クハ481-103の駅巡り旅のページ

鉄道の旅を楽しみながらJR線全駅踏破を目指しています。

紀勢本線全通50周年記念乗り継ぎ(その8)

2009-12-29 21:27:03 | 紀勢本線


13時10分に朝来駅に到着。交換可能駅で、島式ホーム1面2線の構内です。南に向かって出発した形で、もろ逆光に。



構内踏切を渡り駅舎に入ります。駅舎撮影の前に、地元の保育園児が作成した朝顔を。利用客を楽しませてくれる存在ですが、8月の下旬にメチャクチャにされたそうです。ちなみに、この奥はトイレです。



いよいよ駅舎。もともとは昭和23年3月改築の木造駅舎ですが、平成17年2月に交流施設・「くちくまの ほっとステーション」としてリニューアルされています。駅員はいないものの、上富田町の中心駅ということで券売機が設けられています。



滞在時間が1時間あることから駅前散策します。R42に面しており周辺は賑やかです。付近のローソンで喫茶店式アイスコーヒーを購入し、駅舎内でブレイク。



なおも時間が余ったので、信号を越えて擽原神社に行ってきました。



参拝を終え、切り株を利用した納札所へ。しかし、粗大ゴミが収められており気が滅入ってきました。


時間が近付くにつれて部活帰りの熊野高生が多数集まり、14時5分発の2330M(105系F1編成)で紀伊田辺駅へ。



14時12分に紀伊田辺駅に到着。順光になったので、弁慶像を記録しておきます。田辺市は、弁慶の出生地といわれています。



滞在時間は32分ですが、折角なので闘鶏神社に行ってきます。歩いて10分ほどで到着。



これが本殿。ちょうど祈祷が行なわれており、門前で参っただけ。



本殿向かいの湛増像と弁慶像。闘鶏神社は、21代熊野別当・湛増が2色の鶏を戦わせ、壇ノ浦の戦いで源平のどちらかに味方すべきかを決めたに由来します。



楽しい旅行はあっという間に過ぎるものです。後ろ髪を引かれるかのように、14時44分発の「オーシャンアロー22号」で新大阪に戻ります。283系A932編成+A902編成の9連で、指定席は2席に1人の乗車率。自由席は混雑していたようですけど。



16時59分に新大阪駅に到着。折角なので、「雷鳥37号」(485系A04編成)を記録しておきます。来年3月のダイヤ改正で、「雷鳥」の本数が激減して繁忙期以外は6連となる事が決定しておるので、ミニ撮影会状態でした。そのおかげで、乗った空港連絡バスは17時40分発に。


千里ニュータウンに向かう道路が混雑し、18時12分に伊丹空港に到着。19時発のJAL2251便で新潟に帰るだけ。今年に入ってこの便の機種変遷が激しく、この日はMD81(JA8556)での運航でオーディオの類は無し。


以上をもちまして「紀勢本線全通50周年乗り継ぎ」は終わりとなりますが、これは同時に2009年最後の更新となる見込みです。来年もまた宜しくお願い致します。


おわり


参考サイト   さいきの駅舎訪問

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紀勢本線全通50周年記念乗り継ぎ(その7)

2009-12-26 21:03:18 | 紀勢本線


白浜駅の構内は2面3線。3番乗り場では「くろしお」が折り返し整備中。2番乗り場に入線した、11時6分発の2331M(105系F3編成)に乗車。



11時10分に紀伊富田駅に到着。交換可能駅で、ホームは対面式です。



駅舎に出ました。平成14年1月改築で、介護ステーション・「紀伊富田みのり館」との合築駅です。駅員は配置されておらず、券売機の類もありません。


ほどなくして女の子達がやってきたので、たまらずAコープに行き昼食も買出してきました。



買出しを終えて駅に戻り、屋根の無い陸橋を越えて列車を待ちます。すると、見るも無残な駅名標に出会います。利用客が多いにもかかわらず列車間隔が空くので、自然と悪質な悪戯が発生するのでしょう。



