下市田地区は、高森町役場の南南西約1kmのところ
高森町役場を北側に出て坂道を下って行きます、約300mで丁字路を右(東)へさらに下って行きます
約700mの「出砂原」信号を右(南西)へ、国道153号線です
約900mの「下市田工業団地」信号を左(南東)へ入るとJR飯田線の踏切を渡ります(下市田駅の直ぐ東側です)

すぐ右手に目的のヒイラギが見えました
線路沿いの道路脇に
車を止めさせて頂きました

北側から

北側からもう一枚

説明版です
長野県天然記念物
下市田のヒイラギ
昭和37年7月12日 指定
概要
所在地 高森町下市田1401番地
所有者 上沼清一
樹種 ヒイラギ(柊)モクセイ科
樹高 約7m、幹周7.7m
説明
暖地性の常緑高木
本州関東以西・四国・九州に分布し本県では伊那・木曽地方の南部に自生する。
葉は厚くて硬く表面に光沢がある。
若木の葉は大きな歯牙があり、先端は針状になる。
本樹では下枝や若枝の葉の歯牙がみられる。
11月頃、白色で香気のある花をつける。雌雄異株。
所有者上沼家の祖先は但馬国豊岡城主細川清成の後裔といわれる。
二代清家は応永の乱(1399年)の後信濃に浪人し、下条の陣で松岡氏に加勢し客分として迎えられた。
三代清俊は市田郷中村に居を構えた。
その屋敷が沼地の上にあったので、上沼と改称した、所有地の境界木としてとして流田・武稜地・羽根の三ヶ所へヒイラギを植栽した。
他の二ヶ所は枯れ、流田のものだけが残った。すなわち本樹である。
樹齢は600年近いといわれ、県内でもまれにみる大木である。
長野県教育委員会・高森町教育委員会
個人宅なので道路からのみ撮影させて頂きました<m(__)m>
では、次へ行きましょう

2024・4・14・15・35
高森町役場を北側に出て坂道を下って行きます、約300mで丁字路を右(東)へさらに下って行きます
約700mの「出砂原」信号を右(南西)へ、国道153号線です
約900mの「下市田工業団地」信号を左(南東)へ入るとJR飯田線の踏切を渡ります(下市田駅の直ぐ東側です)

すぐ右手に目的のヒイラギが見えました

線路沿いの道路脇に


北側から


北側からもう一枚


説明版です
長野県天然記念物
下市田のヒイラギ
昭和37年7月12日 指定
概要
所在地 高森町下市田1401番地
所有者 上沼清一
樹種 ヒイラギ(柊)モクセイ科
樹高 約7m、幹周7.7m
説明
暖地性の常緑高木
本州関東以西・四国・九州に分布し本県では伊那・木曽地方の南部に自生する。
葉は厚くて硬く表面に光沢がある。
若木の葉は大きな歯牙があり、先端は針状になる。
本樹では下枝や若枝の葉の歯牙がみられる。
11月頃、白色で香気のある花をつける。雌雄異株。
所有者上沼家の祖先は但馬国豊岡城主細川清成の後裔といわれる。
二代清家は応永の乱(1399年)の後信濃に浪人し、下条の陣で松岡氏に加勢し客分として迎えられた。
三代清俊は市田郷中村に居を構えた。
その屋敷が沼地の上にあったので、上沼と改称した、所有地の境界木としてとして流田・武稜地・羽根の三ヶ所へヒイラギを植栽した。
他の二ヶ所は枯れ、流田のものだけが残った。すなわち本樹である。
樹齢は600年近いといわれ、県内でもまれにみる大木である。
長野県教育委員会・高森町教育委員会
個人宅なので道路からのみ撮影させて頂きました<m(__)m>
では、次へ行きましょう


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