新潟県内のリニューアル駅舎の次は、米坂線の新駅舎についてお伝えします。
東日本大震災以降、米坂線では駅舎の改築が相次ぎました。平成24年には南米沢駅、平成26年3月には西米沢駅、羽前小松駅と改築されました。今回は、羽前小松駅についてお伝えします。
羽前小松駅は一体どんな駅か。羽前小松駅は、米沢駅から坂町方面に数えて5つ目の駅で、川西町の中心駅です。先代は、開業時からと思われるグリーンの木造駅舎でした。西に1.5kmの所にダリア園があります。
それでは、羽前小松駅について見てみましょう。取材日は、2015年11月8日(日)でした。
まずは駅舎から。以前と同様に三角屋根のファサードの木造駅舎ですが、茶系に変わっており格子が設けられるなど、「和」のテイストになっています。財産標は「平成26年3月25日」です。
駅前の様子。ちょっとしたミニ庭園が形成され、紅葉真っ盛りでした。「ようこそダリアの町 川西町」。
では駅舎の中へ。委託駅ながら窓口があり、営業時間は平日の場合が7:45~19:00、土休日の場合が8:45~16:30です。但し、第2、第4日曜は完全無人駅です。窓口が営業してない時間帯は待合室に入ることすら出来ません!
時刻表を。上り、下りとも其々11本ずつです。「快速べにばな」が1往復ですが、いずれも米坂線内は各駅停車です。
トイレはどこかというと、米沢方にある「パオ」のような建物です。旧駅舎の時代から建っていたに違いありません。
折角なので構内へ。交換可能駅で、対面式ホーム2面2線の構内です。上りの「快速べにばな」と絡めてみました。かつては「普通駅」で、坂町方に引き込み線があります。
羽前小松駅の模様は以上です。委託駅とはいえ、窓口営業時間外に待合室に入ることすら出来なくなるのは、山田線の上米内駅と磐越西線の三川駅と同じ手法です。その極端な例は大村線の諏訪駅で、平成25年3月16日に無人化されたのに伴って、待合室が完全にクローズされたのです。
米坂線の改築駅舎で未撮影なのが南米沢駅と西米沢駅です。いつ訪問出来るかは未定です。何せ米坂線がこの本数なので、仮に実行するとなれば駅間徒歩になりそうです。
これは今年最後の記事となります。来年も「クハ481-103の駅巡り旅のページ」を宜しくお願いします。
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来迎寺駅のリニューアルの次は越後川口駅のリニューアルをお伝えします。
では、越後川口駅は一体どんな駅か。越後川口駅は、宮内駅から水上方面に3つ目にあたり、飯山線の北の終点です。川口町の中心駅でしたが、その川口町は新潟県中越地震に大きな被害を受けたのに伴って長岡市に吸収合併されました。上越線から飯山線に入る駅ということで、「越乃Shu*kura」の停車駅となっています。
前回の記事に登場した来迎寺駅と同様、最近になってリニューアルされました。では、越後川口駅の現在の様子を見てみましょう。取材日は、2015年12月26日(土)でした。
越後川口駅へは1742Mでアプローチ。2面3線の構内です。
地下道をくぐって駅舎の中へ。茶色の壁に白木の腰板にリニューアルされました。自動券売機の脇に「みどりの窓口」があり、営業時間は7:00~17:20です。
右手にある待合室の中へ。窓口と同様、茶色の壁に白木の腰板にリニューアルされています。小さい部屋ですが、20人座れるようになっています。
それでは駅舎撮影。昭和44年11月20日築の2階建ての駅舎ですが、ファサードの天板に錦鯉のペディメントが描かれています。恐らく小千谷の錦鯉を表現したのでしょう。
出発前にトイレへ。トイレは待合室の真裏、つまり改札内にあります。最近の無人駅で多く見られる、人が入ると自動的に電気が点灯するタイプに変更されています。よく見ると、壁が白と茶になっています。
越後川口駅のリニューアルは以上です。今年4月12日の潟町駅、4月19日の宮内駅といい、「越乃Shu*kura」の停車駅のリニューアルが相次いでいます。駅舎側から「越乃Shu*kura」を育てようとする姿勢が見て取れます。
