監督:木村大作 原作:新田次郎 出演:浅野忠信 香川照之 松田龍平 宮崎あおい 役所広司
明治40年、地図の測量手として、実績を上げていた柴崎芳太郎(浅野忠信)は、突然、陸軍参謀本部から呼び出される。「日本地図最後の空白地点、劔岳の頂点を目指せ」―当時、ほとんどの山は陸地測量部によって初登頂されてきたが、未だに登頂されていないのは劔岳だけだった。
柴崎らは山の案内人、宇治長次郎(香川照之)や助手の生田信(松田龍平)らと頂への登り口を探す。その頃、創立間もない日本山岳会の会員、小島鳥水(仲村トオル)も剱岳の登頂を計画していた……
偉大なる撮影監督の作品であることをなるべく意識しないようにして観ていた。奇跡の瞬間としか思えないようなシーンの連続だが、それを過剰に意識することは作品の価値をむしろ損なうのではないかと思ったのだ。
あの尊大で傲岸で自己中心的な(笑)木村大作の作品であることも意識しないようにして観ていた。過剰に意識して無欲な主人公たちのドラマに入りこめなくなったらたいへん。
虚心に観て(ここまで意識しておいて虚心もないものだが)、文句なく傑作だと思う。山形(大石田町)出身の、淡々と仕事をこなす測量士と、なるべく目立たないように彼を支える案内人。これ、どこかで観た構図だと思ったら「デルス・ウザーラ」そのまんまなのである。生きる力を小さな身体に横溢させ、都会からやってくる軍人の生命を救ってみせる善意の現地人……黒澤明がなぜこちらを映画化しなかったか不思議なくらい。長次郎が「カピターン!」と叫びそう。
気象庁勤務の新田次郎が尊敬していた柴崎が山形人であることはちょっとうれしい(現実にふたりは会って話したこともあるのだとか)。「(故郷の)山形では……」というセリフがくりかえし出てくるし。そんな、地味で、無欲な男を浅野忠信が静かに演じていてすばらしい。案内人の香川照之は、純粋な役柄を演じるには瞳に邪悪さが見えかくれしてドキドキ
未踏の劔岳に、欧米の技術をもった山岳会の貴族的な(しかし享楽的ではない)青年たちに負けるなと叱咤する陸軍上層部。果たして最初に劔岳に到達したのは誰だったか……このラストは本当にうまく考えてあると思った。原作も、読んでみよう。少なくとも、新田の息子の品格云々な本よりはよほど面白そうだし。