北海道で小学2年の男児が行方不明になり、6日ぶりに発見された騒動は、父親が男児を林道に置き去りにした理由を「しつけ」と説明したことで子育てをめぐる議論を巻き起こした。
「厳しいしつけ」が虐待につながる例もある一方、甘やかしても将来が心配と、子育てに悩む親は多い。子供の教育方法は、江戸時代にすでに多くの育児書が出版されるほどだが、何が正しいのか、いまだに明確な答えは定まっていない。そんな中、神戸大の西村和雄特命教授(経済学)と同志社大の八木匡教授(同)は、「子供が将来、高い所得を得るようになり、幸福感も高くなる」という子育て方法の調査結果を発表した。果たして、ほめて育てるのか、厳しく指導して育てるのか。その方法とは、親が子供に対し?関心を持ちながら見守る?「支援型」の子育てだという。
TIGER MOTHER
2011年、米国で1冊の本が出版された。中国系アメリカ人でエール大の女性教授、エイミー・チュア氏の「TIGER MOTHER」だ。
チュア氏は2人の娘に対し、テレビを見たりゲームをしたりすることや、友達と集まって遊ぶことを禁止。体育と演劇以外のすべての教科で一番になることを求め、態度が悪いと「ごみ」と呼んだ。
娘に対する厳しい指導は「厳格型(タイガー)」と呼ばれ、行き過ぎとも思われる子育て方法が物議を醸したが、娘はエール大に合格するなど立派に成長したという。
「厳格な子育ては子供の成功に役立つ」というチェア氏の問題提起に対し、米国では13年、444件の家庭を調査することで、さまざまな子育て方法と子供の成長に関する研究がなされた。
この動きを受け、西村氏は「日本人ではこれまで子育てと子供の成長にかかわる大規模な調査が行われていなかった」として、研究に着手。今年1~2月、調査会社を通じ、全国の20~60代の日本人の男女計1万人にインターネットでアンケートを実施した。
平均所得が最も高いのは…
この調査をもとに、西村氏らは、子育てを特徴づける6つの因子として、親の子供に対する「関心度」▽親が子供に持っている「信頼度」▽親子の「共有した時間」▽子供が親に「しかられた経験」▽親が子供にルールを設定する「規範」▽親の関わり度合いなどを示す「自立」-を設定し、数値化。この数値を基に、親から受けた子育てのタイプを、以下のように6分類した。
(1)信頼や関心をもって自立を促す「支援型」
(2)関心は高いが厳しく指導し、失敗するとしかる「厳格型」
(3)信頼はあるが子供を甘やかす「迎合型」
(4)関心が低く、共有時間も少ない「放任型」
(5)関心は低いが厳しい「虐待型」
(6)すべてが普通の「平均型」
この6分類のいずれかに明確に当てはまった2400人について結果を分析。すると、仕事をしている人の平均所得は、支援型が約400万円と一番高く、厳格型約390万円▽平均型約380万円▽迎合型約360万円▽放任型約320万円-と続き、虐待型が約260万円で最も低くなった。
「順法意識」やはり放任型が最下位
大学卒業以上の「高学歴者比率」も調べた。
勉強すればするほど高学歴につながりそうで、その意味では厳しく指導する「厳格型」がトップになってもおかしくないのかもしれないが、44%で4番目に沈んだ。
最も高かったのは「平均所得」と同じく支援型で60%。ほかは、迎合型49%▽平均型46%▽虐待型33%▽放任型27%だった。
支援型はあらゆる分類で「1位」となり、「前向き思考」は突出して高く、「不安感」では逆に最低。両方を合わせて弾き出した「幸福度」も当然、トップとなった。
このほか、法律を守る意識を示す「順法意識」は厳格型が2番目で、放任型が圧倒的に低かったといい、将来、親の面倒をみるかどうかの「扶養意識」は迎合型が2番目に高かった。
西村氏は「あらゆる面で『支援型』の子育てが望ましいことが分かった。子育てを行う場合には“関心を持って見守る”ことが大切だ」と話す。
「厳格」に育てると途中で退学?
