クハ481-103の駅巡り旅のページ

鉄道の旅を楽しみながらJR線全駅踏破を目指しています。

山口線全駅下車の旅(その10)

2016-10-16 08:09:08 | 陰陽連絡線

17時25分に石見横田駅に到着。



それでは駅舎撮影。大正12年7月築の端正な形の木造駅舎が健在です。ファサードもまた然り。



駅舎の新山口方には和風の設えのトイレが。決して開業当時からという訳ではなく、平成11年築の水洗です。



トイレの向かいにはミニ庭園が



そして、トイレの隣の信号機器室のそばには「平和の礎」が石見横田駅は見所満載です。



では駅舎の中へ。荷物扱所と窓口が残っていますが、無人化されて何もなくなっています。


石見横田駅での滞在時間は102分。日が沈むまで周辺散策。駅前は小さな個人商店がある、静かな集落です。サトザクラが満開を迎えてました。これは3月19日の旅行記です。



駅前のバス停を。これは「生活バス停留所」で、1日4本です。



まずは高津川を見ようと向横田大橋の方へ。医光寺行きの高速バスがやってきました



向横田大橋を渡って高津川を体感。中洲の向こうには親山が。



しばらく進んでいくと、ファクトリーパーク行きの路線バスがやってきました



渡りきった所で折り返し上流側を。左岸は護岸されてました。



今度は国道9号へ。広島行きの「スーパーライン」がやってきました



右手には高津川漁協が。学生時代に購入したタビテツではアユ、モズクガニが採れる田舎だと紹介されてましたが、思ったより栄えていてびっくりしました。



横田橋を渡ります。右手には山口線の匹見川橋梁が。この地は高津川と匹見川の合流点です。国道488号との交差点にはローソンがありますが、このあたりで引き返します。



駅に戻る途中、ファクトリーパークから折り返して医光寺行きとなった「島根200か321」と再会しました


駅に戻って電気が点くと、玄米ブランで夕食タイム。完全に日が沈み、19時7分発の2556Dで新山口方面へ。山口まで直通する最終であり「キハ40 2122」の単行なので、スーツケースをもった若い女性と相席になるのがやっと。19時35分に津和野駅に到着。「ビジネスホテルつわの」に一泊します。チェックイン後、即入浴。


次は、「弥彦線100周年」をお伝えする予定です。


続きはこちら


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山口線全駅下車の旅(その9)

2016-10-15 08:52:49 | 陰陽連絡線

前回は肥前白石駅の改築レポートをお伝えしました。山口線駅巡りに戻りましょう。


その8はこちら


16時21分発の2554D(キハ47 1060+キハ47 152)で本俣賀駅を出発。



16時33分に東青原駅に到着。片面ホーム1面のみの構内です。



下車口の近くには小さな木造の待合所が。貧相な木製ベンチがあるだけです。



と思ったら、新山口方にブロック積みの待合所があるではないですか



その待合所の中をOPEN。3人分座れるベンチが設えられています。尚、東青原駅にはトイレがありません。



46分の滞在時間を利用して周辺散策。東青原駅前は「星のふる里」ですって



踏切を渡って駅裏に廻れば金刀比羅神社に到着。



急階段を上がって本殿へ。山口線全駅下車達成を誓ってきました



駅に戻って今度は南側へ。高津川が滔々と流れていました



17時19分発の2549Dで益田方面へ。「キハ40 2096」の単行で帰宅の高校生で混雑してました。



17時25分に石見横田駅に到着。この2549Dは交換のためしばし停車します。



交換列車に向けてカメラを構えるついでに駅裏を。材木工場です。



果たしてこの2549Dと交換したのは「スーパーおき5号」でしたキハ187系2連でした。


つづく


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山口線全駅下車の旅(その8)

2016-10-12 19:25:58 | 陰陽連絡線

名草駅を出て40分三谷駅に到着。



それでは駅舎撮影。大木の下のログハウス風の駅舎です。特急停車駅であろうこの駅がこの形態になったのは、ちゃんとした理由があるのです。旧駅舎は平成12年5月17日に焼失してしまいました。しばらくはプレハブで推移していましたが、平成22年に現在の形になったのです。



トイレは益田方に。旧駅舎時代からの汲み取り式です。



では駅舎の中へ。4辺のうち2辺に木造のベンチが設えられています。無人駅であり何もありません。



時刻表を。特急列車を含めて上下それぞれ11本ずつです(特定日を除く)。次の下りは14時41分発、上りに至っては17時20分発…。


三谷駅ではこんなエピソードがありました。着替えしていると、法事帰りの夫婦がやってきました。新山口方面に帰ろうとしましたが、「スーパーおき3号」は行ったばかり。時刻表を見て愕然としたのでバスを調べました。しかし、このあたりは曜日運転の「生活バス」だけであり、路線バスがまともな本数で運転されているのは宮野以南です。結局、この御夫婦はタクシーを呼ぶことになりました。同じ山口市とはいえ、「阿東地域」に入ると一気に交通事情が厳しくなるのです。



構内踏切を渡ってホームへ。申し遅れましたが、三谷駅は交換可能駅で、島式ホーム1面2線+保線用側線1本の構内です。



14時41分発の2545D(キハ47 152+キハ47 1060)で再び島根県へ。



15時52分に本俣賀駅に到着。片面ホーム1面のみの構内です。



それでは駅舎撮影。昭和45年3月25日に小学生の通学の便をはかるために開業しました。ブロック積みの待合所です。トイレはありません。



「控所」となった待合所の内部を。ベンチが横幅の半分くらいしか設えられていません。ごみ箱などもなし。



時刻表を。上下それぞれ7本ずつです(特定日を除く)。滞在時間は29分。



折角なので、出歩いてみます。駅前には本俣賀出合バス停があります。上りが4本、下りが3本ですが、朝の上り1本と夕方の下り1本が日祭日運休で、残りの便も学休日運休です。



付近は本俣賀川と角井川の合流点です。春の穏やかな日に水景を眺めると何だか癒されます



この時期の益田市は、菜の花が咲き誇ってました


続きはこちら


参考サイト   さいきの駅舎訪問


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山口線全駅下車の旅(その7)

2016-10-10 21:48:31 | 陰陽連絡線


地福駅から36分で名草駅に到着。自転車置き場脇の階段を上がってホームへ。で、その自転車置き場、国鉄仕様の駅名標が付いてます



それでは駅舎撮影。昭和36年4月開業の、ブロック積みの待合所です。片面ホーム1面のみの構内です。トイレはありません。



一旦駅舎の中へ。古ぼけた木製のベンチが1つだけ設えられています。



しばらくしていると踏切が鳴ったので構えたら、「スーパーおき4号」の通過でした



再び県道311号を西進して三谷駅を目指します。右手には大蔵ヶ岳が。



20分ほどで鷹乃巣公会堂を通過。「たかのすバス停」とありますが、地福駅前行きと文珠上行きが月・木に其々1本ずつです。



阿武川が迫り踏切が近づくと、幅員が狭くなりました。



踏切を渡って三谷の集落に入ると、ふきのとうが所々に顔をのぞかせてました。これは3月19日の旅行記です。



道が集落道程度に狭くなると、三谷郵便局を通過。間もなく県道11号を渡ります。



名草駅から40分で三谷駅に到着。駅前には廃業して久しく、今にも崩れ落ちそうな商店が。



それでは駅舎撮影。でもその前に踏切の音が鳴ったので構えてみると、「スーパーおき3号」の到着でした。


つづく


参考サイト   さいきの駅舎訪問


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山口線全駅下車の旅(その6)

2016-10-07 20:21:33 | 陰陽連絡線

山口線駅巡りの前にニュースをお伝えします。東急電鉄は昨日、来年7月にJR横浜駅~伊豆急下田駅間に新しいリゾート列車をデビューさせると発表しました。現在の「アルファ・リゾート21」を改装して100席のレストラン列車とし、あの水戸岡鋭治氏がデザインするとのことです。