昨日、東三条駅を訪問しましたが、内装や待合室こそリニューアルされていましたが、駅舎の外観はまだまだです。完成時期とされた2月中旬にはどのような姿になるでしょうか。今から楽しみです。
次は、米坂線の駅の新駅舎についてお伝えします。
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11月の弥彦菊まつりに合わせて弥彦駅の内装がリニューアルされましたが、そのプレス資料の中で来迎寺駅と越後川口駅のリニューアルが記されていました。いずれも12月下旬の完了予定となっていました。今回は、そのうち来迎寺駅のリニューアルの模様をお伝えします。
では、来迎寺駅は一体どんな駅か。長岡駅から直江津方面に行って3つ目にあたる、旧越路町の中心にあたる駅です。徒歩圏内に久保田の蔵元である朝日酒造があり、「越乃Shu*kura」の停車駅となっています。かつては越後交通との接続駅でした。昭和54年11月12日築の三角屋根の駅舎です。
それではリニューアルされた来迎寺駅を見てみましょう。訪問日は2015年12月26日(土)でした。
来迎寺駅へは1336Mでアプローチ。対面式ホーム2面2線の構内ですが、嘗ては下り副本線があり、直江津方には保線用側線があります。
改札を抜けて駅舎の中へ。改札脇の壁面は黒系にリニューアルされました。委託駅ながら「みどりの窓口」があり、営業時間は7:20~18:10です。
自動券売機脇の壁面は下地が丸出し。リニューアルはこれからではないでしょうか。よく見ると、1台が廃止されていますね。
左手にある待合室へ。12人分座れるようになっています。ここも壁面が黒系にリニューアルされています。
それでは駅舎撮影。昭和54年11月12日築の三角屋根の駅舎ですが、もみじが描かれました。ペディメントのもみじは越路中学校脇のもみじ園のイメージと思われます。
駅舎の直江津方にはトイレ。昨今のJR東日本標準仕様に改められています。
時間があったので駅裏へ。地下道をくぐると「白山団地」という新興住宅地になっていました。旧越後交通の来迎寺駅だった土地です。
西に5分ほどあるくと、越後交通の廃線跡が!来迎寺駅の歴史を感じさせます。
越後川口駅に移動する前に跨線橋を。壁面がメタル調にリニューアルされていました。
最後に駅内の掲示を。今年の10月14日に工事が始まり、1月22日に終了するとしています。その頃には自動券売機脇の壁面も黒系になっているでしょう。
来迎寺駅のリニューアルは以上です。駅舎に「紅葉」が描かれるだけではなく、内装も今流行りの「和」のテイストになっています。工事が完了していなかったのは意外でしたが、最終的にどのような形になるかが楽しみです。
今回、跨線橋のリニューアルの模様が登場しましたが、最近、JR東日本新潟支社管内の多くの中小駅にて跨線橋の修繕工事が真っ盛りです。来春には壁面がメタル調にリニューアルされるのではないでしょうか。
次は、越後川口駅のリニューアルの模様をお伝えします。
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そろそろ出発の時間となりました。15時12分発の326D(キハ48 518+キハ48 1509)がやってきて、何かと見所の多かった向能代駅に別れを告げます。
「キハ48 1509」に乗車。グレーのセミクロスシートが並んでいます。さほど乗ってませんね。
15時18分に能代駅に到着。対面式ホーム2面2線+側線2本の構内です。HB-E200系の青池編成と並びました。
跨線橋を渡り、改札に向かおうとするとバスケットボールのゴールが!「リゾートしらかみ」の1号及び3号の停車時間中に体験できます。
用を足して改札を抜けました。右手には指定席券売機のブースがあり、運用時間は6:40~19:40です。その手前には自動券売機があり、運用時間は6:30~20:00です。それ以外の時間帯は乗車駅証明書発行機での対応です。
左手の部屋はテーブル付きの待合室となっており、奥には「びゅうプラザ」が。
駅舎撮影の前に時刻表を。「リゾートしらかみ」を含めて10本になっています。能代止まりは実に15本にのぼります。
では、上りの時刻表を。「リゾートしらかみ」を含めて22本となっています。その内、当駅始発は13本です。
それでは駅舎撮影。昭和15年築の横長の木造駅舎ですが、先回の秋田DCに伴ってリニューアルされています。ファサードのペディメントが目立っています。
能代バスケットボールミュージアムを目指して周辺散策。グーグルマップを使わなかったのが祟ったのか、果たして辿り着いたのはスポーツセンター。今度こそリベンジと思いましたが、次の乗り継ぎ旅は正月休みなので無理だな。
気を取り直して駅前にあるモニュメントを。「能代ねぶながし」です。秋田杉とバスケットボールのイメージだったりします。
KIOSKでいぶりがっこなどを購入し、16時7分発の138D(キハ40 553)に乗車して東能代駅へ。
東能代駅にて奥羽線1660M(701系N31編成)に乗車して秋田へ。土崎駅を出ると、廃車になった485系達がごろごろと。
この日は大曲花火の日で、秋田から大曲まで臨時列車が多数運行されました。構内整理の都合で秋田駅に4分遅れで到着。番線も2番線に変更となり、そのまま羽越線552Mと相成りました。
インターバルを利用して男鹿線1139Dを。「キハ40 2089+キハ40 543」でした。
酒田駅到着後、834D(キハ47 1518+キハ47 513+キハ40 526)に乗り換えて、花善の鶏めしで夕食。何でもこの駅弁、今年のJR東日本の駅弁大将軍にノミネートされていたりします。村上駅到着後、羽越線952M(115系N2編成+N6編成)~信越線2562M(115系N8編成)と乗り継いで新津に帰還しました。
「いよいよ終末期を迎える秋田の国鉄形気動車に乗りに行く」は以上です。今回は五能線の秋田寄りの4駅を巡ってきましたが、向能代駅が特に印象的でした。能代バスケットボールミュージアムは心残りでした。次回は新春の予定なので、しばらく縁が無さそうです。
来春のダイヤ改正ですが、五能線では、早朝の能代行きと14時台の東能代~能代の1往復が削減されます。いずれは五能線全駅下車を達成するつもりですが、今のところは影響はないといったところです。今回は秋田の気動車が多数登場していますが、ACCUM投入もあることから、秋田の国鉄形気動車は少なからず動きが出るでしょう。
次は、新潟県内の駅舎のリニューアル情報をお伝えします。
おわり
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北能代駅を出て32分で鳥形駅に到着。
それでは駅舎撮影。片面ホームに昭和33年12月築の待合所の駅です。トイレはありません。
雨が止まないので駅舎の中へ。待合ベンチは10人分です。勿論何もありません。
時刻表を。下り7本(内ワンマン4本)、上り6本(内ワンマン3本)です。
そうこうするうちに、女の子が2人やってきました。彼女らと共に、14時20分発の224D(キハ40 533+キハ40 546)に乗車して東能代方面へ。
今度は「キハ40 533」に乗車。それなりに乗っています。グレー系にセミクロスシートですが、扇風機は撤去されています。
注目すべきは運賃表。なぜ岩館始発なのに弘前からの運賃が表示されているのだろう。
14時29分に向能代駅に到着。片面ホーム1面のみの構内です。
階段を下りて駅舎の中へ。委託駅ながら窓口があり、営業時間は7:30~16:00(但し、土休日休み)です。荷物扱所が原形をとどめているではあるまいか勿論、本来の役目を終えてますが。
深浦方に視点移すと、だるまストーブを囲んで14人分の待合スペース。天井には発泡スチロールでつくられた絵画が。
それでは駅舎撮影。昭和24年1月築の横長の木造駅舎です。
深浦方には昭和24年9月築のトイレが。勿論汲み取り式ですが、大便器がドアと反対の向きに取り付けられており、とても使えるものではありません。
