福聚講

平成20年6月に発起した福聚講のご案内を掲載します。

所願成就の方法・・2

2020-08-26 | 法話

1、 利他行に励むこと。
お大師様は至る所で、自利の為にも利他行が大切であると説いておられます。
「それ釈教は浩汗(こうかん)にして際(きは)なく、涯(はて)なし。一言にしてこれを弊(つく)せば、ただ二利にあり。
常楽の果を期するは自利なり。苦空の因を済(すく)ふは利他なり。空しく常楽を願うも得ず。徒(いたずら)に抜苦を計れどもまた難し。必ずまさに福智兼ねて修し、定慧並べ行じて、いましよく他の苦を救い、自の楽を取るべし。(弘法大師「御請来目録」)」(お釈迦様の教えは果てし無く広いが、一言にして之を言えば「自利・利他」である。悟って常楽の境地に遊ぶことを求めるのは自利であり、空の世界にいながら苦しむ衆生の苦の原因を救ってやるのは「利他」である。常楽だけを願っても得られず、衆生済度のみを願っても難しい。必ず利他という徳を積む福行と,自己の悟りを完成するための智行を共に修行し、また禅定行と智慧行を共に修行してはじめて自利利他行が全うできる。)(弘法大師「御請来目録」)
「もし善男善女ありて生死の苦根を断じ、菩提の妙果に至らんと欲せば、まず福智の因を積んで、しかるのちに無上の果を感致せよ。福智の因といふは妙経を書写し、深義を講思するは、すなわちこれ智慧の因なり。檀等の諸行はすなわちこれ福徳の因なり。よくこの二善を修し四恩を抜済し、衆生を利益するときは自利利他の功徳を具し、すみやかに一切智智の大覚を証す。これを菩提といい、これを仏陀と称し、または真実報恩者お名つ゛く。(大師、「理趣経開題」)(布施と写経により自利利他行をすれば生死の難より逃れ得る)。

2、仏説毘沙門天王功徳経にも「・・・(毘沙門天には)八十億那由陀の大福聚あり、 我毎日三時に 此福を焼く。若し人ありて我が福を得んと欲せば、 五戒を持ち、三帰して 無上菩提を願求せば決定して施与して 一切於毘沙門の福を成就することを得ん。願ふ所は五種あるべし。 一は 父母孝養の為、 二は 功徳善根の為、三は 国土豊饒の為、四は 一切衆生の為、五は 無上菩提の為に願ふべし。若し人ありて此の五種の心を除いてねがうとも福を得るべからず。」とあります。


3、夢中問答には「悟りを求めれば現世・来世の福はおのずとついてくる。逆に凡俗の個人的利益のみを求めれば神仏の心と離れるがゆえに霊験はない・・」。とありました。
「・・・ただ無上道を祈り求めばやがて正覚を成ずるまでこそなくとも、その自善根の力により仏神の加被力(衆生に与える力)によりて災難もおのずから除こり、寿福もつつがなきほどの得利はただ今生のみにあらず、生々世々までもあるべき、・・・
もし人正念に住して或ひは道行を成ぜむがため、或ひは他人を利益せむがために現報を祈り変へむと思ひて仏力・法力によりて至誠心にて修せば定業なりとも必ず転ずべし。・・若し人凡上の執着によりて命を延べたく福を保ちたき故に祈るならば、かやうの欲心は仏心と冥合せざるゆえに感応あるべからず。・・・(夢中問答六、佛菩薩の真の功徳)」
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