2番乗り場から見た風景。セイタカアワダチソウの向こうにはゴミ処理場。白浜温泉で発生したごみがここに集められますね。


そうこうしているうちに若者が多数集まり、11時47分発の2328M(105系F4編成)に乗って紀伊新庄駅へ。


 12時8分に紀伊新庄駅に到着。


ちょうどお昼時なので弁当を広げたいところですが、待合室の中は人が一杯。というわけで、列車が見える線路の前のベンチにてカキフライ弁当で昼食。しかも、子供が見ている前で。



車待ちの人が一段落したところで待合室をレポート。去年下車した芳養駅と同様に啓発用のポスターが多数貼られており、荒れ防止に役立っています。小学生にこの手のポスターをつくらせるのは、どうやら田辺市の教育方針のようです。尚、紀伊新庄駅は無人化されて窓口が閉鎖されており、その代わりに簡易券売機が設けられています。



駅舎に出ました。昭和8年2月の開業時からの、純粋無垢の木造駅舎が健在です。駅前は狭く、この角度でしかモノになりません。



駅前のアパートの駐車場の端にあった「南海大地震津波潮位」の碑。1946年に「海」の所まで津波が押し寄せたそうで、今ここで起きたら私なぞ一たまりもありません。



時間が余ったので駅裏へそぞろ歩き。近くには収穫間近のみかん畑が広がっています。



列車に乗る前にもう1度構内を。対面式ホーム+側線1本です。跨線橋に屋根がないので良く見渡せます。


2番乗り場には高校生が何人も集まってきました。13時5分発の2333M(105系F4編成)に乗車して次なる下車駅へ向かいます。


つづく


参考サイト   さいきの駅舎訪問

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紀勢本線全通50周年記念乗り継ぎ(その6)

2009-12-23 19:11:29 | 紀勢本線

2009年10月18日(日)の朝となりました。7:00に起床。パンと辛いピーマンの朝食をとり、7時45分過ぎにチェックアウト。



歩いて5分ほどで紀伊田辺駅に到着。昭和8年の開業時からの駅舎が保たれています。右には喫茶店が併設。



とはいえ電車ではなく、8時5分発のバス(和歌山200か397)で白浜温泉へ向かいます。紀勢線は、7時53分発を逃すと特急利用でも10時まで無いですから。


 
8時41分に湯崎バス停に到着。真白姫の像がお出迎え。これには悲恋物語があるとか。



崎の湯の方向に折れると、南紀の青い海が広がってきました。対岸(まぶ湯側)には高層ホテルが何軒も。今日の和歌山県は行楽日和です



最初に行ったのは崎の湯。入浴料は400円(コインロッカー代も含む)ですが、黒潮の洗う海を眺めながら入る露天風呂は「最高」の一言です。朝9時にもかかわらず大盛況でした。私は今まで幾度と無く露天風呂につかりましたが、ここが最も気に入りました。


 
湯上りには反対玉子。白身がトローリ、黄身が少し固まった珍しいタイプの温泉玉子です。



時間が余ったので牟婁の湯にも入ります。こちらも入湯料は400円(コインロッカー代も含む)。古くからの公衆浴場で露天風呂はないものの、温度の異なる2つの浴槽からなっています。休憩できるスペースもあり、湯上りに缶コーヒーを1本。



10時22分発のバス(和歌山200か156)で白浜駅へ向かいます。写真は、バスの中から撮影したまぶ湯(源泉)です。



10時43分に白浜駅に到着。超有名温泉の玄関口で、向かいに土産物屋が林立しており、私は「柚子もなか」を購入しました。ロータリーが2つあり、左側がタクシーで右側が明光バスです。駅舎はというと、タイルが張られた細長い建物で、左半分はみどりの窓口とKISOK&待合室です。さて、右半分は何でしょう?