再び時刻表を。向能代での滞在時間は43分。
折角なので周辺をぶらぶらと。駅前通りを進むと何やら和風の建物が!東雲中学校です。
交差点には秋北バスのバス停が。能代バスステーション行きですが、1日3本(しかも夕方の2本は土休日運休)だけです。
再び駅に向かうと、巡回バスのバス停も。カラーリングがバスケットボールで、バスケの街にやってきたなと実感しました。
つづく
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前回はこちら
そろそろ出発の時間となりました。13時ちょうど発の五能線223D(キハ40 546+キハ40 533)で東能代駅を出発。
「キハ40 546」の方に乗車しました。グレーのセミクロスシートになっています。
運転台も。ツーハンドルマスコンになっています。尚、通路を挟んだ助手席は開放されています。
いよいよ出発。能代駅を過ぎ、米代川を渡ります。
ここで五能線の概要を紹介します。五能線は、東能代と川部を結ぶ、駅数41、全長147.2kmの地方交通線です。能代(現 東能代)~能代町(現 能代)を結んでいた能代線と川部~鰺ヶ沢を結んでいた五所川原線を互いに延伸してつなげて五能線となりました。昭和11年7月30日に全通し、来年で80周年を迎えます。日本海の波打ち際を走る区間が長く、冬季を中心に強風や高波の影響を受けやすく、JR東日本管内で最も輸送障害が起きやすい路線の1つとなっています。観光列車として「リゾートしらかみ」が3種類走り、HB-E200系である青池編成と、キハ48系改造車の橅編成、くまげら編成の陣容となっています。尚、橅編成は来年7月にハイブリッド車になる予定です。一方、普通列車については基本的に青帯のキハ40系列です。
13時14分に北能代駅に到着。一見すると片面ホーム1面のみの構内ですが、交換設備が撤去されて棒線化されています。
それでは駅舎撮影。平成20年7月築の、丸屋根の簡易駅舎です。トイレはありません。
一旦駅舎の中へ。FRP製の長椅子が2基設えられています。勿論無人駅で何もありません。
時刻表を。上り6本(内ワンマン3本)、下り7本(内ワンマン4本)です。次の上り列車は14時24分発…。
では、隣駅まで歩きます。駅前は最果ての雰囲気すら感じさせます。
一旦国道101号へ。でも菅原神社のあたりで辞します。
五能線の線路に向かって歩きます。白神の山々をバックに稲穂がなびいてました。
五能線の線路沿いの砂利道に出ると、よもやの雨中駅間徒歩に。11KPが見えてくると、いよいよ鳥形駅です。
つづく
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国鉄形気動車の置き換えの波は新津だけではありません。来春のダイヤ改正で男鹿線にもACCUMが登場します。EV-E801系といい、オールロングシートです。JR東日本では、いよいよ全社的に国鉄形気動車の淘汰劇が始まります。札沼線駅巡りをシルバーウィークに延期したということで、2015年8月22日(土)に五能線にて生態調査してきました。それでは御覧下さい。
自転車で新津駅に行き、新津駅6時16分発の羽越線823D(キハ110-224+キハ110-216)で出発。チューハイで一杯やりましたが、新発田でボックス独占が崩れました。
9時32分に酒田駅1番線に到着。階段を上がり、速攻で2番線に停車中の541M(701系N7編成)に乗り換え。
有耶無耶の関を過ぎると秋田県へ。車内には大曲花火な方が少なからず。沿線は。
11時25分に秋田駅に到着。「はまなす」の指定を取ろうと「みどりの窓口」に向かうも、余りにも混雑していて埒が明かぬ。果たして購入できたのは花善の鶏めし。
11時42分発の奥羽線1655M(701系N31編成)に乗車。席を取ると、持参のパンで昼食タイム。
北金岡駅ではしばらく停車。何とすれ違うかと思ったら、青池編成の「リゾートしらかみ2号」でした!
