20180904
ぽかぽか春庭ニッポニアにっぽん語教師日誌>(1)修了生との会食
1988年から1993年までは私立の日本語学校。1994年から2015年まで国立と私立の大学でたくさんの留学生と出会ってきました。
昔の日本語コース修了生の動向、把握する部署がありません。大学側も日本に残った学生についてはわかることもありますが、帰国したあとについては、把握していないことが多いです。帰国後、住所も国籍も変えてしまうと、追跡ができない。
卒業後のようすを知るために、留学生センターの学生が修了するときにfacebookで友達登録することを思いつきました。
チェコの学生が「政府の官僚になれた!」と動向をfacebookに書き込んだのへ、「おめでとう、よかったね」とコメントを書き込んだり、誕生日のお知らせがきたときは、お祝いメッセージを寄せたりしています。
数年前のクラスにいたSさんに誕生日メッセージを出したところ、彼から返信があったので、電話番号を伝えました。
忘れていた頃、彼から電話が入り、「明日会いましょう」ということになりました。
8月の終わり、駅前和食屋で会食。
彼によると、15人いた彼のクラスメートの中で、日本の大学に残って勉学を続けているのは、彼ともうひとりだけ。あとは、ほとんどが帰国したか、アメリカなどの大学院や自国の大学院に進学した、という情報。日本の大学院に進学するのは、医学系工学系は大学院進学も順調にいきますが、文系大学院ですと、日本語の壁が大きいのです。
日本に残った2人。ひとりは、私が教えていた大学の大学院博士課程にいます。日本人学生と留学生が全授業を英語で受講する、という大学院クラスです。
もうひとりがSさん。Sさんは、本来心理学を専攻するということで日本に留学しました。しかし、日本の大学院の心理学専攻は、ほとんどすべて日本語による授業。心理学は、実験などを伴う理系の部分も大きいのですが、カウンセリング技術などの面では日本語ができないと授業にもついていけません。彼の日本語力では大学院進学が難しかった。
アメリカの大学へ留学するか、日本にとどまるか、彼は悩みました。
彼は「日本で学ぶために、専門を変更する」と決めました。英語だけで授業を行う日本の大学院を調べ、その専門を新しく勉強しました。研究生として1年間大学院に在籍し、入試を受けて大学院修士課程へ。修士課程を終えて博士課程へ。
彼の新しい専門は、「地球の気候変動」。自国の農業政策にも大きな影響を与える分野ですから、彼の研究意義も大きい。
しかし、心理学から気象研究への移行というのは、私には考えられない大きなジャンプですが、ともあれ、彼はこのジャンプを成し遂げました。
現在は博士論文執筆をするほかは、大学院授業の単位を取れているので、区など自治体や民間英語教室で、英語の先生をしているそうです。
彼は、とても明るい性格で、子ども達に大人気のようです。
「日本の子ども達、おもしろいよ。私の手をごしごしこすって、ほんとだ、ほんとに黒いのがとれない、って、大喜びです」と、言って笑っていました。
彼の出身地、アフリカの赤道以南の国のひとつ。国名をいうと、その国からの留学生は、現在東京にふたりだけだというので、個人特定されそうで、国名をあかせませんが。ほとんどの日本人は、オリンピックの入場行進の紹介以外でこの国の名を見ることはありません。
彼は、会食した当日にfacebookに私といっしょにとった写真を載せて、コメントをつけていました。
(修了してから)4年たって、私は、私の好きな日本語の先生であるHAL先生に会いました。 彼女は面白いエンターテイナー授業をして、スマートだった。彼女がクラスで楽しい授業をしてくれるたびに、彼女のクラスを楽しんだ。
あなたの健康を祈ります。ひさしぶりに会えた今日の幸福に大変感謝しています!
またお会いしましょう。
After 4years down the line I meet the best ever HAL Sensei my favorite Japanese teacher at TUFS. She was funny entertaining and smart and I enjoyed her classes every time she made it to class. Wish you good health and thank you so much for today was happy to see you after a long time. Greatly appreciate! See you next time.
彼のクラスメート、インドのAさんがコメントを寄せていました。
あなたが書いたことば全部に賛成です。彼女は、私たちが会った最良の教師のひとりです。
I agree with the every word you wrote there. She was one of the best teacher we met there!
