2014年5月31日
以前にブログで紹介しましたが、志染町の石室と西区押部谷町木津の顕宗仁賢神社での億計と弘計の仮宮跡がありました。
説明書より「億計と弘計の二人の王子が都の政事の争いに巻かれて父が殺され、わが身の危険をさけるため、従者とともにこの地に逃がれてきて、豪族の岩崎入道に警護されて志染の石室に隠れ住み忍海部細目の下男となって二十余年間この地に住んだ。清寧天皇が亡くなり、この王子が次の天皇になる皇太子であることがとわかり、この地に仮宮を建ててお迎えしたが、これが仮宮の跡である。二人の王子は顕宗天皇と仁賢天皇になった。」
場所は三木市久留美です。
兵庫県道20号線の永久橋バス停を北東500mのところA点から600mのB点、入口です。少し坂道を登ったところで二股となっています。左の登り道を進みます。大峯山行者堂に行きます。並んで二皇子の仮宮跡があります。

電柱に看板があります。

坂道、少し登って左を進みます。少しヤブですが、坂道を登ります。

説明書


行者堂の説明書
奈良時代の山岳呪術者の僧、役行者(役小角)を祀っています。

行者堂
以前にブログで紹介しましたが、志染町の石室と西区押部谷町木津の顕宗仁賢神社での億計と弘計の仮宮跡がありました。
説明書より「億計と弘計の二人の王子が都の政事の争いに巻かれて父が殺され、わが身の危険をさけるため、従者とともにこの地に逃がれてきて、豪族の岩崎入道に警護されて志染の石室に隠れ住み忍海部細目の下男となって二十余年間この地に住んだ。清寧天皇が亡くなり、この王子が次の天皇になる皇太子であることがとわかり、この地に仮宮を建ててお迎えしたが、これが仮宮の跡である。二人の王子は顕宗天皇と仁賢天皇になった。」
場所は三木市久留美です。
兵庫県道20号線の永久橋バス停を北東500mのところA点から600mのB点、入口です。少し坂道を登ったところで二股となっています。左の登り道を進みます。大峯山行者堂に行きます。並んで二皇子の仮宮跡があります。

電柱に看板があります。

坂道、少し登って左を進みます。少しヤブですが、坂道を登ります。

説明書


行者堂の説明書
奈良時代の山岳呪術者の僧、役行者(役小角)を祀っています。

行者堂

※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます