天気 時々雨のち曇
4年前の12月1日の公園の写真。市の駅伝大会の日だった。公園内と公園の周辺道を一回りするコースで、小学生から大人までのチームを作って大会に出る、ようだった。この年は紅葉が遅かったようだ。夫はこの翌月から治療を始め入退院を繰り返したので、呑気な時間を過ごした最後の頃のこと。
そういえば、私もちょうど1年前から肺腺がんの治療に、今投与中の「免疫療法」を始めたのだった。最初の投与は副作用などの様子を見るために入院して行う。抗がん剤の経験はあるので同じか、もっと強い副作用があるのでは・・と思ったが、想像よりも少なかった。一年後の今、こうして何とか生息をしているのもこの「免疫療法」のおかげ。
でも、患部は良くなってきているものの、副作用は強いというよりじわじわと体を弱くしていくようだ。手術出来る心臓ではないので試しに、と使った薬。結果を喜んで良いやら、まだ自分でも良く解らない。今の体調の悪さの半分は、免疫療法とは全く関係ない10月に罹ったイレウスのせい、と思い込んでいるのだけれど。
本題に戻って・・人間は、運が良くなければ、最期まで動ける体で居られる訳ではない、ということを自覚した方が良い、と最近つくづく思う。つまり、年をとれば体が動かなくなり、突然死でもしない限り、最後は寝たきり状態になってしまう。長期間か短期間かは人により違うだろうが、当然、トイレどころではない。
なぜ改まってそんなことを・・というと、食堂で近いテーブルの女性が、1週間ほど前に突然、車椅子になった。殆ど会話もしない人(ノーマスクの、ちょっと認知症気味)なので詳しいことは知らないが、館内で転倒したらしい。1年くらい前に入所した、声の大きい活発な人で、去年のクラスターの最初の感染者だ。館内を元気にノーマスクで歩き廻っていたし・・幸いなことに、2階の人なので4階までは来ない。
その彼女が、配膳を始める時間になると「トイレへ行かせてください」と大声でわめき始める。オムツをしているから大丈夫、と言っても「濡れたくない、気持悪い」とわめき続ける。何のためにオムツしているの? 「朝から、5回以上も行ってるし、さっきもトイレへ行ってから下りてきたでしょ」「でも出るのよ、嘘じゃないわよ」
介護士が連れていってくれないので、配膳を手伝いに来た看護師に「トイレへ行きたいの!」と訴えて初志貫徹・・
私は幸いなことに、オムツの世話にはなったことがない。先だっての入院のときに1週間の絶食絶飲でフラフラになり、トイレは看護師を呼んで・・ということになった。呼び鈴押したってなかなか来ない。かといって鼻にドレーン・腕に点滴、では一人では動けない。水分を摂るようになると下痢も始まり、看護師がすぐ来ない時の用心にオムツみたいなのを使うことになった。あまり気分良いものではないけれど、安心感はあった。結局、使わずに済んだが。
元気なうちに、オムツに慣れておかないと・・今は性能が良いので、吸水力もあり、さほど不快ではないらしい。
ともかく、食事前のトイレ騒ぎ、毎日起きている。知らない人が見たら「施設の高齢者虐待」かと思われそうな。彼女に家族が居るかどうか知らないが、家族によっては誤解が生じそうだ。ともかく、私はオムツに慣れます、人前で「トイレに行きたい」とわめくよりもその方がスマートだ。
ちなみに、車椅子で食堂へ来ている人の大半は、オムツ使用していると思うけれど、今まで、そんな風にわめく人は居なかった。無論、静かに訴えてトイレへ行く人は居る。
師走来る今年も過去を積みかさね KUMI