2006.11.15(水) 快晴
6:45 起床
9:30 古河グリーンホテル発~県道~野木神社~県道~三国橋~R354~R50 ~渡瀬サイクリングロード~
15:30 シルバーホテル着(桐生市)
長旅を続けていると妙に張り切れる日と嫌で嫌でたまらない日がある。嫌ならそのまま連泊して休養すればいいのだがそういうときに限って居たくない宿に泊まっているのだ。
嫌になる原因は色々 決まらないこと、これといった目標が決まらないことなどだろう。東北や北海道は行き先を決めればルートは必然的に決まってしまうのだ。関東はそうはいかない、網の目のような道路群の中から抽出しなければならない。面倒なことこの上ない。 今日は乗らない日で、目が覚めても起きられない。仕事に行くのが嫌でたまらないときと同様だ。嫌々味気ない朝食を摂る。こういう日は勘も悪い、行きたい場所に全然行けない。野木神社にお参りして谷中湖を横断し、R354に出るつもりが道がわからなくてうろうろしたあげく三国橋に戻り、R354に出たときは2時間も費やしていた。
野木神社、乃木大将とは無関係、栃木県に行った証拠。
三国橋を渡ったところにカスリーン台風の決壊口の碑がある。昭和22年のこととて私など生まれていないときなのだがその名は聴いていた。この大きな川が決壊するのだから恐ろしい水害である。谷中湖は日本の公害の発祥の地と言っていいのではないか。足尾銅山の鉱毒問題は田中正造などの活躍で、日本初の公害として知るところだが、旧谷中村は鉱毒問題を陳情したところ渡良瀬川の水害問題にすり替えられ、村毎移住を迫られ、田中らの反対運動にもかかわらず湖の湖底に沈んだと言うことである。
渡良瀬川キャスリーン台風決壊口と谷中湖
R354とR50を通り桐生に向かうが、この道のなんと交通量の多いこと、特にダンプの通行が大半なのである。はっきり言って、もう関東地方は要らない、さっさと廻って帰ろうと思わせるのである。
途中館林で足腰の神様というのがある。金のわらじならず、かねのわらじに願いを書いて奉納するらしい。もの凄い数に、足腰の悩みの多いことを感ずる。
足腰の神様、子の権現
おもしろくも何ともないただ埃っぽい国道をジリジリ走る。朝の出発からずっと向かい風が吹いている。冷たく乾燥し、埃っぽい風である。かかあ天下と空っ風、かかあ天下は問題ないが空っ風はたまらない。邑楽郡邑楽町はきっと誰も読めない町だろう。おうらぐんおうらまちという。北海道の函館で紹介した吉井氏の居住地なのだ。本来なら立ち寄るところなのだが、彼はここ数年海外出張中で会うことができないのだ。おうら町とはなかなか響きが良いが、国道から見る限りは埃っぽい所だ。途中美術館とか雷電神社とか古墳跡とか立ち寄りたい箇所はいくらかあるのだが、精神的に余裕がないので総てパスする。風というのは肉体的にも精神的にも負担の多いものだ。
桐生に入り渡良瀬川を左岸に渡ったら、藤岡ー足利ー桐生サイクリングロードに出た。そんなものあるのを知っていたら走るのに、、、、残りの数キロだけ楽しんでロードは終わった。正面には赤城山、左には鉱毒の面影はみじんもない渡良瀬川、最後の一時間だけ楽しい走りができた。
日本一周ってなんだ?
「日本一周頑張ってね」「日本一周やりきってね」などと多くの人に励まされてきた。
あまり頑張るつもりはないのだけど、やはりこだわりがあって途中で止めたくはない。でも日本一周って一体何なのだ。今まで自転車だけでなく自動車でもバイクでも徒歩でも、変わったところでは竹馬でとかリヤカーでとかあるけれど、将棋の棋譜のように経路は総て違うものである。海岸線を忠実に歩いているというのもある、海岸沿いの国道をぐるりと廻るのも多いだろう、県庁所在地を総て廻るというのもある。みんな日本一周なのである。自分自身の日本一周を白いキャンバスに絵を描くように作り上げれば良いのだろう。
私の場合はとにかく48都道府県の地を愛車初恋号で踏みしめることと定義している。例えば栃木県は2泊しているけれど、自動車で訪れているのだ。今日野木神社に参拝に行ったのは単に愛車で栃木の地を踏みに行った訳である。東北や中国地方は各県が旨く並んでいるので、総ての県を巡ることができるが関東地方は難しい。群馬と山梨は前半に回っておけば良かったと反省している。特に山梨は雁坂トンネルが自転車で通行できない以上訪れるのが難しい。
走行距離 66Km 累計4,469Km 費用8,767円
★シルバーホテル 6,640円 朝食付 古いホテルで割高感有り 職員さんは親切