答えは、紀伊半島観光ステーション。三段壁やアドベンチャーワールドといった観光施設や温泉宿のパンフが豊富にあり、勿論コンシェルジェも居ます。


特急列車に乗る前は、普通乗車券を買って駅を巡ることにします。次なる下車駅を目指すべく、140円の乗車券を買いました。


つづく

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紀勢本線全通50周年記念乗り継ぎ(その5)

2009-12-20 22:44:57 | 紀勢本線

紀伊田辺以南への乗り継ぎがかかっているので、15時13分発の355M(117系G1編成)に乗車。スピーカーの真下に陣取ったので、御坊終着放送を録音しました。



御坊からは2361M(113系G401編成)で紀伊田辺へ。今回は海側のボックスに陣取れたので、切目~南部では大海原をしっかり堪能しました。



16時18分に紀伊田辺駅2番乗り場に到着。3番乗り場に停車している、16時36分発の2339M(105系F5編成)に乗り継いで単線区間にある目的の駅を目指します。部活を終えた中学生の大集団も乗ってきて、朝来まで大混雑でした。



17時9分に紀伊日置駅に到着。交換可能駅でホームは対面式ですが、上下線がずれています。だいぶ日が傾いており、「1/45 F8.0」での撮影を強いられました。



夜が近づいているにも拘らず、駅巡り屋の習性とでもいうべきか、駅構内全貌を狙います。跨線橋の上で待つこと6分、「スーパーくろしお」が通過していきました。



17時15分過ぎに本日最後の駅舎撮影。昭和11年10月の開業時からの木造駅舎が健在で、他駅より屋根が高いような気がします。右脇には新しいタイプのトイレが設けられています。駅前は静かな集落で、小ぢんまりとした大衆食堂があります(やってたっけ?)。



駅舎内部の様子。無人化されて相当な年月が経ち、窓口だった場所には植物が置かれています。券売機もなく、整理券を取るか有人駅で乗車券を購入して列車を利用することになります。



日没間近ですが、西に向かって散策します。駅からしばらくは竹林と鉄道に囲まれていましたが、10分くらい歩き突如、日置川の流れが姿を現します。ここが今回の駅巡りの最終目的地かと思うと、感動さえ覚えます。撮影条件は「1/10 F6.7」まで厳しくなってきました。



17時30分を過ぎると、紀伊日置駅はトワイライトに包まれてきました。間もなくして、17時39分発の2338M(105系F1編成)に乗車して紀伊田辺駅に向かいました。


18時12分に紀伊田辺駅に到着。駅前のラーメン屋で夕食を取った後、アルティエホテルにチェックイン。入浴後、黒牛(純米カップ)で打ち上げ。商店街の寿司屋で購入した鯖寿司で夜食。部屋には冷蔵庫が無いながらもDVDプレーヤーが使い放題なので、マーラーの『復活』のDVDを持ってくればよかったな~。


つづく


参考サイト  さいきの駅舎訪問
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紀勢本線全通50周年記念乗り継ぎ(その4)

2009-12-17 21:39:52 | 紀勢本線
湯浅の町は、鎌倉時代に伝来した金山寺味噌から生まれた醤油の醸造地として栄え、「醤油の発祥地」となっています。醤油蔵などが並ぶ古い町並みが観光の目玉ですが、何せ滞在時間が短いもので、今回は諦めざるを得ません。全駅下車達成の時には、是非行ってみたいです。



湯浅土産の目玉・角長の醤油も購入せずに、14時4分発の351M(117系G2編成)に乗車しました。これを見る限り、湯浅駅はかつてみかんが積み込まれ、貨物列車で京阪神などへ運ばれていたでしょう。モータリゼーションがあれほど進んだ現代ではとても考えられない光景です。



