2015.4.21(火)晴れ
例えば著者は伏せるが、本書の中にある文の一部を紹介してみよう。
雷
平安京以前の盆地底の人々が、自分達の存在に関わる全ての時間的、空間的広がりとして生活世界像を構想するときに、右に述べたような日月との親密な触れあいが深くかかわっていたらしい。この種の構想は、強大な社会構造が発達してくると、英雄伝説や王権神話などの装いを得て、武勲、智略などを介した権力中枢との結びつきの強弱を尺度に、そうした歴史物語を共有する種々の集団の間に序列化や、その権威主義的正当化を果たす役割をも担うことになる。
とまあこういった文が延々と続くのである。もちろんこれだけでは前後の脈絡が解らないので余計理解しようが無いと思うが、この氏の文を何度読み返しても何を言っておられるのか、何が言いたいのか遂に理解できなかった。「森先生、先生編著の本の中には難解な解読不能な論文があるのですけど、先生はそれらももちろん読み、理解されているんでしょうねえ」亡くなられた森先生に投げかけたい質問なんだが、草葉の陰でクスクス笑ってらっしゃる顔が浮かんでくる。
読書の際に傍線を引いたりするのは嫌いなので、興味のある所にはポストイットを貼り付けることにしている。だからその数で面白かったかそうでなかったかのバロメータとなっている。本書の場合1枚だけだったので推して知るべしと言うところだが、森さんの文以外がみんな面白くないと言うことでは無いので念のため。
森さんのあとがきの最後に新京極誓願時門前に「迷子美ちし留辺」の石標が立っていることを書いておられる。
昔、人とはぐれるとこの迷子道しるべの石標の前で待ったといわれている。
歴史散策の間に人とはぐれたら、この石を利用して下さい。 森浩一
【今日のじょん】国松さんとこにサン君登場、2ヶ月の男の子、いやはや元気なこと、、、。
【作業日誌 4/21】タンポポ駆除