12時43分に東能代駅2番線に到着。「キハ40 528」が止まっていたのでてっきり五能線223Dかと思いましたが、134Dで到着して引き上げるところでした
改札を抜けると「みどりの窓口」に直行。あっさりと応対してくれましたが、9月22日の札幌発「はまなす」は指定もB寝台も見事にソールドアウト。実際に入手できたのは自由席。尚、営業時間は5:30~21:00です。
で、左手の部屋に行ってみると、12人分座れる待合室でKIOSKが併設されています。
それでは駅舎撮影。昭和33年1月築の、国鉄後期型駅舎です。微妙に屋根があります。トイレは改札内の秋田方に。
再び改札をくぐりました。すると、側線に奥羽本線全通110周年ラッピング編成(N35編成)が止まっていました今年は奥羽本線が全通してから110年で、秋田~新庄にて485系による「つばさリレー号」が走ったり、青森~湯沢にて「奥羽本線全線開通号」が走ったりしていました。
続きはこちら
参考サイト さいきの駅舎訪問
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本日、JRグループは、来年3月26日にダイヤ改正を行うと発表しました。
まず、JR九州では、熊本~川尻間に「西熊本駅」が開業します。また、「いさぶろう1号」及び「しんぺい4号」を熊本発着になります。
次に、JR四国は、「しおかぜ」の4往復、「いしづち」の5往復を8600系電車にするとしています。
JR西日本では、広島地区(電化区間)の日中帯の普通列車が全て227系になります。
JR東海では、2009年の台風18号の被害で運休していた名松線の家城~伊勢奥津間が鉄道での運転を再開します。また、伊勢地区の普通列車はキハ25系またはキハ75系になります。そして、「しなの」は全て名古屋~長野間の運転となります。
JR東日本では、南武線にて「小田栄駅」が、仙石線にて「石巻あゆみ野駅」が開業します。また、185系がいよいよ高崎線から撤退し、「草津」も長野原草津口発着になります。
JR北海道では、「スーパーカムイ」と直通する「快速エアポート」がなくなります。鷲の巣、十三里、東追分、花咲、上白滝、下白滝、旧白滝、金華の廃止は自明の通りということで。
で、今回の改正の最大の目玉は北海道新幹線の開業でしょう。東京発着の「はやぶさ」10往復、仙台発着の「はやぶさ」1往復、盛岡発着の「はやて」1往復、新青森発着の「はやて」1往復で、東京~新函館北斗間の最速到達時間は4時間2分ということで。これにより、「スーパー白鳥」「白鳥」が廃止され、485系の特急運用がいよいよ終了します。
タイアップとして、2014年12月、2015年1月の特急北越号を御覧下さい。特記以外は新潟駅での撮影です。
2014年12月6日。「北越4号」はR22編成でした。折からの大雪の影響で27分遅発し、信越線2528M(E127系V7編成)と並びました。
2014年12月7日。「北越2号」はR21編成でした。新津駅で撮影。
新潟駅にて「北越4号」を。R25編成でした。
2014年12月10日。「北越10号」はR22編成でした。
2015年12月11日。「北越10号」はR23編成でした。
2014年12月19日。「北越2号」はR23編成でした。新津駅で撮影。
新潟駅にて「北越3号」の到着を。T18編成でした。
「北越8号」はR22編成に差し替えられました。
2014年12月28日。「北越4号」はT18編成でした。片側のタイフォンが開いてました。
2014年12月31日。「北越4号」はR28編成でした。
2015年1月1日。「北越4号」はR21編成でした。
2015年1月4日。「北越4号」はT18編成でした。
9番線に到着する「北越1号」を。R28編成でした。
2015年1月11日。新津駅にて「北越2号」を。R22編成でした。
2015年1月16日。再び新津駅にて「北越2号」を。R28編成でした。
2015年1月17日。三度新津駅にて「北越2号」を。R23編成でした。
新潟駅にて「北越4号」を。R22編成でした。
2015年1月18日。この日も新津駅にて「北越2号」を。R27編成でした。「おはよう信越」のR21編成を背景に入れました。
