20240815
ぽかぽか春庭ことばのYaちまた>忘れないーシベリア
香月泰男 シベリアシリーズより「朕」1970

暗い画面なので、縮小してしまうとわかりにくいのですが、なかほどの白味がかった四角の中に書かれているたくさんの文字。「朕」と書かれています。この四角いものは、「軍人勅諭」です。四角い中の「朕」が人々をシベリアへ追いやり、厳寒と飢えのなかに死なせた。また原爆へ、空襲へと人々を追いやったのも「朕」の命令一下によりました。香月は日本へ帰ることなくシベリアの凍土に残された5万5千の魂をこの絵に残しました。
朕はただ一人の人が用いる一人称ですが、たくさんの朕を書き込んだ香月の意図は。「朕」は特定の一人をさすのではなく、人々を戦争へと駆り立てた社会全体を意味すると思います。社会全体が朕の命令に従い、戦争をよしとした。
画家のことばが残されています。
〈画家のことば〉
人間が人間に命令服従を強請して、死に追いやることが許されるだろうか。民族のため、国家のため、朕のため、などと美名をでっちあげて・・・・・・。
朕という名のもとに、尊い生命に軽重をつけ、兵隊たちの生死を羽毛の如く軽く扱った軍人勅諭なるものへの私憤を、描かずにはいられなかった。敗戦の年の紀元節の営庭は零下30度余り、小さな雪が結晶のまま、静かに目の前を光りながら落ちてゆく。兵隊たちは凍傷をおそれて、足踏みをしながら、古風で、もったいぶった言葉の羅列の終るのを待った。
我国ノ軍隊ハ世々、天皇ノ統率シ給フ所ニソアル・・・・・・朕ハ大元帥ナルソ、サレハ朕ハ・・・・・・朕ヲ・・・・・・朕・・・・・・
朕の名のため、数多くの人間が命を失った。
人間が人間に命令服従を強請して、死に追いやることが許されるだろうか。民族のため、国家のため、朕のため、などと美名をでっちあげて・・・・・・。
朕という名のもとに、尊い生命に軽重をつけ、兵隊たちの生死を羽毛の如く軽く扱った軍人勅諭なるものへの私憤を、描かずにはいられなかった。敗戦の年の紀元節の営庭は零下30度余り、小さな雪が結晶のまま、静かに目の前を光りながら落ちてゆく。兵隊たちは凍傷をおそれて、足踏みをしながら、古風で、もったいぶった言葉の羅列の終るのを待った。
我国ノ軍隊ハ世々、天皇ノ統率シ給フ所ニソアル・・・・・・朕ハ大元帥ナルソ、サレハ朕ハ・・・・・・朕ヲ・・・・・・朕・・・・・・
朕の名のため、数多くの人間が命を失った。
『シベリヤ画集』(新潮社、1971年)香月泰男(かづき やすお)
香月泰夫のアトリエの一角に、鉄条網のはしきれがぶら下げられています。この有刺鉄線について、香月が語ったことばを書き留めておきます。
「現代の日本に住んでいると、まるであらゆるものが、よってたかって私にシベリアを忘れさせようとしているようだ。そんなとき、私の心を刺してくれる棘が必要なのだ。それが、仕事場の中の有刺鉄線なのだ。有刺鉄線を目にするたびにシベリアがよみがえる」(日曜美術館から春庭書き起こし)
今の豊かさと平和を享受することが悪いのではない。ただ、この平和と繁栄は、無数の死者と戦地を生き抜き捕虜生活を生き抜き戦後社会を生き抜いた私の父母たちが生涯かけて築いてきたものであることを忘れてはならない。
私も心の中に有刺鉄線をぶら下げておく。有刺鉄線は、平和に慣れ切ってだらだらとすごす今の心を、揺れながらチクリと刺す。
祈ることしかできないので、祈りをささげます。