事務職員へのこの1冊

市町村立小中学校事務職員のたえまない日常~ちょっとは仕事しろ。

当世新採事情

2007-10-28 | 情宣「さかた」裏版

Wg 酒田地区情宣シリーズ。今回は若手向け。
発行は2002年5月27日。

前号表版にあったように、5月14日(火)は新採交流会。
「出てくださいよ。」中村書記長の厳命。
「なんだい新採交流会って。」
「教育センターで新採研やってますから、初日の夜に参加者を県教組が集めて交流の場を設定しているわけです。前からやってるんですよ。」
「へー。で支部長が参加して……」
「新採たちの、組合への好感度上げておかなきゃならないでしょう。」
好感度……それは自信ないな。

で、天童温泉舞鶴荘。隣の出羽路会館の跡地が単なる駐車場に使われている姿は哀しすぎる。少しブルーになりながら正面玄関へ。
「?」
後できいたら旅館の都合らしかったが、表にはどでかく「山形県教職員組合主催・新規採用教職員歓迎コンパ」の看板が。

 コンパだぁ?オレはそんなチャラチャラしたもののために100㎞も車を転がして来たわけじゃ…………楽しかった。不覚にもものすごく楽しかった。好感度がアップしたのは新採の方だったし。

 だいたい新採とは言え、新卒でいきなり採用された人は少数派。育児との両立に悩む人、長い講師経験や前歴を持った人、他県からやって来た人、いきなり部活の練習試合をまとめ上げるツワモノたち……新歓コンパと油断している場合ではなかったのである。

G  思えば近頃の新採たちは、ある意味かわいそうとも言える。“石を投げれば同級生に当たる”とまで評される40代~50代の教職員に比べ、少子化の影響をまともに受けて、まず圧倒的に数が少ない。この世代間格差のおかげで、先輩からのスキルの継承が、職場の実践から自ら学び取るよりも、初任研を始めとした官制の研修から“受講”する機会が多くなり、官制である以上、「こんな指導はしてはいけない」「私はこうして成功した」式の“強者の訓導”(受け手の中にはそう感じる人もいるはず)の色彩がどうしてもにじんでしまう。同世代の人間が多い場合に否応なしに行われる日常の切磋琢磨と交流の機会が、初手から失われているのだ。

 第一、小学校と中学校間の同世代交流など同じ学区にならなければほとんど無いに等しいし、他管に至ってはもう二度と会わないかもしれない。交流会で酒田の新採者たちに繰り返し「よく顔を憶えておくんだよ。年齢や経歴は違うかもしれないけれど、この人たちが、あなた方の“同期”だ。」と年寄りじみて話したのは、その意味もある。今までにどんなに違う人生を歩み、これから違う未来に旅立つとは言え、同期の連中はやはり一生の財産だ。職場が遠く離れても、「あいつらもがんばっているんだ」という思いは心の支えになってくれるだろう。少ないとは言っても、支えが百人もいるのだ。全県を通じても同期の事務職員がわずか二人しかいなかった私は、早朝の13号線を酒田に向けて走りながら、彼らのことを少しうらやましく思った。
 
 さて、長々と駄弁を弄したのはほかでもない。同じ世代の連中と交流を図り、自分の意志で自らを高めようと思うなら、県教組はその機会を腐るほど(笑)提供していることをお忘れなく。青年部の活発な活動と、元青年部員たちの交流の記憶(人脈とも言う)は、私たち県教組の、何よりの財産なので。

【情宣さかた 裏版Vol.8 2002年5月27日】

Wallace_sub2画像は「ウォレスとグルミット/野菜畑で大ピンチ!」Wallace & Gromit: The Curse of the Were-Rabbit(’05 英) 監督:ニック・パーク、スティーヴ・ボックス
 イギリス人の苦いユーモア爆発。低予算のホラー古典を徹底的にパクリながら、しかしフォーマットはちゃんといつものウォレスとグルミット。あのテーマソングが大メジャーで流れるだけでうれしい。
                     むしろ大人がよろこぶクレイ(粘土)アニメ。ぜひ☆☆☆☆