新潟駅にて「北越4号」を。R25編成でした。
そして、「北越6号」はR21編成でした。
2015年1月22日。東三条駅にて「北越2号」を。R25編成でした。
新潟駅にて「北越4号」を。R22編成でした。
時間をおいて「北越3号」を。R27編成でした。
2015年1月24日。新津駅にて「北越2号」を。R28編成でした。
新潟駅にて「北越4号」を。R21編成でした。
2015年1月29日。「北越10号」はR22編成でした。
2015年1月31日。「北越2号」はR21編成でした。
「北越4号」はR27編成でした。ヘッドマーク下のラインが懐かしいですね。
最後に、新津駅にて「北越3号」を。2つ目ライトが名物のT18編成でした。
来春のダイヤ改正関連記事は以上です。「北越」はいかがでしたか?今はもう鬼籍に入っている編成も出てきました。北陸新幹線の開業から9か月が経ち、私も485系が何本も行き交うシーンに懐かしさを覚えました。
今回のダイヤ改正では、「糸魚川快速」の去就に関して一言も触れられておりません。新潟の485系3000番代はR26編成、R28編成に限られたとはいえ、来年度も走るということでしょうか。詳しくは4月号の時刻表を見ないと分かりませんが、今から戦々恐々です。
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奥会津地方にJR東日本屈指のローカル線があります。それは、只見線です。只見川の電源開発のために線路が敷かれ、会津若松と小出が結ばれて只見線となりました。今回はその気動車達についておつたえします。
会津若松から4時間半掛けて小出まで乗り通し、「乗り鉄」にとってはたまらない路線でしたが、2011年の「新潟・福島豪雨」でそれが一変します。会津川口~只見間で橋梁が2つも崩落し、小出口と会津若松口で完全に分断され、空白区間は決して接続がいいとはいえない代行バスで埋め合わされて今に至っています。小出~只見の気動車は新津の受け持ち、会津川口~会津若松の気動車は会津若松の受け持ちとなっています。
それでは、只見線の気動車達の現状を見てみましょう。
2015年10月25日。会津柳津駅にて只見線430Dを。「キハ40 542+キハ40 549+キハ40 2021」の3連でした。
2015年11月14日。折角なので小出口の2424Dに乗ってみます。前位は只見色の「キハ40 559」でした。
後位は「只見縁結び」カラーである「キハ48 545」でした。
「キハ40 559」の車内。茶色のセミクロスシートで、扇風機も付いています!「新潟・福島豪雨」に伴って会津若松から転配されたと思われます。
乗車した「キハ48 545」の車内。鶯色のセミクロスシートになっています。小牛田からの転配車です。
越後須原駅まで乗車しました。横長の三角屋根の駅舎がお出迎え。トイレは小出方に。
学生時代以来の訪問となりましたが、簡易委託駅だったのが完全無人駅となっていました!折角なので駅ノートに書き込みしてきました。
2015年11月15日。会津若松駅4番線に427Dが入線しました。一見すると以前と何も変わっていないように見えます。
私が乗車した後位の「キハ40 2022」の車内。茶色のセミクロスシートが並んでいます。
天井には扇風機がしっかりと付いているではないですか
前位は青色のセミクロスシート。「キハ40 534」でした。
表記も新津時代のまま。磐越西線や羽越線などに乗車した際に何度も見ているぞ
根岸駅まで乗車しました。横長の待合所のみの駅で、トイレはありません。
ベンチも横長です。壁にはJR東日本の看板列車の写真が飾られてるし。
根岸からは428D(キハ40 2025+キハ40 581)に乗車して会津若松に戻りました。
乗車した「キハ40 581」の車内。これまた茶色のセミクロスシートです。
会津若松駅に到着。新津のキハ47と並びました
おまけとして、2015年10月25日の「只見紅葉号」。首都圏色の「キハ47 515+キハ47 514」でした。