SさんもAさんも、日本政府の国費留学生に選ばれたたいへん優秀な留学生でしたが、実をいうと、日本語学習においては、日本語でいうところの「おちこぼれ」でした。
Sさんは、出身国の公用語はポルトガル語。隣国の大学では、英語で学びました。もともとのアフリカ部族の言語、ポルトガル語、英語は使いこなせていたのですが、日本語には大苦戦。授業中は、こんなふうに自信なく下を向いていることが多かったのです。

私の授業を、他大学の日本語教育コースの学生達に公開したときの写真。Sさんは私の背中の後ろにいます。

ふたりとも私の授業をとても気に入っていたことが、コメントからもわかります。私は、おちこぼれの学生に人気がありました。
もっとも、よく出来る学生からは「こんなエンターテインメント授業ではなく、とっとと文法をつめこんでほしい」と、思われていたのかも知れません。
授業法として「ゲームによって日本語を教える」というのに、いろいろありますが、私が毎年実施した教室活動は、「Be honest game正直ゲーム」フルーツバスケットと呼ばれているゲームです。
動詞文「朝ごはんを食べました」「きのう、パンを買いました」などを教えた後、学生が自分で文をつくり発話するために行います。ゲームの注意点は、「正直であれ」。
輪の真ん中にいる学生が「私は朝ごはんを食べました」と発話したとき、朝ごはんを食べた人は正直に席を立ち、他のイスに移動しなければなりません。「私はパンを買いました」という発話のとき、Sさんは「日本語もポルトガル語も、パンはパン」と、得意そうにイスを移動。「そう、パンはポルトガル語から来たことばだからね」
Sさんは、日本語聞き取りがよくできなかった頃、輪の中心の学生が「私は日本人です」なんて発話したときも、イスを移動してしまったりしました。みなに、「Raery?Are you Japanese? Be honest.ほんと?あなたは日本人なの。正直にね」と突っ込まれると「It's true. I will get married to a Japanese beautifull girl tomorrow. That's why I am Japanese.ほんとだよ。あした美人の日本人と結婚するから、もう日本人さ」などと言って、突っ込みをかわす機智を持つ、楽しい学生でした。
私の「funny entertaining おもしろいエンターテナー」授業は、他の先生のきっちりした授業についていけない留学生にも楽しめる内容を心がけていました。
15名のクラスメートのうち、Sさんは「これで日本で勉学を続けられるのだろうか」と、教師一同が一番心配した学生だったのです。試験成績が最低ラインで、修了できるかおぼつかなかったので、チューターがつきました。大学院の日本語教育専攻の学生が、授業外に彼を指導しました。
「彼の名は、ブリッジでした」「ブリッジ?橋本さんでしたか。橋田さんかな」「えっと、high bridge?」「そうか、高橋さんでしたね」
タカハシさんの指導力もあってか、無事日本語基礎コースを修了。
4年後に会ってみてびっくり。日本語がとても上手になっていました。
博士論文は英語で書くので心配ないですが、日常会話はどうか、と案じていたのがウソのように日本語が上達していました。
これは、日本語教師の力によるものではなく、ひとえに、彼に遠慮無くまとわりついている英語を習っている子ども達のおかげかと思います。
彼の明るい性格、コミュニケーション能力の高さが、こんなに日本語を上達させた。
最初のクラスで落ちこぼれていても、教師は何も心配することはない。学ぶ力をもっている学生は、自らの力で伸びていく。
私が提供したのは、「日本語学習を嫌いにならないでね。ほら、こんな楽しいクラス活動もあるよ」ということに徹していました。
そのクラス活動、決して無駄になっていなかった、という感慨を、Sさんとの会食で感じることができました。
Sさんへのfacebookコメント返信。
I have had a good time with you.
I hope that your graduate school's research will produce good results and a doctoral dissertation of the global temperature change can be written. See you again.