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余裕ないだろ。

2007-10-28 | 情宣「さかた」裏版

Que1 酒田地区の情宣シリーズ。今回は労金プッシュ篇。発行日は2002年5月20日でした。

ねぇ~ハワイぃ~」いかにもな主婦のおねだり。
ほれぼれするような絶妙のタイミングでリモコンでテレビを消し、「余裕ないだろ。」と突き放す亭主。

今は別のバージョン(新しいパソコンほしいなぁ)が流れているが、ご存知、ほのぼの○○○のCFである。
 このあと、わけのわからない飛行船が出撃するカットが入り、女房が「へそくり!」と亭主に現金袋を水戸黄門の印籠のように見せつける……

なんじゃこりゃあ!私は激怒した。こう読んだのである→妻はハワイ行きたさのあまり○○○に駆け込み、あとさき考えずに亭主にへそくりと偽って現金を叩きつけた、と。

 しかし繰り返し見ていると(何度も何度も見せつけられるのが消費者金融広告の暴力的なところ)、飛行船は「へそくり!」の後、失望したように出撃を断念しているので、このCMはこう読まなければならなかったのだ……ハワイ行きのお金ぐらいいつでも用立てますよ、と親切なほのぼの○○○号が心配するまでもなく、奥さんはきちんとお金を用意しておく出来た女房だったのでした。めでたしめでたし。ご利用は計画的に……。

Takefujis  しかし私のような誤解をした視聴者は多かったようで、宣伝部は釈明に追われたらしい。だいたいこんなベタなちゃっかり奥さん、フェミニストからは総スカンだろうし、彼女の表情には【何か邪悪なもの】すらうかがえ、なんか、すっきりしないのだった。

 不況が長期化し、需要が伸びているからといっても、圧倒的な宣伝量を誇り、多大な設備投資をして無人の契約機を町のあちらこちらに出現させ、経営者が高額所得番付に常に上位にランクされる消費者金融という業界に、どうも不自然なものを感じないだろうか。

 とにかくひたすらクリーンで若者向けのイメージを刷り込ませようとしている裏には、この業界が【常に新規の顧客を開拓しなければやっていけない】ことを示している。

 法律によって昔ほどの高利で貸し出すことはなくなったとはいえ、しかし年利20%近い金利は客に過大な負担を強いている。そのため、他の消費者金融から借金をして返済するという【多重債務者】の存在が、この業界の最大のネックになっている。自己破産等によって貸し倒れになることを彼らはもっとも恐れているのだ。結果、「どんなワークスタイルの」「はじめてのあなた」にも、「恋人のように」対応するという形で新たな利用者を待ち望んでいるわけ。そっちの方がリスクが小さいから。

 そしてこの業界に多額の資金をつぎ込んでいるのが【銀行】。こちらの方が実は罪が重い。消費者金融のように世間の指弾を受けることなく、大きなリスクを背負うこともなく、しかも公的資金を湯水のように注ぎ込まれ、そのくせ“貸し渋り”という一種の国民への背信行為を……(以下自粛)。

今回は消費者金融、そして銀行の悪口を言うことで、ご想像のとおり労働金庫をプッシュしているのです。数年前、各行がバブルの遺産である不良債権の処理に追われているスキに、イケイケとは無縁の存在だった労金の収益が県内トップになったことは、一種の痛快な皮肉と言えました。

 およそ銀行が、個人客など本気で相手にして来なかった過去を考えると、やはり“われわれの”労働金庫をメインバンクにしておくことが(あまり声高に言えない事情もあるけれど)自分を守ることにつながると言えるでしょう。本当に、もっと裏事情をさらしたいところですが、本日はここまで。

※このような話は、本当ならマスコミがもっと報ずるべきなのだが、既に営業上欠くことの出来ないスポンサーになっているため(以前は深夜にしかCMを流さないという矜持があったものなのに)、ほとんど語られない現状になっている。先日の青森の放火殺人にしても、その真相に突っ込んだ取材をする媒体はほとんど見られなかった。

※借金をする上で絶対に忘れてはいけないのは、“必要最小限の額しか借りない”ということ。実際に借りる段になると、つい余計に現金を手にしたくなるのが人情というものなので。

