2021年12月21日、お参りしました。
説明書より「創立年代不祥なれども境内外地は上代祖神の御霊が鎮座せる盤座磐境の古代祭祀跡地にして其れらより発見されつつある石器時代の石斧、石剣、石包丁、石鍬類、青銅器時代の銅戈(重美)、弥生式土器が前期中期後期に亘り多数出土せり。
西暦紀元前二、三世紀より西暦紀元三世紀頃のものにしてそのいずれもが儀礼的なものたることの考証せられてあるを見ればその頃にはもはやこの霊地に祭祀せられたる証拠なり。また当社は始めに権現津彦命の子孫たる大和連倉人水守(769)等が祭祀したるとも、神功皇后(101)三韓の役の戦利武器を此の社地に収蔵し奉りしより起因するとも、又社名の火倉、火の山烽火場の地より起こしとも称せられる。尚祝部土器、玻瑠玉の発見せられてあり平安時代の延喜式(927)には社格社名を載せ奉りてあり。
鎌倉中期の青銅製懸仏が発見されており摂津誌には1250(建長2)年重修の棟札の所持せる事を記載する等上代より祭祀の存続せる事実を実証する資料となれり。
古来より天王宮とも称せられ中古本荘の庄の総氏神にして工業商業者はもとより多くの崇敬の中心となる当神社の位置は古成層天王山(海抜185米)の山頂にあり背後に六甲の翠巒を負い、前には茅淳の海を一望に見渡す最景勝地にして社頭に古石燈燈明台ありて毎夜北畑天王講の人々交替して御神火を点じ、近海を渡る船舶の航路安全を祈る『灘の一つ火』として崇拝せられ、古来より航海者等の一針路となる。
これは祖神の代表的事蹟たる海路嚮導の行為と考え合わすとき氏子人の祖神のご遺徳を追慕する行事にして上代より現在に至るまで長年月の間、一日として絶ゆすことなく奉仕し居れり。
旧本庄九カ村の鎮座であったが、1872(明治5)年に森、深江、青木の三カ村が分かれ、1889(明治22)年には、三条、津知は精道村(後の芦屋市)に属するようになったため次第に離れ、残る北畑、田辺、小路、中野の四カ村の鎮守となった。」
神戸市東灘区本山北畑680
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社標、ここから900メートル、約15分登ります。
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ハイキング案内図
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坂道です。
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磐座(いわくら)、珍生岩(うづなりいわ)
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坂道が続きます。
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石灯籠
「この石灯籠は1825(文政8)年のものですが、往古は、かがり火を燃やし中世の昔より"油"で千古不滅の御神火を点じつづけ最初の灯台として『灘の一ツ火』と海上の船人の目じるしにされました。古くから、ふもとの北畑村の天王講の人々が、海上平安を願う『祖神』の遺志を継承し交替で点灯を守り続けてきたものです。」
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景色です。
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社標
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鳥居
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権現津彦命像
「摂津国菟原郡(夙川西岸から生田川東岸までの間)の当地を委任された『命(みこと)』は、多くの村里が良く見渡せる場と、海から昇る日輪(太陽)が遥拝できる場を兼ね合わせた処を、海上から眺め探し求められ、咲いてきな場所として「ほくら山」を見つけられ青亀を麓の真下の海岸に着けられました。この由緒から、青亀(あおき)が着いた岸部・青木(おおぎ)の地名が起る。早速、青木から南田辺、北畑を経て山を目指して登られました。山頂から眼下に広がる海、対岸の山々、東西に広がる村里を眺められ『命』の心に適合した場所であり、祭祀する場として清めた後、東から昇る日輪を遥拝し、大岩を並べ『磐座』とし『祖先神』(須佐之男命・大歳御祖命・大国主命)を祭祀して『農業生産・諸産業繁栄・村里安全』を一族の人々と共に祈願されました。社名由来は、『火種を保持する庫(くら)・倉』が『火倉(ほくら)』となる」
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十二支
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手水舎
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社務所
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狛犬
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拝殿
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本殿
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磐座・立岩
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遥拝所
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末社
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末社・祓御神社