14時7分に広川ビーチ駅に到着。平成5年3月に開業した紀勢本線で最も新しい駅で、ホームは対面式です。無人駅で、ホーム上に乗車駅証明書発行機があります。



まずは南口。周辺は水田地帯で住宅がぽつぽつと。山の尾根上には発電用風車が何基も。風が強い土地なのかな。



陸橋を渡って北口に出ました。駅入口は左側の階段だけで、右のログハウスの建物は「広川町ふれあい館」です。要するに物産館と喫茶店です。時間があれば入ってみたいんだけど…。


駅舎を撮っていると、先ほどの351Mから降りてきた「同業者」とばったり出会い、しばし談笑。私のデジカメの中の映像を見せたところ、10月10日の新津車両製作所公開の模様に驚かれたようです。「くろしお」はボロいとか、JR西日本の車両は古いとか…。



彼と別れた後、ひたすら県道を西下します。みかん園がどこまでも続いています。カメラの特性上白飛びしてますが、こちらも山の尾根に発電用風車が並んでいます。



間近にあるので、みかんの部分を拡大してみました。収穫までもうちょっとですね。


14時38分発の353M(113系F401編成)に乗車して次なる駅へ進みます。



14時44分に紀伊由良駅に到着。2面3線に側線が2本付く構内を有しており、特急列車の退避が出来るようになっています。かつては由良内まで貨物支線が分岐していました。「興国寺」の最寄り駅で、「尺八、味噌、醤油の発祥の地」とされています。



改札を抜けていよいよ駅舎です。でもその前に、駅舎内の様子を。典型的な地上駅のつくりで、自動券売機やジュースの自販機があります。JR西日本の子会社の委託営業で、窓口営業時間は7:20~19:40です。



ようやく駅舎写真。昭和3年10月の開業以来の、紀勢線標準形というべき木造駅舎です。国道42号に面しており、周囲は住宅や商店などが立ち並んでいます。開業からの一時期は紀勢西線の終点でした。


今日の和歌山地方は変わりやすい天気ですが、この時間帯はかなり暖かくなってきました。近くのローソンで購入したアイスカップでしばし休憩。


つづく
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紀勢本線全通50周年記念乗り継ぎ(その3)

2009-12-14 22:38:09 | 紀勢本線

線路をくぐって西口に出ました。駅名から海のそばを連想できますが、周辺は工業地帯で、生コンの工場が近くにあります。尚、峠の地蔵は東口からのアクセス。



短い時間ですが海を見てきます。対岸は重要港湾・海南港で、火力発電所が見えます。時折大型トラックが通過し、ガードレールに寄り添いながら。



更に東に進み、やっと自然の海岸に。こちら側にはボートセンターがあり、対岸は石油備蓄基地です。



冷水浦駅での滞在時間は僅か21分でした。12時39分発の347M(113系F404編成)に乗車。この先の5駅は一昨年の夏に訪問済みなので、海南で調達したパンで昼食タイム。



13時4分に藤並駅に到着。ホームは対面式です。黒い雲が覆っており、降りた途端強い雨にたたられました。


藤並駅は、平成20年3月15日に橋上駅舎に移行し、その暁に特急停車駅に昇格しています。写真を掲載しませんが、陸橋の壁材には紀州しみず産のヒノキが使用されています。トイレは改札内には無く、階下に設置されています。尚、窓口営業時間は7:00~19:50。



余りにも雨が強いので軒下で10分近く待機。少しばかり小康状態になったところで傘を差して西口を撮影。御覧の皆様も雨粒がはっきり見えるでしょう。このロータリーには有田交通のバスが発着します。



線路をまたいで東口に出ました。もともとは金屋口まで通じていた有田鉄道の線路とホームで、ロータリーを含めて。1階には観光案内所も設置されています。歩いて数分の所に吉備IC。


この駅の観光案内を見ると、いずれも駅から離れている所ばかり。中でも「空中温泉(しみず温泉)」は駅からタクシーで25分という山の中で、賢人ならば車(レンタカー含む)で行くような場所です。周辺をあまり回らずに、13時34分発の349M(113系F406編成)で次なる駅へ。2分くらい遅れていました。