さて、本題に。11時28分に青原駅に到着。駅前の撮影を終えると高津川へ。下流側には沈下橋が。



上流側を。右手は国道9号ですが、護岸されてました。



11時47分発の2546D(キハ40 2096)で青原駅を出発。スーツケースをもった就活中の女子学生と相席に。出雲市から来て湯田温泉に行くとか。山口大生かな。



12時29分に地福駅に到着。交換可能駅で、島式ホーム1面2線+保線用側線1本の構内です。



で、ホーム上には大正風の駅名標が「SLやまぐち号」の停車駅です。



構内踏切を渡って駅舎の中へ。(旧)事務室入口には木彫りの熊さんが。しかも、「おかえりSLやまぐち」のちぎり絵も



では、駅舎の中へ。待合ベンチが対面に配置されています。扉の向こうはもう1つの待合室ですが、固く閉じられてました。窓口も閉じられて何もなくなっています。



それでは駅舎撮影。大正7年11月築の木造駅舎ですが、昨年9月にリニューアルされています。トイレは益田方に。



ファサードを拡大。大正7年当時の端正なつくりです



時刻表を。上り8本、下り9本(SLやまぐち号を含む)です(特定日を除く)。次の下りは14時49分発、上りは17時20分発…。



では、バス停の時刻表を。「生活バス」となっており、笹が瀧行きが11時35分発(月・水・金)、文珠上行きが10時30分発(月・木)です。



ということで、まずは名草駅まで駅間徒歩。県道311号を進みますが、駅前は農業倉庫が。



12分ほど進むと、曹洞宗の寺院である桂光院への入り口。氏原大作の墓所でもあります。



交差点を左折して数分でさくら小学校を通過。何立かって?? 何と、山口市立です 平成の大合併、恐るべし。



木立を抜けると「名草駅」の看板が!間もなく名草駅です。


つづく


参考サイト   さいきの駅舎訪問


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山口線全駅下車の旅(その5)

2016-10-05 19:07:22 | 陰陽連絡線


いよいよ出発の時間となりホームへ。新山口方に行くと、大正風の駅名標が 徳佐駅は「SLやまぐち号」の停車駅なのです。



申し遅れましたが、徳佐駅は交換可能駅で島式ホーム1面2線の構内です。10時29分発の2542D(キハ40 2119)で新山口方面へ。



10時34分に鍋倉駅に到着。片面ホーム1面のみの構内です。



それでは駅舎撮影。昭和38年10月開業の木造の長屋の待合所です。「SLやまぐち号」の停車駅ということで、大正風の駅名標が



時刻表を。「SLやまぐち号」を含めて上下それぞれ9本ずつです(特定日を除く)。滞在時間は10分!



時間がないなりに駅舎の中へ。木製のベンチが対面で並んでいます。勿論無人駅で何もありません。



折角なので、駅構内を飛び出します。駅舎の前にあるコンクリートの建物は汲み取り式トイレ。



鍋倉駅に降り立った時から甘い香りがしました。その正体はリンゴ園です



10時44分発の2539D(キハ40 2122)で再び島根県へ。結構混雑してたので、進行方向左側のおじさんと若い女性のボックスに招き入れてもらいました。



11時28分に青原駅に到着。交換可能駅で、対面式ホーム2面2線+保線用側線1本の構内です。



下りホーム上にはトタンづくりの待合所が。入口は1つです。



「控所」となった下りホームの待合所の内部を。木製のベンチが対面になっています。勿論無人で何もありません。



で、上りホーム上には白壁づくりの待合所が。



階段を下りて駅前に出ました。駅前広場には大庭政世の頌徳碑が。青原駅は木造駅舎が撤去されました。トイレもありません。



で、新山口方には大庭又三郎の碑が。このあたりの農業開発の父です。


青原駅での滞在時間は19分…。


つづく


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山口線全駅下車の旅(その4)

2016-10-03 22:52:03 | 陰陽連絡線

8時31分に船平山駅に到着。徳佐駅まで駅間徒歩を敢行します。まるで申し合わせたかのように雨が上がりました。



まずは踏切を渡って右側の集落道へ。黄色いガードレールが山口県らしさを醸し出しています



15分ほど進むと片山天神の入口へ。折角なので、一旦参道に。



沿道では梅が満開を迎えてました



本殿に到着。別名菅原神社といい学問の神様のようですが、旅の安全を祈願してきました



で、帰りに見たバス停の時刻表を。火曜日、金曜日のみの1往復の運行です!