只見線の気動車達は以上です。会津若松口、小出口と通して茶色のセミクロスシート車が主力であることが分かりました。
「小出口は新津の気動車で賄われている」といいましたが、磐越西線・羽越線用とは厳然と運用が分かれ、基本的に会津若松から転配された只見線色と小牛田からの転配車が入っています。新津運輸区に来る時は交番検査等に限られ、仕業検査などは長岡車両センターで実施されています。
会津若松口の気動車も少しずつ陣容が変わっています。従来あった気動車は少しずつ淘汰され、新津などからの転配車と入れ替わっています。これらは只見線だけではなく磐越西線229D~230Dなどに入っています。
ところで、「再び只見線が全線つながるといいな」という話が聞かれますが、只見~会津川口間の修復額が巨額にのぼる上、営業係数が札沼線の末端区間並と思われるので、只見線の通し運転が再開されるのは遠い夢物語なのです。近い将来、現行の体制のまま新型電気式気動車の投入を迎えるでしょう。
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前回はこちら
仙山線3837Mは14時17分に山形駅に到着。速攻で奥羽線436M(719系Y11編成+Y1編成)に乗り継ぎました。
14時40分に羽前中山駅に到着。対面式ホーム2面2線の構内です。
それでは駅舎撮影。平成13年築の簡易駅舎です。トイレはありません。
駅前の様子。住宅が並んでいますが、国道13号。以上です。
時刻表を。2時間空く時間帯もありますが、概ね1時間に1本です。もう少し待てば445Mが来ますね。
そうこうするうちに、奥羽線445Mが到着。719系Y12編成でした。
ついでに駅裏を。素晴らしい雪景色になっていました。夏季は何かを栽培しているみたいですね。
米沢方には民家が何軒か。果たしてどうやってアクセスするのだろうか。
では、撮り鉄の「控室」となった待合所を。10人分座れるようになっています。入口には乗車駅証明書発行機が。
しばらくすると、「つばさ146号」が通過。E3系L70編成でした。
もう少し待ち、「つばさ139号」が通過。E3系L53編成でした。
そろそろ出発の時間となりました。15時42分発の奥羽線438M(719系Y3編成+Y6編成)で米沢へ。
米沢到着後、米坂線1133D(キハE120-1+キハ110-224)に乗り継いで。越後金丸駅を出てから仙台牛+牛たん+ひとめぼれ米弁当で夕食。
新潟県内に入ると、運転状況がおかしくなってきました。越後下関駅で交換した1136Dの遅延により坂町着は12分遅れの18時41分に。羽越線946M(115系L13編成)で新発田に出た後、134D(キハ47 516+キハ47 511+キハ47 519)でファイナル。遅れ943Mの接続をとったため、新発田発は13分遅れの19時53分に。さらに、月岡駅にて遅れ「トワイライトエクスプレス」と交換したため、新津着は13分遅れの20時37分に。駅前は消雪パイプが焼け石に水になるくらい凄まじい雪になってました。
「仙石線全駅下車への道・第1回」は以上です。この回では仙石線内の9駅を巡り、仙山線全駅下車達成を果たしてきました。イーグルスのお膝元を少しは感じることが出来たかなと思います。国鉄塩釜線の跡も大きな収穫でした。
「第2回」「第3回」はどうなったかというと、「第2回」は天童南駅開業の日に実行しました。そのまま「第3回」となだれこんでいきたかったのですが、新駅の開業を待っている状況です。完遂するのは来年の夏シーズンになるのかな。
ところで、今年も同じような時期に乗り継ぎ旅を実行しました。大村線全駅下車を達成し、福岡空港から羽田空港に飛び、高崎線・上越線経由で新津に帰ったというものでした。ただ、昨年と大きく異なり、土樽駅周辺でさえ雪が殆ど無かったです。ウィンタースポーツが盛んな湯沢町のことが思いやられます。これが「モンスターエルニーニョ」というものでしょうか。
次は、只見線の気動車についてお伝えします。
最後までお読みいただきありがとうございます。
参考サイト さいきの駅舎訪問
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