから増し、怨家盗賊討たざるに自ずから敗け、怨念呪詛厭はざるに本に帰し、疫病邪気払はざるに自ずから避け、善夫良婦求めざるに自ずから得、賢男美女祷らざるに自生せん。一切の所願意にまかせて満足せん。(仁王護国密般若波羅蜜多経)」是皆即身成仏の余光のなすところなり。
更に世間の悉地を以って本とするにはあらず。然れども如来、法をもっては国王大臣に付嘱したまふ故に佛法擁護の大檀越あればいよいよ佛法に帰信せしめん為に、息災敬愛等の法を修行するなり。あるいは一法に依って一切の悉地を成就す。宝篋印陀羅尼、大随求等のごとし。あるいはまた格別に成就す。富貴を求めおよび天変を除き風雨順時百穀豊登のためには五大虚空蔵の法、延命には普賢延命の法、求子易産には准提佛母の法、攘災除病には随求の法、敬愛には愛染明王の法、対治怨敵には大元の法、擁護国家には仁王経守護経孔雀経等の法なり。そのほか諸尊の法無量なり。明師に逢ひてたずぬべし。
殊に鎮護国家の法は独り真言法にあり。かるがゆへに仁王経六波羅蜜経(陀羅尼守護国界品あり)等には唐の代宗皇帝御製の序あり。玄宗粛宗は皆不空三蔵を師として灌頂を受け、宮中に灌頂道場を建立して、国家の擁護を仰ぎたまへり。
我朝にては弘法大師御帰朝の後、嵯峨天皇の御宇、弘仁十四年正月十五日に東寺をもって大師にたまはりて、伽藍建立みな成就せしめ、名を教王護国寺と号す。高尾山もはじめは神願寺と号せしを、擁護国家のために天長二年に大師に賜はり、あらためて神護国祚真言寺と号す。仁明天皇の御宇承和元年十一月に大師表を上て毎年正月後七日に御修法を勤むべきよし奏したまひければ、すなはち恒例の御願と定められ、今にいたるまで毎年東寺の長者是を修するなり。
大元の法は小栗栖の法琳寺常曉阿遮梨入唐して棲霊寺の文際和尚にしたがって伝授し、帰朝の後、禁中の常寧殿にして毎年此法を修行す。後に小栗栖に移して修行す。今にいたるまで断絶なし。是又鎮護国家の要法なり。
嗚呼悲哉、上代は一人万民ともに密教に帰依せし間、国家安穏に百穀豊登せり。漸く時移り代替わりて兵革度々起こりて、恒例の修行も怠り、その法さへ知れる人まればり。いにしへのごとく佛法繁昌し、王臣共に密教に帰依せば国家栄へ民豊かに風雨順時なるべし。しかも今佛法陵夷すといへども猶密供を修する輩は、上は金輪聖皇の宝祚延長、大樹幕下の武運長久を祈り奉り、下は百穀成熟万民豊楽を祝祷す。猶是鎮護国家の要法たるもの也。顕教のなかには鎮護国家等の現世の利益を説かず。あらゆる修行は皆自利に廻向して国家の為に修するものすくなし。実に顕密日を同して論ずることあたわざるもの也。」
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