造花の蜜〈上〉 (ハルキ文庫) 価格:¥ 680(税込) 発売日:2010-11 |
学生だったわたしは、三軒茶屋の古書店などでせっせとバックナンバーを集めたものだった。どこいっちゃったかなあ。
特に衝撃的だったのが泡坂妻夫。名探偵の紳士録をつくるとき、必ず最初に掲載されるようにとネーミングされた亜愛一郎(あ・あいいちろう)シリーズはすばらしかった。
「飛行機が写っている写真を見ると、みんなが『あ、飛行機の写真ですね』という。実は雲の写真かもしれないのに」
(「DL2号機事件」~角川文庫の「亜愛一郎の狼狽」に入っています)
……意表をつく、という意味で彼以上の作家はもう現れないかもしれない。
連城三紀彦は、そんな泡坂スタイルのトリッキーさと、のちに恋愛小説で名をなしたように叙情ゆたかな文体が特徴。「幻影城」に載ったデビュー作「変調二人羽織」はゾクゾクするミステリだった。「恋文」で直木賞をとったのに、マニア受けはしてもいまいちメジャーにならないなあと思っていたら、得度してお坊さんになった上に、お母さんの介護のために休業していたようだ。
再起第一作がこの「造花の蜜」。誘拐をめぐるミステリなんだけど謎のつるべ打ち。
・犯人が身代金の受け渡し場所に渋谷のスクランブル交差点を選んだのはなぜか
・身代金を当日になって減額要求(!)してきた理由は
・「人質の解放」と「身代金奪取」の順序が逆になっているのはなぜか
……など、よくもまあこれだけ仕込んだものだ。しかも、解放された人質から驚愕の事実が明かされ、誰が誘拐犯で誰が……あわわわ、ネタバレになってしまう。
二転三転する展開は、幻影城のころとちっとも変わっていない。「造花の蜜」というタイトルすら、読者をひっかけています。だまされない読者はひとりもいないはず。お坊さんがいつもこんなひっかけを考えているかと思うとうれしいかぎり。ぜひ。