晴徨雨読

晴れた日は自転車で彷徨い、雨の日は本を読む。こんな旅をしたときに始めたブログです。

大栗峠三角道の謎-3 8/1

2019-08-01 | あなしら上林

2019.8.1(木)快晴

 なぜ大岩があったと想像したかというと、それは二体のお地蔵さまの収まった石室である。何気なく見てきたが、上林の峠で地蔵さまが石室に収まっているのは大栗峠だけではあるまいか。この石室の石は同じ石材で、大小30個ほどの石がきれいに整形されるわけでもなく積まれている。石室を作るためにわざわざ麓から運び上げるとか、現地で石材を切り出したとは考えにくい。この石材はその箇所にあった通行を阻害していた大岩を切り崩したものではないだろうか。石室のところは小山の一部が抉られたようになっており、丁度この部分から峠道Aにかけて大岩が存在していたと想像できる。この石材が人工的に作られた現地のものであること、根が張っている岩なら峠の土中にまだ残っている部分があるかもしれない。これらのことは地質学的に証明できる事であるから今後の課題としよう。

大栗峠の石室(2011年7月24日)台座はこのとき掘り起こしたもの
 大栗峠の地名についてはかねてから考察を重ねてきたところであるが、結論が出せずにいた。大栗峠は綾部市睦寄町志古田大栗にある峠で大栗地名は上林に3ヶ所
ある。栗地名は「刳る(くる)」から来た侵食、崩壊地名というのが一般的な解釈であり、志古田道の大崩壊を見てもっともだと考えていた。しかし他の大栗地名を訪ねると一概に侵食、崩壊地名とは言えないところばかりなのである忠町大栗、十倉志茂町大栗はともに上林川左岸にあるが上林川の侵食がきついということもなく、崩壊が激しいと言うこともない。ただ両大栗とも上林川出水の際、水流が停滞し渦を巻いて氾濫する地域である。渦巻く濁流が岸を浸食する様子を「おおぐり」と呼んだとすると最もらしく思えるが、そういう状況は何百年何十年に一度の現象であって日常的な光景では無いわけだ。そんな状況を地名にするだろうか。

左:十倉志茂、右:忠の大栗 中央に上林川が流れていて、両側の山で狭隘部分となっている辺り。
 十倉志茂町、忠町の大栗付近を何度も歩いていると、河原の大石、川中の岩礁が目に付く。グリとは海中の暗礁のことをいう(アカグリ、ササグリ、サバグリ等)、また建材のクリ石はこぶし大に割った石で基礎工事などによく使われる。もともとクリ、グリは石、岩のことをいうらしい。(民俗地名語彙事典)志古田大栗にも大きな岩石があることは気づいていた。志古田道崩壊部分の下部、道が谷に下りるところにとてつもない大岩がある。またそれより下った谷の岸にも立派な岩が座っている。大栗に共通する現象は大岩が存在することである。大栗とは大岩のことではないだろうか。

十倉志茂、忠大栗付近の河川中の大岩
p1000398.jpg
志古田大栗の大岩


つづく

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする