この世は地獄かもしれません。東日本大震災等の災害の被災者の方々、事件事故の被害者の方々、幼子をおいて病苦に侵される母親、最近の家族間の殺傷事件、また戦争やテロで無数の無辜の民が犠牲になる世界を見ているとこの世は地獄の真っただ中と思えます。さらに生存競争で他の生命を奪わなければ生きていけない地球上の生命体のありかたそのものを考えてもこの世は救いようのない地獄です。「大河の一滴(五木寛之)」でも「『地獄は一定』という「歎異抄」の中に出てくる有名な言葉(いずれの行も及び難き身なれば、とても地獄は一定すみかぞかし)を、死んだらまちがいなく地獄へ落ちるこの身、という読みとりかたは私はしたくない。「一定」とは、いま、たしかにここにある現実のことと読む。 」といい、芥川龍之介は、「侏儒の言葉」で、「人生が無法則に思えることが地獄よりも地獄的である」と言っています。「・・・人生は地獄よりも地獄的である。(お経では)地獄の与える苦しみは一定の法則を破ったことはない。たとえば餓鬼道の苦しみは目前の飯を食おうとすれば飯の上に火の燃えるたぐいである。しかし(現実の)人生の与える苦しみは不幸にもそれほど単純ではない。目前の飯を食おうとすれば、火の燃えることもあると同時に、又存外楽楽と食い得ることもあるのである。のみならず楽楽と食い得た後さえ、腸加太児(ちょうカタル)の起ることもあると同時に、又存外楽楽と消化し得ることもあるのである。こう云う無法則の世界に順応するのは何びとにも容易に出来るものではない。・・」
しかし、こういう人たちが言うように、この世が「地獄だ」といくら現状分析をしてみても事態は一向に改善しません。現状分析でなく、今の瞬間ものたうち回っている当事者達はどうすれば救われるか、ということが一番喫緊の課題です。福聚講も「地獄に落ちて苦しんでいる当事者はどうすれば救われるか」をテーマに開設してきたのです。結論は今までブログで具体例を多く出してきたように当事者関係者は必死で拝むという事しかない気がします。また我々関係ないと思っている人たちも実は深く繋がっていることを自覚して善行に励むことがひいては自分の為でもあります。
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