いっしょに過ごせてよかったです。あなたの大学院研究がよい成果を得て、気象変動に関する博士論文が書けるよう願っています。また会いましょう。
SさんがFacebookに掲載した「センセーとツーショット」写真
こちらでは、彼の眼鏡はサングラスに加工しています。

<おわり>
ぽかぽか春庭ニッポニアにっぽん語教師日誌>(1)修了生との会食
1988年から1993年までは私立の日本語学校。1994年から2015年まで国立と私立の大学でたくさんの留学生と出会ってきました。
昔の日本語コース修了生の動向、把握する部署がありません。大学側も日本に残った学生についてはわかることもありますが、帰国したあとについては、把握していないことが多いです。帰国後、住所も国籍も変えてしまうと、追跡ができない。
卒業後のようすを知るために、留学生センターの学生が修了するときにfacebookで友達登録することを思いつきました。
チェコの学生が「政府の官僚になれた!」と動向をfacebookに書き込んだのへ、「おめでとう、よかったね」とコメントを書き込んだり、誕生日のお知らせがきたときは、お祝いメッセージを寄せたりしています。
数年前のクラスにいたSさんに誕生日メッセージを出したところ、彼から返信があったので、電話番号を伝えました。
忘れていた頃、彼から電話が入り、「明日会いましょう」ということになりました。
8月の終わり、駅前和食屋で会食。
彼によると、15人いた彼のクラスメートの中で、日本の大学に残って勉学を続けているのは、彼ともうひとりだけ。あとは、ほとんどが帰国したか、アメリカなどの大学院や自国の大学院に進学した、という情報。日本の大学院に進学するのは、医学系工学系は大学院進学も順調にいきますが、文系大学院ですと、日本語の壁が大きいのです。
日本に残った2人。ひとりは、私が教えていた大学の大学院博士課程にいます。日本人学生と留学生が全授業を英語で受講する、という大学院クラスです。
もうひとりがSさん。Sさんは、本来心理学を専攻するということで日本に留学しました。しかし、日本の大学院の心理学専攻は、ほとんどすべて日本語による授業。心理学は、実験などを伴う理系の部分も大きいのですが、カウンセリング技術などの面では日本語ができないと授業にもついていけません。彼の日本語力では大学院進学が難しかった。
アメリカの大学へ留学するか、日本にとどまるか、彼は悩みました。
彼は「日本で学ぶために、専門を変更する」と決めました。英語だけで授業を行う日本の大学院を調べ、その専門を新しく勉強しました。研究生として1年間大学院に在籍し、入試を受けて大学院修士課程へ。修士課程を終えて博士課程へ。
彼の新しい専門は、「地球の気候変動」。自国の農業政策にも大きな影響を与える分野ですから、彼の研究意義も大きい。
しかし、心理学から気象研究への移行というのは、私には考えられない大きなジャンプですが、ともあれ、彼はこのジャンプを成し遂げました。
現在は博士論文執筆をするほかは、大学院授業の単位を取れているので、区など自治体や民間英語教室で、英語の先生をしているそうです。
彼は、とても明るい性格で、子ども達に大人気のようです。
「日本の子ども達、おもしろいよ。私の手をごしごしこすって、ほんとだ、ほんとに黒いのがとれない、って、大喜びです」と、言って笑っていました。
彼の出身地、アフリカの赤道以南の国のひとつ。国名をいうと、その国からの留学生は、現在東京にふたりだけだというので、個人特定されそうで、国名をあかせませんが。ほとんどの日本人は、オリンピックの入場行進の紹介以外でこの国の名を見ることはありません。
彼は、会食した当日にfacebookに私といっしょにとった写真を載せて、コメントをつけていました。
(修了してから)4年たって、私は、私の好きな日本語の先生であるHAL先生に会いました。 彼女は面白いエンターテイナー授業をして、スマートだった。彼女がクラスで楽しい授業をしてくれるたびに、彼女のクラスを楽しんだ。
あなたの健康を祈ります。ひさしぶりに会えた今日の幸福に大変感謝しています!
またお会いしましょう。
After 4years down the line I meet the best ever HAL Sensei my favorite Japanese teacher at TUFS. She was funny entertaining and smart and I enjoyed her classes every time she made it to class. Wish you good health and thank you so much for today was happy to see you after a long time. Greatly appreciate! See you next time.
彼のクラスメート、インドのAさんがコメントを寄せていました。
あなたが書いたことば全部に賛成です。彼女は、私たちが会った最良の教師のひとりです。
I agree with the every word you wrote there. She was one of the best teacher we met there!
