前からすばらしい役者だと思っていたけれども、近年ますますその度合いが増してきて、こうなったら彼の出ている映画を全部観てやろうかと思うくらいだ。
浅野忠信。
彼の名でディスカス内を検索。それで見つけたのが「ロング・グッドバイ」(NHK)だったわけ。つづいてこの「岸辺の旅」をレンタル。
あら。監督が黒沢清だったのかっ。事前情報なしもたいがいにしないとね。
オープニング。無気力なピアノ講師の生活が淡々と描かれる。彼女(深津絵里)は“まるで死者のよう”だ。彼女のもとへ、夫(浅野忠信)が三年ぶりに現れる。静かなやりとりから、実は彼は死んでおり、何らかの理由で妻に会いに来たことがわかる。死者は夫の方だったのである。
「いっしょに来ないか。きれいな場所があるんだ」
当然のように観客は、妻にとっての死出の旅なのかなと予想する。一種の心中。岸辺の旅、というタイトルが、彼岸のことをさしていることは自明だし。
ここからしかし意外な展開に。夫は死後、新聞配達をしていた時期があったらしく、久しぶりにその新聞店をたずねる。店主(小松政夫)は気のいい男だが、ある屈託をかかえていた……
生者の世の中に、死者が意外なほど多く存在し、思い残したことへの後悔に沈んでいるという設定は、さすが黒沢清らしい。
怖くないホラーに見えて、しかしびっくりするほどのラブストーリーでもある。セックスができないルールが、夫婦の愛情を哀しく彩る。うーん、やっぱりいいな浅野忠信。そして、苦手だったけど深津絵里もすばらしい。