『官僚 川路聖謨の生涯』を読み進むうちに興味をおぼえたのは、川路が吟味物調役という部下として働いたときの上司で、寺社奉行であった脇坂中務大輔(なかつかさのたいふ)安薫(やすただ)が、播州龍野の譜代大名であり、私が学生時代にボート部にいたときの一級先輩の脇坂氏は、その子孫でないかということであった。それをご本人にメールで問い合わせ、確認できた。そして現脇坂家は、第15代で、歌舞伎の忠臣蔵に出てくる脇坂淡路守は、二代目の安照(やすてる)とのことであった。
歌舞伎「忠臣蔵」では、浅野長矩が吉良義央に無視され、その小姓宗達に吉良義央がどこにいるか聞いて、知らないと告げられて意地悪をされている時、そこに脇坂淡路守が通りかかり、吉良は控の間にいること、そして、そこから宗達が出てきたばかりだと告げられる。 そして淡路守はまた、吉良のことなど気にせずに自分の考え通りにするがいい、誤ったことをすれば、指南役の吉良が恥をかくだけだとも言う。
松の廊下の事件の後、脇坂淡路守は、浅野氏の居城である赤穂城受け取りの正使を務めている。そしてその後1年半の間、長矩に代わって永井直敬が赤穂藩主として赴任してくるまで、赤穂城の在番を務めている。
また、赤穂浪士は討ち入りのあと、現在東京の新橋付近にあたる龍野藩江戸上屋敷の前を通って、泉岳寺に至っている。
歌舞伎「忠臣蔵」では、浅野長矩が吉良義央に無視され、その小姓宗達に吉良義央がどこにいるか聞いて、知らないと告げられて意地悪をされている時、そこに脇坂淡路守が通りかかり、吉良は控の間にいること、そして、そこから宗達が出てきたばかりだと告げられる。 そして淡路守はまた、吉良のことなど気にせずに自分の考え通りにするがいい、誤ったことをすれば、指南役の吉良が恥をかくだけだとも言う。
松の廊下の事件の後、脇坂淡路守は、浅野氏の居城である赤穂城受け取りの正使を務めている。そしてその後1年半の間、長矩に代わって永井直敬が赤穂藩主として赴任してくるまで、赤穂城の在番を務めている。
また、赤穂浪士は討ち入りのあと、現在東京の新橋付近にあたる龍野藩江戸上屋敷の前を通って、泉岳寺に至っている。