ビーズうさぎのハナちゃんです!!

日々の生活、山登りや釣り、ドライブなどをアップします。ここの所、巨樹めぐりがメインですが!(汗)

長野県高森町、下市田「下市田のヒイラギ」(県指定)です!!

2024-05-25 18:32:26 | 巨樹・大木
 下市田地区は、高森町役場の南南西約1kmのところ

 高森町役場を北側に出て坂道を下って行きます、約300mで丁字路を右(東)へさらに下って行きます

 約700mの「出砂原」信号を右(南西)へ、国道153号線です

 約900mの「下市田工業団地」信号を左(南東)へ入るとJR飯田線の踏切を渡ります(下市田駅の直ぐ東側です)

 すぐ右手に目的のヒイラギが見えました

 線路沿いの道路脇に車を止めさせて頂きました

 北側から

 北側からもう一枚

 説明版です
    長野県天然記念物
       下市田のヒイラギ
          昭和37年7月12日 指定
 概要
   所在地  高森町下市田1401番地 
   所有者  上沼清一
   樹種   ヒイラギ(柊)モクセイ科
   樹高   約7m、幹周7.7m
 説明
 暖地性の常緑高木
 本州関東以西・四国・九州に分布し本県では伊那・木曽地方の南部に自生する。
 葉は厚くて硬く表面に光沢がある。
 若木の葉は大きな歯牙があり、先端は針状になる。
 本樹では下枝や若枝の葉の歯牙がみられる。
 11月頃、白色で香気のある花をつける。雌雄異株。
 所有者上沼家の祖先は但馬国豊岡城主細川清成の後裔といわれる。
 二代清家は応永の乱(1399年)の後信濃に浪人し、下条の陣で松岡氏に加勢し客分として迎えられた。
 三代清俊は市田郷中村に居を構えた。
 その屋敷が沼地の上にあったので、上沼と改称した、所有地の境界木としてとして流田・武稜地・羽根の三ヶ所へヒイラギを植栽した。
 他の二ヶ所は枯れ、流田のものだけが残った。すなわち本樹である。
 樹齢は600年近いといわれ、県内でもまれにみる大木である。
          長野県教育委員会・高森町教育委員会

 個人宅なので道路からのみ撮影させて頂きました<m(__)m>

 では、次へ行きましょう

 2024・4・14・15・35

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長野県飯田市、追手町2丁目「飯田城桜丸のイスノキ(県指定)とヒガンザクラ(夫婦桜)」です!!

2024-05-25 12:30:47 | 巨樹・大木
 追手町2丁目は、飯田市役所の東南東約1.5kmのところ

 飯田市役所を北側に出て「市役所前」信号を北東へ、国道256号線を進みます

 約100m二つ目の「本町2・3丁目」信号を右(南東)へ、約500mの「追手町小学校」信号を左へ入って

 直ぐ右の飯田合同庁舎の駐車場に車を止めさせて頂きました

 飯田城(長姫城)跡・周辺案内図です

 飯田図書館の通路から入ると、飯田城桜丸御門(赤門)です、後ろ側の建物が合同庁舎です

 飯田市有形文化財 飯田城桜丸御門(通称赤門)の標柱です

 赤門の説明石碑です
    長姫城遺構 赤門
       長野県知事 吉村午良
 赤門は長姫城桜丸の門で、宝暦4年4月(1754年)に上棟された。
 本丸は町から遠く不便なので桜丸で政務をとったといわれる。
 入母屋造りで瓦葺、鬼瓦には堀氏の家紋「向梅」が使われている。
 平面は二本の鏡柱と控柱とで構成され、潜戸を設けてある。
 明治になり、飯田県・筑摩県飯田支庁・下伊那郡役所・地方事務所等の郡衙の正門として使われてきた。

 桜丸内側から見ました

 門から東側(合同庁舎車庫前)に進むと、目的のイスノキです

 北側から

 「長野県天然記念物  飯田城桜丸のイスノキ」の標柱です

 説明版です
    長野県天然記念物  飯田城桜丸のイスノキ
       平成26年9月25日指定
       高さ約12m、目通り周約2.3m
 イスノキはマンサク科に属する暖帯系の常緑高木で、樹皮は灰褐色、葉は厚く長楕円形です。
 伊豆以西、東海、山陽、四国、九州、琉球列島に分布し、長野県内での自生は知られていません。
 葉に生じる虫こぶが染料に用いられるほか、堅くて重い材は床・柱・机・櫛・そろばん玉などに、椅灰(いすばい)は陶磁器の釉薬に、と多用途に用いられ、庭園樹として近世の大名庭園や御所などに植えられています。
 この樹のある桜丸は、脇坂氏初代安元が二代安政を養子に迎えるため御殿を建てた曲輪で、多くの桜を植えたため名づけられたといわれています。
 堀氏時代は若殿や隠居の御殿として使われ、1855年(安政2)の大地震で本丸御殿が大破した後はここで藩主が政務を執っています。
 桜丸御殿の図(明治4年頃)にはイスノキを臨む位置に「御座之間」、「御茶屋」や「青霞楼」と呼ばれる建物が描かれており、桜丸が藩主や一門の、個人的で非公式な生活の場として利用されたことがうかがわれます。
 自生地の北限を越えた寒冷地の長野県でこのような巨木が今日まで伝えられてきたのは、飯田城主ばかりではなく、地域の人々によって大切に守られてきたことを示しています。
 城下町飯田の歴史と文化を象徴する樹木といえます。
     信州地域振興局

 東側から

 すぐ北側には「ヒガンザクラ(夫婦桜)」です

 西側から、多くの支柱に支えられています

 北西側から

 説明版です
    桜丸御殿址のヒガンザクラ
       品種 エドヒガン、シダレザクラ
       推定樹齢400年、根元周囲8.2m、樹高12m
 1本にも見えるがエドヒガンとシダレザクラが合体しており、あたかも1本の木が花を咲き分けているようである。
 この地には飯田城本丸御殿の別棟として桜丸御殿が建てられ、庭園には藩主脇坂氏時代(1615~1672年)多くの桜が植栽され御殿名の呼称となった。
 この桜はその名残りをとどめる名木である。

 北側がシダレザクラですね

 北東側から見ました

 では、次へ行きましょう

 2024・4・14・15・10

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長野県飯田市、山本「山本のハナノキ」(県指定)です!!

2024-05-25 06:30:03 | 巨樹・大木
 山本地区は、飯田市役所の南西約6km、飯田市伊賀良自治振興センターの南西約3kmのところ

 飯田市伊賀良自治振興センター北側の道路を西へ出て、約200mで国道153号線を南西へ進みます

 約2.7kmの「二ツ山」信号を右(北)へ入ります、約600mの信号を鋭角に左(南西)へ、またすぐの交差点を右(北西)へ入ります

 沢沿いの急な坂道を約400mで左からの道路に合流するように右へ進むと

 右手に目的のハナノキです

 前の道路脇に車を止めさせて頂きました

 南側から、根元は柵で保護されています、あれ~ニャンコが写り込んでいました

 南西側から

 天然記念物標柱です

 説明版です
    長野県天然記念物 山本のハナノキ
       昭和40年4月30日指定
 ハナノキはカエデ科、雌雄異株、日本固有種の広葉樹です。
 雄花、雌花、雌花の翼果、秋の紅葉が紅色で美しいことから、ハナノキと呼ばれます。
 ハナノキは生きている化石ともいわれます。
 今から約23000万年から530万年前は中新世と呼ばれ、地球の気温が現在よりも10度以上暖かかった時代でした。
 この頃、ハナノキの祖先種は東アジア・ヨーロッパ・北米大陸に広く分布していました。
 その後、気温が低下すると共に分布範囲を狭め、北米大陸と東アジアに分断されました。
 これを隔離分布といい、現在は日本の岐阜県東部・長野県南西部を中心に日本固有のハナノキが、北アメリカに姉妹種のアメリカハナノキ・ギンヨウカエデが、遠く離れて残っています。
 湿地を好み、飯田市山本地区から阿智村にかけての湧水湿地(ハナノキ湿地)に自生しています。
 環境省のレッドデータブック絶滅危惧Ⅱ類種に記載されており、保護活動が行われています。
 この木は雄株で、3月下旬から4月に開花します。高さは約23m、枝張りは東西22m、南北20mを測り、枝の広がりは自生の木の中では最大といわれています。
       平成24年3月   長野県教育委員会・飯田市教育委員会
 *説明版は、出来たばかりですね

 北西側から、目通り幹囲は説明版には出ていませんでしたが、4.8mの大木です

 南東側から

 少し離れて見ます

 東側から見上げました

 では、次へ行きましょう



2024・4・14・14・20
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