福聚講

平成20年6月に発起した福聚講のご案内を掲載します。

佛教人生読本(岡本かの子)より・・その26

2014-03-04 | 法話
第二六課 父性愛


 厳父、慈母と言って、父親は厳格、母親は慈しみ深いのが特色のように極められています。またそれが男親と女親との愛の表現の違いのようでもあります。
 しかし、おのおの特色の一色だけを現しているときは、ちょっと、その特色の裏に用意されている他の特色の部分が気付かれないのであります。そして、ちらりと裏が覗かれるとき、思わず外部の特色の根に複雑な用意仕掛けがしてあるのを認め、その用意のために外に表れている特色が根強くしっかりとしていることが判るのであります。
 私がある知合いの家の奥さまにお招ばれしたので、ちょうど時間にお訪ねしました。ところが、どうしたことか奥さまは留守で、御主人と小さいお嬢さまとだけおられました。御主人は私のお訪ねしたのを御覧になりまして、「これはいいところへ来て下さった。実は男の手で弱っているところでした」と言われました。見ると御主人がお嬢さまにお化粧をしておあげになっているのでした。がしかし、お嬢さまの顔は、小猫がセメント樽へ首を突込んだような顔になっているのでした。
 おかしいのを堪えて私は、ひかえめにお化粧を直してあげながら理由わけを訊いてみると、奥さまは急な用事で女中さんを伴れて親戚へ出かけられ、直ぐ帰られるはずが、用事が片付かぬかして時間になっても帰られません。その時間というのは、小さいお嬢さまが是非行きたいと望んでおられたお友達の家に催される子供のお茶の会に行く時間です。
 時間が迫るのに仕度をして貰うお母様も女中も帰らない。お嬢さまのしょげている様子を見て、御主人は堪まりかね、男の手でも出来ないことはあるまいと、お嬢さまに外出の仕度をしてあげようとされているのでした。
「標本サンプルなども見てやってみましたが、白粉おしろいは石膏せっこうや漆喰しっくいと違いましてね、手におえません」。白粉だらけになった身体を拭きはたきながら御主人はつくづくそう言われます。見るとお化粧の見本に、古い婦人雑誌の化粧欄などが拡げてありました。そしてこの御主人の職業は、建築彫刻家でありました。
 私は、もう笑えなくなりました。不断、無精な気難かしやでとおっている御主人が、真赭まっかな顔になるまで気を入れてお嬢さまのために母親の代りをしてあげようとしておられるのです。私はひそかに眼の奥を熱くしました。
 そのうち奥さまが帰り、仕度もずんずん済んで小さいお嬢さまは無事にお茶の会へ出かけられましたが、その後で、奥さまは御主人に向って、「あなたにも、そんなこまかい気持ちがあるんですかね」と、不思議な顔をして訊ねられます。すると御主人は、もう平常のむっつりやに返り、黙って笑いながらのそのそと仕事部屋へ入って行かれました。
 硬中の柔、柔中の硬、などと言って、ただ一片の偏った硬なり柔なりでは、大生命(宇宙の万物が運行して行く力)の性徳を完全に映したものではありません。生命の一つの特色がさし当って目下の場合は硬であっても、実はその中にいつでも柔の用意がある。この自由円通を備えていて、はじめて自分は大生命に繋がる生命の一部なのです。そしてその生命の裏に用意されている他の部分が、時と事情により、われ知らず表面へ覗き出て来ます。

ほろ苦き中に味あり蕗ふきの薹とう

この句は父性愛の譬えとして好適の句だと思います。

(古来父性愛も深いものでした。

・北一輝の「子に与ふ」という遺書です。
「遺書
大輝よ、此の経典は汝の知る如く父の刑死する迄、読誦せるものなり。
 汝の生るると符節を合する如く、突然として父は霊魂を見、神仏を見、此の法華経を誦持するに至れるなり。
 即ち汝の生るるとより、父の臨終まで読誦せられたる至重至尊の経典なり。父は只此法華経をのみ汝に残す。父の想ひ出さるる時、父の恋しき時、汝の行路に於て悲しき時、迷へる時、怨み怒り悩む時、又楽しき嬉しき時、此の経典を前にして南無妙法蓮華経と唱へ、念ぜよ。然らば神霊の父直ちに汝の為に諸神諸仏に祈願して、汝の求むる所を満足せしむべし。
 経典を読誦し解脱するを得るの時来らば、父が二十余年間為せし如く、誦住三昧を以て生活の根本義とせよ。即ち其の生活の如何を問はず、汝の父を見、父と共に活き、而して諸神諸仏の加護、指導の下に在るを得べし、父は汝に何物をも残さず、而も此の無上最尊の宝珠を留むる者なり
   昭和十二年八月十八日」

 ・こちらは、昭和19年10月26日、「第一神風特別攻撃隊大和隊」隊員として「爆装零戦」に搭乗、比島セブ基地を出撃、スリガオ海峡周辺洋上にて戦死した植村眞久という人の子供に宛てた遺書です。。

「素子 素子は私の顔を能く見て笑いましたよ。私の腕の中で眠りもしたし、またお風呂に入ったこともありました。素子が大きくなって私のことが知りたい時は、お前のお母さん、佳代叔母様に私のことをよくお聞きなさい。私の写真帳もお前のために家に残してあります。素子という名前は私がつけたのです。素直な、心の優しい、思いやりの深い人になるようにと思って、お父様が考えたのです。
 私はお前が大きくなって、立派なお嫁さんになって、幸せになったのを見届けたいのですが、若しお前が私を見知らぬまま死んでしまっても、決して悲しんではなりません。お前が大きくなって、父に会いたいときは九段にいらっしゃい。そして心に深く念ずれば、必ずお父様のお顔がお前の心の中に浮かびますよ。父はお前が幸福者と思います。生まれながらにして父に生き写しだし、他の人々も素子ちゃんをみると真久さんにあっている様な気がするとよく申されていた。またお前の伯父様、叔母様は、お前を唯一の希望にしてお前を可愛がって下さるし、お母さんも亦、御自分の全生涯をかけて只々素子の幸福をのみ念じて生き抜いて下さるのです。
 必ず私に万一のことがあっても親無し児などと思ってはなりません。父は常に素子の身辺を護っております。優しくて人に可愛がられる人になって下さい。お前が大きくなって私のことを考え始めたときに、この便りを読んで貰いなさい。」)


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