……2007年現在、例のグレーゾーン金利がようやく問題になり、あこぎな商売はむずかしくなっっている。しかしその分アンダーグラウンドな闇金が携帯を利用して繁盛しているのはどんなもんだかなあ。

Amelie画像はこの号の【組合員へのこの1本】

アメリLe Fabuleux Destin D’am’elie Poulain (’01 仏)
 なんてことだ。港座に続いて酒田シネマ旭まで閉館してしまった。授業をさぼった高校生たちはどこに行けばいいのだろう。すべてはシネコンのため、なのだろうが、豪奢にして快適なあのシステムにも欠点はある。複数のスクリーンで効率よく回転させるため“ヒットする映画は果てしなくヒットし、そうでもない映画はアッという間に消えていく”こと。ミニシアター系の作品を定期的に上映してもらうためには、来月上映の「アメリ」に客を呼ぶしかない。往時のシネサロン(酒田グリーンハウスの中にあった究極のミニシアター。客席数12)の夢よふたたび。

 この作品は、いつもはポルノを輸入している弱小配給会社が「いっちょ勝負かけてみっか」と大ばくちで購入し、若い女の子相手に大ヒットしたおめでたい映画。ある理由で学校教育を受けていないため、他人との距離がなかなかつかめずに小さなことで落ち込んでしまう女の子……主人公アメリのこんなキャラクターが現代人に愛されないわけがない。私は札幌の劇場で観たが、客席の反応はすこぶる良かった。小さなギャグにみな笑い、気恥ずかしくなるようなハッピーエンドに涙している。圧倒的な善意からアメリがしかける悪戯の数々は、はっきり言って犯罪だけどさ。それにしても場内は女の子たちでいっぱいだった。コロンの芳香で目がくらむ。空席はくたびれた中年男(私だ私)の隣にあるぐらい。敬遠されたかやっぱりー。

【情宣さかた裏版 Vol.7 2002年5月20日】

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「読売巨人軍再建のための建白書」草野進・渡部直己著 角川文庫

2007-10-27 | スポーツ

《「巨人が優勝を宿命づけられている」などという世迷い言を間違っても信じてはならない》

《巨人は、白無地すがたへの悪しき保守思想を捨てよ》

《野球が集団球技ではないことを自覚せよ》

《修学旅行の生徒を球場に近づけるな》

《満員の東京ドームには五千人の野球ファンしか入っていないと思え》

《ファウル・ボールを観客に与えよ》

《優勝祝賀パーティにはフランス産のシャンペン以外の飲みものを禁ぜよ》

Saga02 これを書いている平成13年6月4日現在、巨人は5連敗中。そのことに憤ってこの絶版の書をとりあげた訳ではありません。この本は、王が監督として解任され、藤田元司の第二期監督時代が始まらんとした平成元年のシーズンイン直前に出版されたものですが、現在のプロ野球が、そして読売巨人軍が、この建白書をうけて(そんなわけはないが)果たしてあれからどう変貌したかを検証してみたいと思ったからです。

渡部直己は毀誉褒貶の激しい文芸評論家。草野進(しん)は一応華道家ということになっている女性野球マニア……実は東大総長になってしまった蓮實重彦ですが、この二人の仕事の中ではおそらく野球評論が一番有益。特に蓮實の場合、ファッションで映画を語る口説の徒を量産した罪は、草野進としての仕事でやっと相殺できるくらいです。冒頭の、きわめてまっとうなフレーズを見れば、さすが学内で権謀術数を尽くして頂点に登りつめただけあって、アジテーターとしての力量はたいしたものだと思います(半分は皮肉ね)。

Hasumi で、プロ野球です。

現在の日本のプロ野球の将来が明るい、と無邪気に考える人はまずいないでしょう。視聴率と観客動員は低迷し、ファンの目は海の向こうのメジャーに移ってしまっています。ある意味、これは今までで最大の危機だといえます。黒い霧や長島解任、江川騒動の時だって観客はすぐにおとなしく球場にもどり、ビールと枝豆を用意してチャンネルを野球中継に合わせてくれたのに、今回の当面の敵は、ベースボールそれ自体なのです。

メジャーのスカウトが虎視眈々と狙う西武と巨人の両松井、近鉄の中村、ヤクルトの石井一久が太平洋を越えてしまうことを想像してみれば、その脅威に慄然とするのは球団関係者だけではないはず。現に私たちは今年、“イチローと佐々木がいないプロ野球”を見せられているのです。野球少年たちにとってあこがれの舞台だったプロ野球が、メジャーへのステップにすぎなくなりつつある!

