ビーズうさぎのハナちゃんです!!

日々の生活、山登りや釣り、ドライブなどをアップします。ここの所、巨樹めぐりがメインですが!(汗)

愛知県豊田市挙母町5丁目「挙母神社のクス(市指定)とイチョウ・カゴノキ」です!!

2023-03-31 06:30:07 | 巨樹・大木
 挙母町5丁目は、豊田市役所の北東約500mのところ

 豊田市役所前から国道153号線を東へ、挙母町1丁目信号を左(北)へ

 二つ目の信号が挙母神社西信号です、右(東)に入って案内板に従い

 境内参道沿いの駐車スペースに車を止めさせて頂きました

 参道南端から境内を見ました


 挙母神社(ころもじんじゃ)社號標です

 説明版です
祭神
1、高皇産霊・・・・・・・・・・・・・・・・・・・瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)の祖父神
1、天邇岐志国邇岐志天津日高日子番能邇々藝命・・・瓊瓊杵尊の古事記での表記です
1、天萬栲幡比賣命・・・・・・・・・・・・・・・・瓊瓊杵尊の母神
1、天之水分神
1、國之水分神
   由緒
 文治・建久の頃(1189)源義経の家臣、三河鈴木重善(のちの善阿弥)は、源義経の没落を聞き当地に隠れ住み、そののち大和吉野から子守社を勧請して、衣之上郷にまつり奉仕した。
 鎌倉実記・義経勲功記に「其の頃熊野の鈴木次郎重行というものあり、矢作川の上・衣の里と言う処あり、彼の里に庵室をしつらい、住みける殊勝なる法師に里人もと尊みしたしみけり。熊野の神を勧請云々」とあり。
 延宝旧図に「大明神の本殿は四間に三間あり、拝殿は長さ三間横二間とす。社内に薬師堂あり」とある。衣記に「子守大明神は往古より挙母の鎮護たり、草創は何れの年ともいまだつまびらかならず鈴木某熊野より云々」。旧幕時代は、子守大明神といっていたが、明治4年(1871)3月14日挙母藩庁から挙母神社と改められ藩社となるり、その後郷社となった。
 昭和21年(1946)宗教法人令により届出認証登記、旧社格を廃止神社等級八級。
 昭和28年(1953)宗教法人による「宗教法人挙母神社」設立認証登記。
 昭和54年9月28日神社等級六級に昇格。
   祭儀(大祭)
1、祈念祭 2月17日
1、例祭  10月第3日曜日
1、新嘗祭 11月23日

 鳥居です

 参道右手に目的のクスが見えて来ました

 南側から

 説明版です
  豊田市指定第5号天然記念物 挙母神社のクス
   根回り  9.5m
   目通り  6.5m
   樹高 約25.0m
   樹齢 推定650年
 元亀3年(1572年)の昔瑞光院が火災の時に薬師如来がこのクスの木の下に難をさけられたという伝説があります。
     豊田市教育委員会

 東側から

 西側から

 クスの北側に手水舎です

 手水舎の東側に名木のイチョウです

 豊田市名木愛護会の案内板です、胸回り3.30mの大木です


 参道正面の建物です

 舞殿でしょうか

 拝殿です

 本殿です

 拝殿西側の境内社の秋葉社です

 子守天満宮です

 天神様と言えば牛ですね

 拝殿東側の金毘羅社です

 御鍬社です

 境内西側参道前のカゴノキです

 こちらも名木愛護会の案内板です

 南側から

 子守稲荷社の鳥居です、綺麗に並んでいます

 協賛依頼の説明版です

 では、次へ行きましょう

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