13時40分に湯浅駅に到着。2面3線の構内を有し、普通列車が特急列車を退避することもあります。



改札を抜けて駅舎に出ました。昭和3年3月築の木造駅舎で、みどりの窓口&KIOSKが併設しています。トイレは改札の中に。駅前は狭く、この角度でしかモノになりません。



滞在時間は24分ですが、それなりに周辺散策してきます。5分くらいの所に紀伊國屋文左衛門の銅像がありました。江戸に向けての航海のイメージでしょうか。


つづく
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紀勢本線全通50周年記念乗り継ぎ(その2)

2009-12-11 22:09:00 | 紀勢本線

紀勢本線339Mは、10時31分に黒江駅に到着。ホームは対面式で、トイレは御坊方にあります。



昭和41年11月築の橋上駅舎で、窓口と自販機(紙カップもあり)が付いています。リニューアルされておらず、バリアフリー設備はありません。


西口から徒歩20分のところに古い町並みが保存されてますが、時間の都合上、付近のオークワ・プライスカットに行き、298円のみかん(10個は入っていたけど個数は失念しました)を購入しただけ。帰りしなに酒屋で黒牛(純米酒)も購入し、10時59分発の341M(117系G2編成)で次なる下車駅へ進みます。



11時2分に海南駅に到着。構内は2面4線で、両方向で退避可能です。



西口に出ました。平成10年10月に高架駅となっており、みどりの窓口、KIOSK、物産館「かいぶつくん」が併設されています。物産館では土産の販売の他、MOA美術館子供展がやっていました。


階下のトイレで本日最初の歯磨きを済ませた後、東口から線路沿いに南下してプチ熊野古道歩き。



駅から10分弱で熊野古道の入口に到着。藤白王子と祓戸王子の分かれ道ですが、今回は祓戸王子を選びます。沿道には「熊野古道」の白提灯が並んでいますが、道は狭いにもかかわらず車の往来が激しく危険です。



アスファルト道路が終わり山道に入ると道祖神が引っ切り無しに並び、凄い雰囲気になってきました。



しばらくして祓戸王子跡に到着。熊野古道の重要な拠点の1つで大きな神社があったようですが、1909年(明治42年)に藤白神社に合祀され、今ではその面影もありません。



神社跡からの眺望。眼下に海南の町が広がり、海南駅の構内もわかります。



短い時間でしたが、熊野古道独特の雰囲気という収穫を得て西口に戻りました。駅前広場にはよみびと知らずの万葉集の短歌が掲げられています。


近くのパン屋・Kawaでは創業28周年記念セールが行なわれ、昼食代がデザート付きで500円で済みました。



「くろしお」を退避するために停車していた12時14分発の345M(117系G1編成)にて次の駅へ進みます。



12時18分に冷水浦駅に到着。ホームは対面式ですが、上下線がずれています。


つづく


参考サイト  さいきの駅舎訪問
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紀勢本線全通50周年記念乗り継ぎ(その1)

2009-12-08 22:06:17 | 紀勢本線
時期は前後しますが、これより2009年10月16日(金)夜~18日(日)にかけて行なった「紀勢本線全通50周年記念乗り継ぎ」をお伝えします。冬はみかんの季節だし。


仕事を終えて帰った後、新津23時10分発の急行きたぐに(583系B6編成)で出発。寝台につくと清酒・代々泉カップを飲んで。夢の中で「北越」と「雷鳥」を乗り継いで大阪に旅してました。



6時47分に大阪駅に到着。7時6分発の関空・紀州路快速4111M(223系E422編成+E427編成)に乗車し、朝食タイム。関空快速と別れた日根野以南も学生などが多く乗っており、終点まで座席が埋まってました。