SさんもAさんも、日本政府の国費留学生に選ばれたたいへん優秀な留学生でしたが、実をいうと、日本語学習においては、日本語でいうところの「おちこぼれ」でした。
Sさんは、出身国の公用語はポルトガル語。隣国の大学では、英語で学びました。もともとのアフリカ部族の言語、ポルトガル語、英語は使いこなせていたのですが、日本語には大苦戦。授業中は、こんなふうに自信なく下を向いていることが多かったのです。

私の授業を、他大学の日本語教育コースの学生達に公開したときの写真。Sさんは私の背中の後ろにいます。

ふたりとも私の授業をとても気に入っていたことが、コメントからもわかります。私は、おちこぼれの学生に人気がありました。
もっとも、よく出来る学生からは「こんなエンターテインメント授業ではなく、とっとと文法をつめこんでほしい」と、思われていたのかも知れません。
授業法として「ゲームによって日本語を教える」というのに、いろいろありますが、私が毎年実施した教室活動は、「Be honest game正直ゲーム」フルーツバスケットと呼ばれているゲームです。
動詞文「朝ごはんを食べました」「きのう、パンを買いました」などを教えた後、学生が自分で文をつくり発話するために行います。ゲームの注意点は、「正直であれ」。
輪の真ん中にいる学生が「私は朝ごはんを食べました」と発話したとき、朝ごはんを食べた人は正直に席を立ち、他のイスに移動しなければなりません。「私はパンを買いました」という発話のとき、Sさんは「日本語もポルトガル語も、パンはパン」と、得意そうにイスを移動。「そう、パンはポルトガル語から来たことばだからね」
Sさんは、日本語聞き取りがよくできなかった頃、輪の中心の学生が「私は日本人です」なんて発話したときも、イスを移動してしまったりしました。みなに、「Raery?Are you Japanese? Be honest.ほんと?あなたは日本人なの。正直にね」と突っ込まれると「It's true. I will get married to a Japanese beautifull girl tomorrow. That's why I am Japanese.ほんとだよ。あした美人の日本人と結婚するから、もう日本人さ」などと言って、突っ込みをかわす機智を持つ、楽しい学生でした。
私の「funny entertaining おもしろいエンターテナー」授業は、他の先生のきっちりした授業についていけない留学生にも楽しめる内容を心がけていました。
15名のクラスメートのうち、Sさんは「これで日本で勉学を続けられるのだろうか」と、教師一同が一番心配した学生だったのです。試験成績が最低ラインで、修了できるかおぼつかなかったので、チューターがつきました。大学院の日本語教育専攻の学生が、授業外に彼を指導しました。
「彼の名は、ブリッジでした」「ブリッジ?橋本さんでしたか。橋田さんかな」「えっと、high bridge?」「そうか、高橋さんでしたね」
タカハシさんの指導力もあってか、無事日本語基礎コースを修了。
4年後に会ってみてびっくり。日本語がとても上手になっていました。
博士論文は英語で書くので心配ないですが、日常会話はどうか、と案じていたのがウソのように日本語が上達していました。
これは、日本語教師の力によるものではなく、ひとえに、彼に遠慮無くまとわりついている英語を習っている子ども達のおかげかと思います。
彼の明るい性格、コミュニケーション能力の高さが、こんなに日本語を上達させた。
最初のクラスで落ちこぼれていても、教師は何も心配することはない。学ぶ力をもっている学生は、自らの力で伸びていく。
私が提供したのは、「日本語学習を嫌いにならないでね。ほら、こんな楽しいクラス活動もあるよ」ということに徹していました。
そのクラス活動、決して無駄になっていなかった、という感慨を、Sさんとの会食で感じることができました。
Sさんへのfacebookコメント返信。
I have had a good time with you.
I hope that your graduate school's research will produce good results and a doctoral dissertation of the global temperature change can be written. See you again.
いっしょに過ごせてよかったです。あなたの大学院研究がよい成果を得て、気象変動に関する博士論文が書けるよう願っています。また会いましょう。
SさんがFacebookに掲載した「センセーとツーショット」写真
こちらでは、彼の眼鏡はサングラスに加工しています。

<おわり>