一方、厳しく指導する厳格型について「リスクがある」とする。その理由を「厳格型で育てられた人は“親が言うからやらなくてはいけない”という思いが強い。それだけに、できなかった場合を考えて不安になったりストレスが大きくなったりする」と分析。そうしたことを要因として、高校や大学を途中で退学してしまうことなども多いと、西村氏は語る。
子供にリスクが生じる恐れだけではない。親の側にも危険性がある。
「厳格型の子育ては、下手をすれば虐待型になってしまう恐れもある」というのだ。
こうした中、「しつけ」と称して子供が虐待される事件は後を絶たない。今年4月に奈良県生駒市でプラスチックの収納ケースに閉じ込められ2歳児が窒息死した事件や、平成23年3月に大阪市城東区でごみ袋に密閉されて窒息死した3歳児の事件では、「しつけ」という名目で、幼い命が奪われる最悪の結果となった。
児童虐待に詳しい関西学院大人間福祉学部の才村純教授(児童福祉学)は「親が行き過ぎたしつけをしてしまう背景には、都市化や核家族化が進み、孤独な子育てに悩む親が多い背景もある」と指摘する。
新たな動き「こども食堂」
「現代はインターネットなどで育児についてすぐに調べられるが、子育ては一筋縄ではいかない。親自身が社会性を身につけていないことも多く、情報に振り回され、子供とどう付き合っていいか分からなくなっている」と才村氏。「親を孤立させないよう、近所に信頼関係を築ける人がいることが大切」と、地域のコミュニティーづくりの重要性を訴える。
実際、子供の成長をめぐり、地域の力を生かそうという動きも活発化している。ひとり親や共働き家庭の子供たちが無料や低料金で食事ができる「こども食堂」が全国で続々オープンしているのだ。
兵庫県尼崎市で3月にオープンした「そのっこ夕やけ食堂」。はじめは、ネグレクト(育児放棄)の状態で、食事が十分に与えられていない児童を支援しようと開設されたが、現在では宿題を持って集まる子供や、仕事帰りの親と待ち合わせる子供、一人暮らしの高齢者など地域の人たちの憩いの場になっている。
同食堂は毎週金曜の午後4~7時にオープン。中学生以下は配膳(はいぜん)や後片付けなどを手伝えば無料、大人も300円で一緒に食事を取ることができる。
同食堂を運営する同市社会福祉協議会園田支部の今井久雄さん(46)は「家庭に事情がある子供たちを支援するだけでなく、地域の人たちが“いつでも集まれる場所”をつくることが大切」と話す。食堂に来ることで親同士が友達になったり、地域のボランティアの人たちに育児に対する相談もできたりするという。
才村氏は「子供の変化などに早めに周囲が気付けることが大切。こういった地域住民の関わりは、虐待などの早期支援につながる貴重なきっかけになる」と述べ、子育てにおける「地域力」の重要性を強調している。
「厳しいしつけ」が虐待につながる例もある一方、甘やかしても将来が心配と、子育てに悩む親は多い。子供の教育方法は、江戸時代にすでに多くの育児書が出版されるほどだが、何が正しいのか、いまだに明確な答えは定まっていない。そんな中、神戸大の西村和雄特命教授(経済学)と同志社大の八木匡教授(同)は、「子供が将来、高い所得を得るようになり、幸福感も高くなる」という子育て方法の調査結果を発表した。果たして、ほめて育てるのか、厳しく指導して育てるのか。その方法とは、親が子供に対し?関心を持ちながら見守る?「支援型」の子育てだという。
TIGER MOTHER
2011年、米国で1冊の本が出版された。中国系アメリカ人でエール大の女性教授、エイミー・チュア氏の「TIGER MOTHER」だ。
チュア氏は2人の娘に対し、テレビを見たりゲームをしたりすることや、友達と集まって遊ぶことを禁止。体育と演劇以外のすべての教科で一番になることを求め、態度が悪いと「ごみ」と呼んだ。
娘に対する厳しい指導は「厳格型(タイガー)」と呼ばれ、行き過ぎとも思われる子育て方法が物議を醸したが、娘はエール大に合格するなど立派に成長したという。
「厳格な子育ては子供の成功に役立つ」というチェア氏の問題提起に対し、米国では13年、444件の家庭を調査することで、さまざまな子育て方法と子供の成長に関する研究がなされた。
この動きを受け、西村氏は「日本人ではこれまで子育てと子供の成長にかかわる大規模な調査が行われていなかった」として、研究に着手。今年1~2月、調査会社を通じ、全国の20~60代の日本人の男女計1万人にインターネットでアンケートを実施した。
平均所得が最も高いのは…