8時29分に和歌山に到着。37分発の紀勢本線333M(113系F401編成)に乗り継いで駅巡り開始。



8時44分に紀三井寺駅に到着。ホームは対面式です。以前は2面3線でした。



下車印を押してもらい東口に出ました。平成16年9月改築の橋上駅舎です。窓口営業時間は7:00~19:20です。



東口から500mほど南下し、西国観音霊場第2番札所・紀三井寺を訪問。目が覚めるような朱色の楼門をくぐって急な石段を上がります。入山料は200円。



246段登った先には新仏殿。秘仏御本尊御開帳期間ということもあり、これも入山料に含まれてました。中に入ると、大千手十一面観世音菩薩に圧倒されました(但し、撮影は不可です)。



展望台からは、紀伊水道の大絶景が。南側からは、海南の火力発電所や沖ノ島などが望めます。



北側からは和歌浦と市街地が望めます。右側の高層ビルは和歌山県立医大です。



絶景を堪能した後、いよいよ本堂へ。参道の脇は桜に囲まれています。今回は、入山料の内で宝物館を見てきました。秘仏拝観については、さらに1000円必要なので見合わせました。尚、この本堂は宝歴9年(1759年)築だそうです。



本堂で参拝し終えたら多宝塔へ。室町時代・文安6年(1449年)建立の文化財です。桜の時期はさぞかし素晴しいでしょう。



開山堂まで行った後に幸福観音に戻ります。右隣の鐘楼は安土桃山時代・天正16年(1588年)で、鐘楼建造物中の白眉とされています。



紀三井寺を十二分に堪能した後、西口に出ました。駅入口や自転車置き場は、上り副本線の跡につくられています。


駅前道路をまっすぐ進めば和歌山県立医大。しかし、西の方からは黒い雲が迫ってきて、再び入場すると。トイレに行けないまま、10時27分発の339M(113系F409編成)に乗ることに。


つづく


参考サイト  さいきの駅舎訪問
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陸羽東線全駅下車への道・第3回(その5)~陸羽東線全駅訪問完了~

2009-12-05 22:50:43 | 南東北地区


陸羽東線1731Dは、12時51分に鳴子御殿湯駅に到着。ホームは片面1面のみ。スタンプでは「鉄橋の上にある駅」となっていますが…。確かにホームは高台にあるし。



眼鏡女性の委託駅員に出迎えられて改札を出ると、ギャラリー付きの待合室に出ました。周りには、版画家・大野隆司さんの描いた「猫こけし」の絵画がズラリ。



駅舎に出ました。平成16年9月18日竣工の和風駅舎で、回廊から入る仕組みです。窓口営業時間は8:00~17:00です。トイレは待合室の奥にあります。



凝った形の発車時刻表。「リゾートみのり」を含めて1日16本停車します。



ここでは66分の滞在予定なので、東鳴子温泉に繰り出してみます。いかにも温泉街という感じではないですが、温泉旅館が何軒も点在しています。5分ほど歩いた所にある「ホテルニューあらお」で入浴。露天風呂からは時折キハ110の走行音が響き渡ります。



30分くらいかけて十二分に温まり、東鳴子温泉神社で旅の安全を祈願しました。


R47には出ずに駅に戻りますが、廃業した旅館が数軒あったのは気になるところ。14時7分発の1738D(キハ110-239+キハ110-244)に乗車し、陸羽東線最後の未踏破駅へ向かいます。長距離客を中心に相当な混雑で、空席は1つもなし。



14時18分に池月駅に到着。交換可能駅で、島式ホームの1面2線+側線1本の構内です。



構内踏切を渡り、駅舎に出ました。昭和58年11月22日築の簡易駅舎で無人駅です。トイレは左側。これにより、陸羽東線全駅訪問達成


 
懲りずに時刻表を掲載。上野目駅と同様に上下それぞれ15本ずつ停車します。



東鳴子温泉街で買ったアイスで休憩した後、駅前を散策。すぐに周辺案内図を見つけますが、「上岩出山」、「西岩出山」とという旧駅名が出てきて時代を感じました。陸羽東線は、全国のJR線で最も駅名改称が相次いだ路線の1つではないでしょうか。「鳴子御殿湯」や「鳴子温泉」にしてもそうだし。