Nomura しかしこの衰退は、日本のプロ野球界が自ら招いたものと言わざるをえません。

平成になってからの球界の流れを考えてみましょう。臆病なその心根が采配(ヒットエンドランの多用、鹿取の酷使)から透けて見える王貞治が解任されたのは嬉しいにしろ、引き続き基調音としてあったのは野村ヤクルトに代表される“相手の裏をかく”野球。

無死二、三塁で左バッターが打席に入った場合、どのような局面が予想できるか等、ベンチの隣に強引に坐らせた古田に延々とつぶやき続けた確率⇒ID野球が主流となっていました。

これはドジャースの野球理論を川上や牧野といった連中が輸入して移植したことに端を発するわけなので、巨人のやり方が敷衍された、とも考えられますが、これを“コクのある”野球と考える人は、スポーツについ自分の人生を重ね合わせる傾向のある、つまりはオヤジたちでしょう。会社の経営方針を野球の采配に例えてしまい、管理が先走るタイプ。広岡=森ラインの考え方こそ日本型経営のあり方だと調子にのるオヤジ。たくさんいましたね?学校を『経営する』という考えに疑問も持たない連中とか。

87年の日本シリーズ第6戦で、西武の辻が二死一塁からセンター前ヒットで(クロマティの緩慢な返球の間に)本塁まで生還してしまったあの時は、やはり統制のとれたチームは強いなあ、と巨人ファンにまで思わせたものです。実は私もショックでした。

でも、野球の本当の面白さはそんなチームプレーにだけ存するものではないことを、草野の著作は教えてくれています。IDを突き抜けた、プレーヤー(直訳すれば『遊ぶ人』です)の一瞬の超人的な動きにこそゲーム(くどいようですが直訳すれば『遊戯』です)の醍醐味があるはずです。その意味で野球において最も輝かしい瞬間は三塁打にこそある、とする草野の主張は100%正しい。走者の全力疾走、外野手の判断、内野手のカバーリング。これこそが野球であり、采配や管理などというものが存在する隙もない幸福な時間がそこにあるわけでしょう。

Kyojin その意味で、土井正三の巨人型指導を嫌い、フォームの矯正を拒否してファームに自ら残ったイチローと、打者との真っ向勝負を求めて渡米した佐々木のメジャー移籍は、日本型管理野球の限界を露呈しており、今さら新しいルール作り云々と巨人の老害オーナーが横やりを入れても無駄というものです。

もっと端的な例が野茂でしょう。鈴木啓示(※)という、もうハシにも棒にもかからない監督の下で働くことを拒否した彼に残された野球の道は、任意引退後のメジャー移籍しかなかったこの一種の悲劇は、家族的経営を標榜する近鉄球団の無能さと同時に、家族的であるがゆえに排他的なこの国の姿をも露見させてしまいました。

このまま、日本プロ野球がメジャーの選手供給機関として定着してしまうのか。あるいは、本当のワールドシリーズを戦う存在になりうるのか。いずれにしろ正念場なのですが、珍しく尊敬すべき権藤をクビにして森を監督にすえた横浜や、「あいつ(新庄)はメジャーの方が活躍できると最初から思っていた」と気の遠くなるような発言をかます某阪神監督(彼の長男が代理人として活躍している現状が皮肉でなくてなんだ)が居直っている発言を聞くと、嗚呼、道は遥かに遠いなあ、と思うのです。日本プロ野球はあれから、何も、変わってはいないと。

