・・真言教学の目標が成仏にあることは勿論であるが、その成仏ということは世界の実相を究めて真の自己の姿を覚知し、自己に対する執着を離れいわゆる宇宙曼荼羅の立場において自由無礙な生命に生きることであるから、真言教学の表面からすれば物欲祈祷(講元注、世俗的欲望による祈祷のこと)などはほとんど問題にならないのであるが、しかし多くの人類のうちには宇宙曼荼羅を悟るまでに至らず物欲的祈祷の法を施設して彼等を真言門に近つ゛けしめ物欲的祈祷によって仏力の不可思議であることを信じさせたり、また真言法の神秘力を信じしらしめたりして、漸次的に真言の悟りの境地へ誘導しようというのである。つまり真言の物欲的祈祷は衆生をして真言門へ引入せんがための方便的施設であるから、物欲的祈祷に囚われずにさらに真言的悟りの境地へ進まなければならないのである。
だが、(これは)物欲的祈祷を棄ててさらに新しい道へ入ると云う風に理解されるかもしれないが、それでは真言的解釈になっていない。・・真言宗ではこの世界は無始無終に無常迅速を持続する過程そのものであるから、到達点のない旅路において旅しつつあることが直ちに目的であるように、無常迅速の世相そのままが真実究竟の目的であるとし、人生生活の諸事象をそのまま真実のものと悟ることになっている。だから・・物欲的祈祷に全生命をうちまかせるほどに信念を深めていけばよい。物欲的祈祷の結果などを思いわずらうことなく祈祷の結果がどうなろうともすべてを祈祷のご本尊にお任せしているのだから、善きも悪しきも自分の知ったことではないとして、すべてをご本尊の思召しとして有難く受け入れてゆくようになればそれでよいのである。・・(那須政隆「那須政隆著作集」)
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