第七講 四つの正見まなこ
無苦集滅道。
あきらめの世界
いったい人間というものは妙なもので、口でこそりっぱにあきらめたといっておっても、その実、なかなか心では容易にあきらめきれないものです。他人の事だと、「なんだ、もう過ぎたことじゃないか、スッパリ諦あきらめてしまえ」だとか、「なんという君は諦めの悪い人間だ」ナンテ冷笑しますが、いざ自分の事となると、諦めたとは思っても、なかなか諦めき . . . 本文を読む
NHK「心の時間」の石清水八幡宮田中恒清宮司の言葉の四回目です。今回は「地域の復興には鎮守の森・神社・祭りが大切」ということです。「東日本大震災の跡地を訪問してみると、流された神社の跡地へしめ縄を張って印を作り、地元の人々がお参りしていた。
地域の復興には神々の力が働いている共同体が大切と痛感した。それは鎮守の森・神社・お祭である」「被災者の深いトラウマを流す役目も祭りは果たしてくれる」「神社とは . . . 本文を読む
第六講 因縁に目覚める
無無明亦無無明尽。乃至無老死。亦無老死尽。
商人の話
昭和九年の春、AKから『般若心経』の放送をしている時でした。近所の八百屋やおやさんが宅へ参りまして、家内に、冗談のように、「この頃は毎朝、お宅の先生のラジオ放送で、空くうだの、無だのというような話を聞かされているので、損をした日でも、今までと違ってあんまり苦にしなくなりました」といって笑っていたということで . . . 本文を読む
NHK「心の時間」の石清水八幡宮田中恒清宮司の言葉の三回目です。今回は「「災害に遇っても自然を恨まない日本人の考え方」です。「東日本大震災の後何度も東北へ足を運んだ。岩手県の大槌町にいったとき地元で被災してすべてを失った漁師さんが『これから必ず海は我々に異なる恵みを与えてくれる。太平洋銀行へ預金しているようなものだ』と明るく言ったことに打たれた。日本人は大災害に遇っても自然を敬う心を失ってなかった . . . 本文を読む
第五講 空に徹するもの
是故空中無色。無受想行識。無眼耳鼻舌身意。無色声香味触法。無眼界乃至無意識界。
新緑の世界 いつのまにか花の春も去って、若葉青葉に燃ゆる、すがすがしい新緑の世界になりました。武蔵野に住む私どもにとっては、きょうこのごろが一年じゅうでいちばん恵まれた時候です。ところで、この新緑五月のころになると、いつも私どもの頭に浮かんでくるのは、あの有名な、
眼に青葉 山ほと . . . 本文を読む
NHK「心の時間」での石清水八幡宮田中恒清宮司の言葉の二回目です。今回は「いのりとはなにか」についてです。これもまた田中宮司さんは含蓄に富んだお話をされていました。
「生活そのものが祈り・信仰です。」「祈りの最も大切なことは、他者を思いやることです。天台宗で『妄己利他』といいますがこの精神です。」「日本人は古来、祈りの中で他者のことをまず考える習慣をもっていました。こういう日本人の生き方を世界に広 . . . 本文を読む
鈴木大拙 没後五十年記念 大拙と松ヶ岡文庫展が7月02日〜2016年09月11日まで、多摩美術大学美術館(東京都多摩市落合1-33-1)において開催中です。
禅と日本の精神を英語で世界へ伝えた鈴木大拙(1870~1966)ですが、松ヶ岡文庫は大拙が起居し研究と執筆を続けた場所で約七万冊の仏教関連書籍を蔵する日本有数の文庫として知られています。「夫人ビアトリス・レーンや西田幾多郎、柳宗悦らに関わ . . . 本文を読む
第三講 色即是空しきそくぜくう
舎利子。色不異空。空不異色。色即是空。空即是色。受想行識亦復如是。
空即是色花ざかり
たしか小笠原長生氏(海軍軍人です)の句だったと思いますが、「舎利子みよ空即是色くうそくぜしき花はなざかり」
という句があります。ほんとうにこの一句は、これから申し上げようと思っている『心経』の精神を、たいへん巧みにいい現わしていると存じます。申すまでもなく、これ . . . 本文を読む
以前NHK「心の時間」で石清水八幡宮田中恒清宮司が「中今を生きる」と題して出演しておられました。石清水八幡宮は貞観元年(859)、行教和尚が宇佐八幡宮の神託により京の都の裏鬼門を護る国家鎮護の社として開創されています。また鎌倉時代の名僧叡尊が蒙古退散を祈願して見事有難い霊験を得られ神風を吹かせて日本国を救っていただいたところでもあり、私も折に触れて「国家安穏」を祈願に訪れているところです。なにより . . . 本文を読む
第二講 語るより歩む
観自在菩薩。行深般若波羅蜜多時。照見五蘊皆空度。一切苦厄。
般若の哲学
これから申し上げるところは、「観自在菩薩かんじざいぼさつ、深じん般若波羅蜜多を行ぎょうずる時、五蘊うんは皆空なりと照見しょうけんして、一切の苦厄くやくを度どしたもう」という一段であります。漢字の数からいえば、タッタ二十五字しかありませぬが、この二十五字が、『心経』全体の中心になっておるの . . . 本文を読む
第一講 真理まことの智慧
般若波羅蜜多心経 一切智に帰命し奉る(これは梵字心経の最初にある言葉です)
心経の名前 ここに『般若心経』の講義をするに当りまして、最初にはしがきとして、『心経』の経題すなわち『般若心経』という名前について、お話ししておきたいと思います。さてこの『般若心経』は、普通には単に、『心経』と申しておりますが、詳しくいえば、『般若波羅蜜多心経』というのであります . . . 本文を読む
「般若心経講義 高神覚昇(大正・昭和の真言学僧。友松円諦とともに真理運動を展開。西田幾多郎の弟子、この講義の中でも西田の弟子らしき言葉が随所に出てきます。松下幸之助にも絶大な影響を与えた僧侶です。)
序
いったい仏教の根本思想は何であるかということを、最も簡明に説くことは、なかなかむずかしいことではあるが、これを一言にしていえば、「空くう」の一字に帰するといっていいと思う。だが、その . . . 本文を読む
「花のたましい」金子みすず
ちったお花のたましいは、
みほとけさまの花ぞのに、
ひとつのこらずうまれるの。
だって、お花はやさしくて、
おてんとさまがよぶときに、
ぱっとひらいて、ほほえんで、
ちょうちょにあまいみつをやり、
人にゃにおいをみなくれて、
風がおいでとよぶときに、
やはりすなおについてゆき、
なきがらさえも、ままごとの
ごはんになってくれるか . . . 本文を読む
Q,同じようにお参りしていてもお蔭を受ける差が出るのはなぜ?
A,結論は、凡夫には不明ということです。
ただ確率として「お参り×陰徳」にはげんでいる人はお蔭を受けやすいとはいえると思います。ただ御参りするだけでは足し算の世界にしかすぎません。足し算だけでは前世からの宿業はなかなか克服できませんが、これに「陰徳」をかけると一気に前世からのマイナスを上回る掛け算の世界にはいることもできるのではないか . . . 本文を読む