この調査をもとに、西村氏らは、子育てを特徴づける6つの因子として、親の子供に対する「関心度」▽親が子供に持っている「信頼度」▽親子の「共有した時間」▽子供が親に「しかられた経験」▽親が子供にルールを設定する「規範」▽親の関わり度合いなどを示す「自立」-を設定し、数値化。この数値を基に、親から受けた子育てのタイプを、以下のように6分類した。
(1)信頼や関心をもって自立を促す「支援型」
(2)関心は高いが厳しく指導し、失敗するとしかる「厳格型」
(3)信頼はあるが子供を甘やかす「迎合型」
(4)関心が低く、共有時間も少ない「放任型」
(5)関心は低いが厳しい「虐待型」
(6)すべてが普通の「平均型」
この6分類のいずれかに明確に当てはまった2400人について結果を分析。すると、仕事をしている人の平均所得は、支援型が約400万円と一番高く、厳格型約390万円▽平均型約380万円▽迎合型約360万円▽放任型約320万円-と続き、虐待型が約260万円で最も低くなった。
「順法意識」やはり放任型が最下位
大学卒業以上の「高学歴者比率」も調べた。
勉強すればするほど高学歴につながりそうで、その意味では厳しく指導する「厳格型」がトップになってもおかしくないのかもしれないが、44%で4番目に沈んだ。
最も高かったのは「平均所得」と同じく支援型で60%。ほかは、迎合型49%▽平均型46%▽虐待型33%▽放任型27%だった。
支援型はあらゆる分類で「1位」となり、「前向き思考」は突出して高く、「不安感」では逆に最低。両方を合わせて弾き出した「幸福度」も当然、トップとなった。
このほか、法律を守る意識を示す「順法意識」は厳格型が2番目で、放任型が圧倒的に低かったといい、将来、親の面倒をみるかどうかの「扶養意識」は迎合型が2番目に高かった。
西村氏は「あらゆる面で『支援型』の子育てが望ましいことが分かった。子育てを行う場合には“関心を持って見守る”ことが大切だ」と話す。
「厳格」に育てると途中で退学?
一方、厳しく指導する厳格型について「リスクがある」とする。その理由を「厳格型で育てられた人は“親が言うからやらなくてはいけない”という思いが強い。それだけに、できなかった場合を考えて不安になったりストレスが大きくなったりする」と分析。そうしたことを要因として、高校や大学を途中で退学してしまうことなども多いと、西村氏は語る。
子供にリスクが生じる恐れだけではない。親の側にも危険性がある。
「厳格型の子育ては、下手をすれば虐待型になってしまう恐れもある」というのだ。
こうした中、「しつけ」と称して子供が虐待される事件は後を絶たない。今年4月に奈良県生駒市でプラスチックの収納ケースに閉じ込められ2歳児が窒息死した事件や、平成23年3月に大阪市城東区でごみ袋に密閉されて窒息死した3歳児の事件では、「しつけ」という名目で、幼い命が奪われる最悪の結果となった。
児童虐待に詳しい関西学院大人間福祉学部の才村純教授(児童福祉学)は「親が行き過ぎたしつけをしてしまう背景には、都市化や核家族化が進み、孤独な子育てに悩む親が多い背景もある」と指摘する。
新たな動き「こども食堂」
「現代はインターネットなどで育児についてすぐに調べられるが、子育ては一筋縄ではいかない。親自身が社会性を身につけていないことも多く、情報に振り回され、子供とどう付き合っていいか分からなくなっている」と才村氏。「親を孤立させないよう、近所に信頼関係を築ける人がいることが大切」と、地域のコミュニティーづくりの重要性を訴える。
実際、子供の成長をめぐり、地域の力を生かそうという動きも活発化している。ひとり親や共働き家庭の子供たちが無料や低料金で食事ができる「こども食堂」が全国で続々オープンしているのだ。
兵庫県尼崎市で3月にオープンした「そのっこ夕やけ食堂」。はじめは、ネグレクト(育児放棄)の状態で、食事が十分に与えられていない児童を支援しようと開設されたが、現在では宿題を持って集まる子供や、仕事帰りの親と待ち合わせる子供、一人暮らしの高齢者など地域の人たちの憩いの場になっている。
同食堂は毎週金曜の午後4~7時にオープン。中学生以下は配膳(はいぜん)や後片付けなどを手伝えば無料、大人も300円で一緒に食事を取ることができる。
同食堂を運営する同市社会福祉協議会園田支部の今井久雄さん(46)は「家庭に事情がある子供たちを支援するだけでなく、地域の人たちが“いつでも集まれる場所”をつくることが大切」と話す。食堂に来ることで親同士が友達になったり、地域のボランティアの人たちに育児に対する相談もできたりするという。
才村氏は「子供の変化などに早めに周囲が気付けることが大切。こういった地域住民の関わりは、虐待などの早期支援につながる貴重なきっかけになる」と述べ、子育てにおける「地域力」の重要性を強調している。