Suzuki ただ、希望として残るのは「長嶋茂雄」と「江川卓」というキーワードなのですが、それはまた後日。勝てよな、巨人。そろそろさぁ。

※鈴木に関してはその無能さをいくらでも挙げられる。日韓野球の解説の際に、日本プロ野球に欠けている美点を彼らが数多く持っているにもかかわらず、試合中発した解説はただひとつ「韓国はまだまだですね」だけだった。まだまだなのは解説者としてのお前だって

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天覧試合なんか知らない~第二試合

2007-10-26 | スポーツ

  (2001年9月)30日の試合には、やはり泣かされた。長嶋の挨拶にではなく、実は槇原のシーンで。あの、緊張でこわばりながらのメッセージを聞きながら、私は十数年前の広島市民球場を思い出していた。

Timemachine_0607 その試合は、広島VS巨人のカードには珍しく延長12回まで無得点で進んだ投手戦。巨人の先発槇原、広島大野豊の壮絶なピッチングが続いていた。私はその試合をバーのカウンターで見ていたのだが(なんか私は野球を飲み屋でばかり見ているようだ)、客は私一人。バーテンダーと二人で、流れるジャズを背景に、無音のテレビ画面を見つめていた。当時斎藤、桑田、槇原の三本柱が巨投では確立されており、槙原の翌日はたいがい桑田に回るローテーションだったのだが、次の試20000706makihara 合でKOされた桑田のことを解説者は「昨日の槇原のピッチングのせいで力みましたね」と語るほど、槇原の球威、コントロールはともに抜群の出来。対する大野も、例の内角に切れ込むストレートがテレビ画面を通しても怖いほどだった。結局この試合は、12回表に巨人が上げた1点を槇原が完封で守り切って勝ったのだが、この時の震えが来るほどの感動は忘れられない。プロのピッチャーって凄い。プロ野球って、こんなに面白いのかと……。

 王が、またやってくれたらしい。同じ9月30日の近鉄戦。ダイエーのピッチャー陣が、ホームランシーズン記録に挑むローズに投げたストライクは4打席18球中、わずか2球(朝日新聞より)。85年のバースに対した巨人(監督はもちろん王)と同じことをやっている。ため息がでる。日本のプロ野球はまだこんな馬鹿げたことを続けているのか。

 チームとして勝負を避けたのではなく、「監督に対する我々の配慮だ」(若菜コーチ)という発言が本当だとしても、ただ一人、王貞治だけは「勝負しろ」と言えたはずだし、王に本当に球界のことを、そしてファンのことを考える頭とハートがあったなら、王にはそうする義務さえあったはずなのに……。

030313_bbl_rose_200  野球人としての長嶋が【ミスター】を名乗ることが許されているのは、この王と対比すればよくわかると思う。自チームの中継の視聴率に一喜一憂し、テレビ局のスタッフとともに視聴率を上げるためにどんな方策があるかをこれほど真剣に考えた監督が他にいるだろうか。Jリーグの発足に誰よりも危機感をもち、人気のためなら“長嶋茂雄というブランド”を自ら徹底して利用し、マスコミに利用されることを許した人なのである。復活した背番号3のユニフォームを見せるために、カメラの位置まで意識して、嬉しそうにスタジアムジャンパーを脱いでみせたあの顔!

 ファン、という存在の有り難さと、そして怖さを知っている人だったのだと思う。プロ野球が、観客・視聴者の存在なしにはあり得ないのだ、という至極当たり前のことをいつも考えていたのだろう。

 だからむしろ、巨人のユニフォームを脱いだこれからこそ、日本プロ野球の沈滞を打破するために、長嶋ブランドは有効なはず。親会社の宣伝材料ぐらいの認識で、いっかなチームの強化に身を入れないオーナーたちや、若い層のファン獲得など思いもよらず、ナベツネをはじめとした老害連中の言うことばかり聞いているコミッショナーや機構にとっては特に。あ、長嶋は巨人の終身名誉監督になっちゃったんだっけか。あーナベツネめまた余計なことを。

 新監督原には、実は少し期待している。長嶋直系をこれだけ印象付けられれば(ホントは川上=藤田人脈だったはずなのに)、いやでも観客を意識した野球をしなければならないだろうし、選手会等を通じて、むしろ相手チームに敬愛されている人柄はひょっとしたら監督向きなのかも。でもちょっと心配なのは、デーブ大久保が日テレの番組でばらしたネタ……

Ookubo_2 いやー原さんってすんごい大雑把なんですよ。あの人がNHKでキャスターやってた頃、俺に聞いてきたんですよね。
「デーブさー。川上さんの名前(哲治)ってさー。なんて読むんだ?テツジか?テツハルか?」
「原さーん。」
「ま・どっちでもいいけどさー」どっちでも良くはないでしょ(笑)。そいでそばで聞いてた吉村が「あ、俺も知らねー」だって(笑)。で一週間ぐらいたってみんなでゴルフしてる時に遠くから岡崎が大声で
「原さーん!わかりましたー!テツハルでしたー!!」

……大丈夫か巨人(笑)。若返りを宣言した以上コーチ陣は軒並み若手に移るのだろうが、権藤ぐらいは入れといた方がよかないか?
 でも、前監督の数ある挿話のなかで私が一番好きなのは、長嶋が立教の学生時代の電車の中での会話。
「みんな、今度の黒澤明の『やりょうけん』て映画は面白いらしいぞ。」
「……長嶋、それ野良犬(のらいぬ)だよ」
大丈夫だよな、原でも(笑)。

0607_ou_shigeo 槙原の挨拶で泣けたのは、おそらく『自分の時代の野球が終わってゆく』ことへの感慨だと思う。同世代の選手が次々に現役を引退していくことは、仕方のないことだと理屈ではわかっていても、今度の【人事】はそれにほぼトドメをさした。それ以上の意味で、天覧試合の頃から長嶋を愛し続けた世代にとっては、彼の勇退はやはり痛いのだと思う。徳光は嘆きすぎだが。

 しかし、日本プロ野球は、それこそ天覧試合や槇原大野を知らない世代を取り込めなければ明日はない。このままでは、プロレスや大相撲の灯が消えていったように、私たちは“日本プロ野球が隆盛だった時代”=“長嶋のいた時代”にたまたま遭遇した消えゆく世代ということになってしまう。
その覚悟を裏切ったのが、同じ日の王貞治だったというのはつくづく泣けてくるわけだが……。くそ。がんばれローズ。あと100本打て

【2001年10月2日】

Nagashimasan2 ……あれから6年。長嶋はご存じのように病に倒れ、王はソフトバンクで「元気でいるかぎり監督を」と孫正義に要請されるぐらいの名監督に。原はナベツネによって理不尽に解雇され、最低監督だった堀内を経由して復活。で、先日のクライマックスシリーズではまたしても甘いところを見せたと(^o^)。ローズは隠居したと思ったら復活してバカスカ打ちまくり、大久保はなんと西武のコーチに就任。
 6年前との最大の違いは、しかしこんな野球ネタにみんな興味がなくなりつつあることだ。日本プロ野球よ、どこへ行く……

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天覧試合なんか知らない~長嶋茂雄のこと~PARTⅠ

2007-10-26 | スポーツ

Sigeo 今回は2001年9月29日の、長嶋辞任電撃発表のときのことを。

 もうずいぶん前になる。酒田の焼鳥屋で、友人と酒を飲んでいた。お互いに巨人ファンであることもあって、ペナントレースの話題で大盛り上がり。巨人ファンの悪い癖は、世の中全てが巨人バンザイという発言を許すのではないかと油断しているところ。カウンターの少し離れた所で独り呑んでいた柄の悪そうな中年がからんできた。

「お前ら、巨人ファンか。」
「……はい。」
しまったなあ。
どこがいいんだあんなチーム。」
「……。」やばい。かなりのアンチ巨人だよ。
「何で好きになったんだ?」
「んー、やっぱり子どもの頃に長嶋が……」
「ナガシマぁ?……長嶋か。それなら、まあ……わかる。……呑め。」わざわざ寄ってきてビールを注いでくれた。