片山天神を出発すると、右手には独立した山が。丸山といいます。



宇津根踏切には「十種のいのち」の碑が。この踏切を渡り、沖田川をも渡ります。



しばらく進んでいくと、「スーパーおき1号」と一瞬の邂逅キハ187系2連でした。



山口線と離れると段丘を上って徳佐の集落へ。徳佐駅まであとわずか。



船平山駅を出て59分で徳佐駅に到着。大正4年築の木造駅舎が健在です。尚、益田方には大正7年11月築の汲み取り式トイレ。



では、駅舎の中へ。と思ったら、駅横にJAが鎮座してたではないですか



改めて駅舎の中へ。益田に行くという若い女性が切符を買っていましたが、委託ながらも窓口があり、営業時間は8:30~15:30です。



待合所の横には平成25年7月の島根・山口豪雨の被害状況の写真集が。地福~津和野間が復旧したのは2014年8月25日のことでした。



では、時刻表を。特急列車を含めて上下それぞれ12本ずつ(特定日を除く)です。次の上り列車は10時29分発…。



折角なので、事前に目を付けたポイントで彼女が乗車した「スーパーおき2号」をロケハン。キハ187系3連でした



駅に戻って駅前のバス停の時刻表を。「生活バス」となっており、開籠行きが6本(うち土休日運休が3本)、下山島田行きが火曜日、金曜日にそれぞれ1本ずつです。



そろそろ出発となりホームへ。徳佐駅の跨線橋は木造です


つづく


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山口線全駅下車の旅(その3)

2016-10-02 22:19:24 | 陰陽連絡線

7時30分発の2536D(キハ40 2076)で日原駅を出発。



7時37分に青野山駅に到着。片面ホーム1面のみの構内です。



まずはホームから見える景色を。目の前はズバリ、深瀬山。



では駅舎の中へ。3人分座れるベンチが並んでいます。国鉄仕様の駅名板がいいですね。青野山駅は昭和36年4月の開業です。



時刻表を。上下それぞれ7本ずつです(特定日を除く)。滞在時間は36分。



青野山駅の周辺は茶畑が広がっています。これを利用して2533Dをロケハンしてみました



「麓耕子安観音」の案内があったので周辺散策。駅前の坂を上がっていくと再び一面の茶畑。眼下には山口線の線路。始めから分かってたらここでロケハンしたかも。



駅から6分ほどで麓耕子安観音に到着。ここで山口線全駅下車達成を誓ってきました


8時13分発の2538D(キハ47 1060+キハ47 152)に乗車して島根県から山口県へ。



8時31分に船平山駅に到着。片面ホーム1面のみの構内です。



それでは駅舎撮影。ホームより一段下に設えられている木造の待合所です。この駅も昭和36年4月の開業です。青野山駅と同様にトイレはありません。



一旦、駅舎の中へ。木製のベンチが申し訳程度に設えられているだけで、何もありません。



時刻表を。上下それぞれ8本ずつです(特定日を除く)。次の上り列車は10時25分発、下り列車に至っては10時53分発…。


ということで、徳佐駅まで駅間徒歩を敢行します。


つづく


参考サイト   さいきの駅舎訪問


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山口線全駅下車の旅(その2)

2016-10-01 17:35:12 | 陰陽連絡線

山口線駅巡りの前にニュースをお伝えします。JR西日本は昨日、三江線に対する鉄道事業廃止届を国土交通省に提出しました。廃止日は2018年4月1日(日)だそうです。私が想定していたよりも廃止日が伸びてほっとしている次第です。


前回はこちら



さて、本題に。「つわのエクスプレス」は開放休憩一切なしで、定刻より13分早い6時22分に益田駅に到着。



「18きっぷ」に日付印を入れ、6時28分発の山口線2534D(右のタラコの気動車)に乗車して山口線の旅が始まります。



その「キハ40 2122」の車内。茶色のセミクロスシートとなっていますが、一部のボックスは空調設備があるため荷棚が使えません。


日原駅に着くまでの間、山口線の概要を紹介します。山口線は、新山口と益田を結ぶ、全長93.9km、駅数26の地方交通線です。宇田郷経由の路線が開通するまで「山陰本線」と名乗っただけのことあり、「スーパーおき」が3往復走ります。もう1つの特徴ですが、昭和54年より「SLやまぐち号」が新山口~津和野間を運行していることです。そして、3つ目の特徴ですが、宮野を境にした大きな落差です。沿線に山口大学など高等教育機関を抱える新山口~宮野間は、一部時間帯を除いて30分~1時間ヘッドです。しかし、山間に入る宮野以北は本数が激減し、数時間も空白になることもあります。車両については、「スーパーおき」がキハ187系、普通列車はキハ40系列となっています。