国道に出ればファミリーマートや「あーら 伊達な道の駅」がありますが、スケジュールの都合上見るだけで終わり。



再び温泉につかるので、14時40分発の1733D(キハ111-217+キハ112-217)に乗車して鳴子温泉へ。5分くらい遅れていました。



15時ちょうどに鳴子温泉駅に到着。今回は早稲田桟敷湯に入ります。昭和23年に早稲田大学の学生がボーリング実習で掘り当てた温泉だそうです。入浴料は530円(早稲田大学の学生やOBに特典あり)です。貸切露天風呂は1000円。シャンプーが置いてあり、右側の建物の上階には休憩室もあります。



休憩室でくつろぐ時間が殆ど取れず、仙台に戻る時間となりました。16時3分発の「リゾートみのり」(右)に乗車し、陸羽東線の旅を締めくくります。シートピッチが特急以上に広く、テーブルと座席が離れています。紅葉シーズンにあたるこの日は、古川まで満員御礼。夜の東北本線に出た後、特別純米酒 鳴瀬川カップで打ち上げ。


17時37分に仙台駅に到着。駅そばを食べた後、18時35分発の「Weライナー」(新潟200か357)で帰路に就きました。新潟からは信越線2556D(キハ110-203+キハ110-135)に乗車し、新津に帰還したのは22時56分でした。


これで陸羽東線の駅巡りは終了です。次は、「紀勢本線全通50周年記念乗り継ぎ」を掲載します。


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陸羽東線全駅下車への道・第3回(その4)

2009-12-02 23:11:03 | 南東北地区

1年経つのはあっという間で、もう師走になりました。しかし、ここでは有備館の紅葉を中心にお楽しみ下さい。



陸羽東線1729Dは、11時34分に有備館駅に到着。平成8年3月の開業で、ホームは片面1面のみです。



待合所です。券売機がありますが駅員は居ません。平成13年に建てられたと思われます。トイレは左側。



駅前に出ました。周囲は待合所のほか、インフォメーションコーナー、休憩室、集会所、観光案内所があります。


 ついでに、伊達政宗騎馬像を。



滞在時間を1時間確保したので、日本最古の学問所といわれる有備館を観光。江戸時代に岩出山伊達家の家臣子弟の学問所となった建物で、もともとは二代宗敏の隠居所として延宝5年(1677年)頃に建てられたといわれています。入場料は300円也。



まずは主屋で常設展を拝観。内容は失念しましたが、テーマは「伊達家と冷泉家」だったかな。窓からは見事な紅葉が。当然ながら、多くの人出です。



一通り見た後、庭園を一周。正徳5年(1715年)に、仙台藩の茶道頭石州流三代清水道竿によって作庭された廻遊式池泉庭園です。写真は兜島ですが、他にも3つ島があります。御中島は茶島ともいい、抹茶を飲ませてくれるそうです。


 上の間の展示物。


  展示物を見る人と紅葉。圧巻の橙色のもみじです。



庭園をほぼ半周したところにある落葉の絨毯。ピークを少し過ぎたかも。


 
池に映る有備館。有備館を象徴すると言っていいくらい素晴しい景色です


 ついでに水に映る紅葉を。




そして竹林と紅葉。有備館の紅葉の中で最も芸術性が高く、写真家が何人も陣取っていました



紅葉に始まり紅葉に終わった有備館観光でした。今年1年分の紅葉を見た気がします。私の地元の中野邸もみじ園は、例年に無く時期が短かったと聞きます。



余りにも素晴しくもう1周したので、町並みを見ることなく時間となりました。12時33分発の1731Dで次なる下車駅を目指しますが、「キハ111-214+キハ112-214」のワンマン列車で相当な混雑でした。


つづく

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