 長嶋の現役時代を憶えているのは、もう30代も後半の連中が下限だろう。とにかくめちゃくちゃに華やかな男で、メディアも煽りまくっていた。そのことが刷り込まれていたせいか、王のホームラン記録云々には醒めた気持ちしか持てなかった。当時から、記録よりも記憶、と思っていたのであろう。そんなしゃれた言葉など思いもつかない頃だったわけだが。

Shigeo2  ジャイアンツが東京のチームのくせに地方にファンが多いのは、「踊る大捜査線」の号でも説明したように、ネット局が少なく、特に山形は読売傘下日テレ系山形放送しかネットしていなかったせい。要するに、テレビに映る野球とはすなわち巨人戦。これでは、好きになるか、アンチになるかの選択肢しか地方の子どもにはなかったわけだ。中継は7時30分から8時55分まで。延長なし。その後の展開は10時55分のわずか5分間のスポーツニュースまで待たなくてはならなかった時代。他のチーム、特にパ・リーグのチームにとっては我慢ならないはずのそんな状態を打破したのがフジ「プロ野球ニュース」だったのだが、まあそれは別の話。

 74年10月の引退試合のことは、実は後楽園の映像よりももっと印象深いことで覚えている。当時中学生だった私は、当然のように深夜放送に没頭していたのだが、その夜のDJ(パーソナリティ、なんて呼び方はもちろん存在しない)は吉田拓郎。テレビ出演拒否を貫いていた彼が「いやー今日はさすがにテレビで長嶋の引退試合見てたけど、たまにはテレビもいいのやるなーと思いましたね。」とコメントしていた。そのとおり、テレビ史上に残る、名シーンではあった。

 監督としての長嶋のことは、采配のことだけを考えればおそらく二流、の烙印は逃れ得まい。確かに頷けない采配は多かった。今季も、清原へのバント指示とか、何故か干し続ける清水とか、いろいろやってくれていた。

 だが、初年度に、打たれても打たれても打たれても打たれても打たれても打たれても新浦を使い続け、結局はエースに育て上げたことを見ても、単に無能な監督、と片づけられてはちょっと困る。技量としては藤田の方が上だとしても、選手を育てた点ではかなり評価されていいと思う。悪しき純血主義にとらわれていた球団に、非常時(自分の引退)を理由に日本プロ野球助っ人史上もっとも華麗な守備を見せたデイブ・ジョンソンを入団させたり、西本や新浦ら朝鮮系の選手をうまく使いこなした国際派(笑)ぶりだってたいしたものだ。どうやら野球通に評価の高いらしい野村やら森の今季の采配の混迷を見るがいい。監督にとって陽気さも必要条件であることがよくわかる。
 
Oyabun  現役時代や二度にわたる長期政権の間、長嶋はある意味読売の事情に振り回されてきたように思える。正力親子や(松太郎って長嶋が入団したとき生きてたっけ?)、販売の神様務台、そして現在のナベツネ、氏家に至るまで、ある者は応援し、ある者は川上を通じて敬遠しにかかった。しかし結局、長嶋人気に彼らが翻弄される結果に終わっているのは痛快ではある。今回の勇退でも、読売グループは必死で“ごくろうさま”ムードを盛り上げようと必死のようだが、前回(解任)程ではないにしろ、やはりダメージは避けられないだろう。

 長嶋が巨人入りするにあたっては、南海をふったために先輩である大沢親分をかなり怒らせたことが伝えられているので、サンデーモーニングではディープな舞台裏が話してもらえるかもしれない。それとも長嶋礼讃ムードに蹴散らされてしまうだろうか。一人ぐらいこんな時だからこそ喝!を入れてくれてもいいのだが。裏番組の徳光は徹底して神格化にかかるだろうからなおさら。

 ただ、正直に言えば今回の勇退で私はホッとしている。長嶋を愛するが故に、傷がつかず、ファンからの怨嗟の声の中で消えてゆく事態にならなかったことと、〈誰よりも監督がスター〉である球界はやはりどこか歪んでいると思うのだ。ナベツネの言うとおり永久政権などということになっていたら、長嶋の名は汚れ、誰も知りたくもない長女ネタ(精神を病んでいるらしい)とかがマスコミを騒がせたりしていたかもしれない。