朝食を終えて、6時56分に日原駅に到着。交換可能駅で、対面式ホーム2面2線+引き込み線1本の構内です。



それでは駅舎撮影。平成8年10月築の、枕瀬簡易郵便局との合築駅舎です。



では駅舎の中へ。特急停車駅ということもあり、木製の椅子が多数設置されています。新山口方は「プラザ枕瀬簡易郵便局」です。窓口営業時間が8:00~17:00なので、この時間帯は無人でした。尚、トイレは、ホーム側に男女別に設置されています。



時刻表を。特急列車を含めて上下それぞれ10本ずつです。滞在時間は34分。



日原駅はただの合築駅舎ではないのです。渡り廊下を伝って枕瀬公民館と繋がっています。



駅と枕瀬公民館との間には「おつきさん」のモニュメントが。



そうこうするうちに、六日市温泉ゆらら行きのバスがやってきました国鉄再建法により頓挫された岩日線の代わりの公共交通機関ですが、「六日市ツアー」のマイクロバスでした。雨が本降りなのでこれ以上の散策はやめにします。


つづく


参考サイト   さいきの駅舎訪問


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加古川線全駅下車の旅(その17)

2013-12-17 21:59:18 | 陰陽連絡線

神野駅から12時56分発の336Sに乗車し、加古川線駅巡りを締めくくる駅へ。



6分遅れの13時6分に日岡駅に到着。交換可能駅で、対面式ホーム2面2線の構内です。両ホームは構内踏切で結ばれています。



それでは駅舎撮影。昭和23年4月築の木造駅舎で、ファサードも立派です。右隣にトイレがありますが、昭和7年12月築の汲み取り式トイレです。この駅に降り立って加古川線全駅下車達成



管理駅員が何やら作業を始めたので、先に周辺散策。駅前の小さな川を渡ると、古い住宅地が広がっています。名残柿が季節感を出していました



坂を上り、駅から5分ほどで日岡神社に到着。この山門は、天保12年冬に多門院賢長によって完成されました。



更にアップダウンを越えて本殿に到着。日岡神社の祭神は天伊佐々彦之宮で、景行天皇の后・稲日大郎媛の安産を祈願したことから、安産祈願の神社となっています。それもそのはず、小さな親子連れが多かったです。私は独身の男子ですが、加古川線全駅下車達成のお礼参りしてきました



本殿ともう1つ。日岡神社は天平2年の創立ですが、旧社殿は昭和44年に焼失しました。現在の社殿は、昭和46年に加古川町(当時)家屋町居屋河原にあった大鳥居神社を日岡神社境内に移築し、その用地を売却した費用で再建されたものです。


日岡駅周辺には日岡御陵、日岡山公園など見所が多いそうですが、滞在時間が24分に短縮されてるのでそそくさと駅に戻ります。



まだ管理駅員の作業が終わっていませんが、日岡駅の内部を紹介します。無人化されて窓口が閉鎖されて久しく、自動券売機に置き換えられています。




その自動券売機の内部をオープン。外から見るからには簡単そうなつくりですが、中は多数のコンピューターが埋め込まれて精密機械になっています。


加古川線駅巡りはこれにて終了です。思えば、「新」がつくのに小さな駅、女性の管理駅員と話し込んだ駅、「プラネタリウム」のある駅、クリスマスツリーが素晴らしかった駅、そして「日本のへそ」の駅がありました。「谷川線」が完全1閉塞だったのには衝撃でした。奇しくも、今年は加古川線が開業して100周年を迎えています。定刻にやってきた、13時30分発の1338S(103系M3編成)に乗車して加古川駅へ。


続きはこちら


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