「四恩の奉為に二部の大曼荼羅を造する願文」
奉為四恩造二部大曼荼羅
弟子苾蒭空海両部曼荼羅に帰命し奉る
それ金剛の四法身(自性・受用・変化・等流法身)、胎蔵の三秘印(法・三昧耶・大曼荼羅)は空性に憩って軷祖(ばっそ・発心)し、重如(真如)に秣って以て脂轄(しかつ・車に油指す)す。一道無為は初入の門(天台は密教の入門)三自本覚は声も及ばず(華厳も真言に及ばない)、衆宝の心殿は高廣にして無邊。光明の日宮は遍せずというところなし。真言大我は本より心蓮に住し、塵沙の心数(森羅万象として表れている大日如来)は自ら覚月に居す。三等の法門(身口意三平等の教え)は佛日に住して常に転じ、秘密の加持は機水の応じて断ぜず(仏の秘密の加持は三世常恒に機根に応じてなされている)。法性の身塔(宇宙に遍満する大日如来の体は)奇なるかな、大なるかな。
弟子空海、性薫(内なる仏性)我を勧めて還源を思いとす(本来の仏性を思う)。径路未だ知らず、岐に臨んで幾たびか泣く。精誠感あってこの秘門を得たり(必死に祈り久米寺の塔の下で大日経を得た)。文に臨んで心昏し。赤懸(中国を赤懸州という)を尋ねんことを願う。人の願に天順いたもうて大唐に入ることを得たり。儻たまたま導師に遇いたてまつりて両部大曼荼羅を圖得す。兼ねて諸尊の真言印形等を学す。従爾已還しかしよりこのかた、年三六を過ぐ、絹破れ彩落ちて尊容化しなんとす。後学を顧みて歎を興し、群生の無福を悲しむ。ここに諸仏膽を照らし一天誠を感ず。后妃(嵯峨天皇后橘嘉智子か)随喜し震卦(皇太子)また応ず。三台(太政大臣・左大臣・右大臣)心を竭くし衆人力を効す。
謹んで弘仁十二年四月三日より起首して八月尽(つごもり)に至る迄、大悲胎蔵大曼荼羅一鋪八幅、金剛界大曼荼羅一鋪九幅、五大虚空蔵菩薩、五忿怒尊、金剛薩埵、佛母明王、各四幅一丈、十大護の天王(密教守護の十天。毘首羯摩(びしゅかつま)、却比羅(ごうびら)、法護(ほうご)、肩目(けんもく)、広目(こうもく)、護軍(ごぐん)、珠賢(しゅけん)、満賢(まんけん)、持明(じみょう)、阿羅縛倶(あたばく))
蘗魯拏天(きゃろだてん・二十八部衆の一員「 かるら」のこと)の像、龍猛菩薩、龍智菩薩の真影等すべて二十六部を圖し奉る。九月七日を取りていささか香華を設けて曼荼を供養す。九識の心王(胎蔵曼荼羅の中大八葉院の九尊)は乗蓮の相を凝らし(蓮の葉に乗り蓮華三昧)五智の法帝は(金剛界曼荼羅の五佛)は坐月の貌を厳しうす(月輪の中に住して月輪三昧)。点塵の身雲は本標を執って輻側し(無数の仏はその働きを示す標識を持ちズラリと並んでいる)、恒沙の心数は供器物を擎げて駢羅(べんら・並び立つ)たり。一礼一瞻すれば慧剣縛を断ち、若しは供、若しは讃、智寶福を與う。伏して願わくはこの功業を廻して仏恩を報じ奉り国家を擁護し悉地を尅証せん(覚りをひらかん)、刹は妙薬の刹に等しく(国土は密厳国土に等しく)人は不変の人に同じからん。もしは貴、もしは卑、あるいは道、あるいは俗、財を捨て力を効すの績、筆を揮い針を投ずるの営み。木を伐り水を汲み饍を設け味を調え、心を挙げて随喜し掌を合わせて低頭し、讃毀見聞、親疎恩怨、五大の遍ずるところ心識の在るところ阿字を本初に悟って三寶を三密に覚り(仏法僧が同じであることを身口意が同じであることに於いて悟る)。鑁文を無終に解して(梵字のバン字の永遠の真理を悟る)五界を五智に知らん(五感が仏の五智であると覚る)。法爾の荘厳豁然として円に現じ、本有の万徳森羅として頓に証せん(心の中の本来の悟りの万徳が森羅万象のように起こってくる)。
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