日々の恐怖 7月17日 左手(5)
「 それ以来さ、寝る時はずっと左手吊ってんのよ。
もう30年だぜ。」
Kさんは力なく笑うとリストバンドを捲って左手首を見せてくれた。
「 だからさ、手首が擦れすぎてこんななっちゃった。」
同じ場所で擦り傷を何度も繰り返すと、こんななんとも言えない跡になるのか。
「 左手ちょっと長いのもそのせいですか?」
と、ぶっちゃけついでに聞いてみた。
「 多分そうだと思う。
こうなると右手と両足も吊しとけば良かったなって今は思うよ。」
そう言うとKさんは普段のようにからっと笑った。
「 お祓いとかは行ったんですか?」
「 行った行った。
何回もお祓いしてもらった。
あの祠にも行って何回も謝ったけどダメ。
許してくんない。」
「 投げた石は?」
「 探したけど結局分かんない。
まあただの石だからね。
あの時投げなきゃって、今でも後悔してるよ。」
今、この場で自分が思いつく程度の対策なんて全部やってるに決まってるのに、俺は浅はかな質問を重ねたことを申し訳なく思いつつ、
「 なんかスイマセン。
何の役にも立たないのに話だけさせちゃって・・・。」
と詫びた。
「 いいのいいの。
別に隠してる話でもないし、俺がしっかりしてたら左手も悪さしないからね。」
初めて聞いた俺には超怖い話だけど、Kさんの中ではこの怪奇現象と折り合いが付いてるのだろう。
「 まあでも、たぶん俺が死ぬ時は左手に殺されるんだと思うよ。」
そう言ってKさんはこの話を終わらせた。
それからほどなくして俺は転職し、Kさんとの付き合いも途絶えた。
もう10年も前の話だ。
Kさんが生きてるとしたら今は還暦手前くらい。
きっと今でも寝る時は左手を吊っているのだろう。
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