一輪ぐらい、美しいままで消えてゆくひまわりがあってもいいではないか。             

ああ言いたいことはもっとたーくさんある。とりあえず、今回はここまで。次回は【視聴率を気にしてくれる監督】としての評価を。明日はドーム最終戦か……。

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ぼくのわたしのTV出演~チャンネル6「のど自慢」

2007-10-25 | 読者レス特集

チャンネル5「ミスコン2」はこちら

さて、トリは例のお寺バンド姉妹。

Mail04c のど自慢予選会は、おもしろかった。
1回目は、天童市文化会館であったやつ。はがきで応募して、その時点で選考漏れ(抽選漏れ)もあるらしい。700通近い応募のうち、予選出場者は250組。
数々の懸賞応募で鍛えたはがきの書き方で、みごと予選会への切符を獲得!

そのはがきを出す時点で曲目も決まっていなくちゃいけないのがつらいところです。

Photo 姉とハモりたかったので「さよなら大好きな人」(花*花)を選曲。曲名のあいうえお順に番号がつき、1組20秒だけ歌うことができる。たった20秒で巧く歌い、自分を出さなければならない。
私と姉は緊張しまくり、そんなに巧くない歌はもっと下手になり、表情もかたく……。

そのときの敗因のひとつとしては、157番だったかなのに、他の人の歌が面白くてずーっと聴いていて、自分の番にはもう非常に疲れていたのでした。
それから、美人じゃない姉妹が二人そろうと、ブスの2乗になってよくないかなあ、と。
次回はこのコンビ解消しよう!わたしは振り袖着て、天童よしみでいこう!と心に決めました。

2回目の予選会出場の時、すでに応募はがきを「夜明け」(天童よしみ)で書いていたわたしに姉が「すっごい良い曲みつけた!」と言ってきて、またもや花*花「涙のチカラ」。みんなのうたでやってたそうだけど、なんかマイナーな曲だし、また花*花ってのもなあ。でもしぶしぶ承諾し、振り付けまでして予選に臨んだのでした。姉の職場の方も2人出場し、ポスタープリンターで横断幕まで作って来てくれて。今回は尾花沢市であったのですが、山形にお泊まりして次の日の本番も見ました。ゲストは川中美幸と橋幸夫でした。意外にも橋幸夫の歌がよかった。ステージ上の出場者も巻き込んでのお祭り囃子みたいな曲で。

今年3月の山形市の予選会は、RIZEのライブのためもう行かないことに決めてるわたしですが、姉はまだひそかに出場する気があるみたい。一人で出た方が歌はうまいと思うけど。
でも、テレビで見る自分って現実だよね。その度うぉーっし、やせるぞーなんて思うのですが。

Second_stage もう、この姉妹にはなんも言えん(笑)。くれぐれも、お元気でとしか。
さて、この企画最後におまけ。もうオンエアは終了しているようだけど、(当時)山形と宮城で放送されている蔵王高等学校のCM。あのコンビの左側の地味な方は、実はウチの隣家の長男です。親の反対おしきって芸人になる選択をしたのでした。オヤジ(アニマルズのひとり)は泣いてるぞジュン

……このジュンがネタをつくっていたコンビは、その後「久遠」とか色々な名前に変わりながらついにコンビ解消。現在はピンで仙台で活動中。どうかごひいきに。

次回は「つばさ」

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ぼくのわたしのTV出演~チャンネル5「ミスコン2」

2007-10-24 | 読者レス特集

チャンネル4「コップのなかの嵐」はこちら

Mail01j地味。高校生のとき。天神祭(化けもの祭)のインタビューで。
レポーターは隣で自転車を引っ張っている友人にインタビューしたんだけど、この子がもうえらくシャイできっぱり断ることもできずに無言状態。見かねてしゃべったのがかなりカットされたもののNHKでオンエアされたらしい(わたしは観てない)。
Bakemono 翌朝汽車通のわたしが教室に入ると、これまた汽車通のヤツらが(つまり市内の同級生なんかはまだ来ないまばらな状況)「よっ!テレビ出演者!」とまるで舞台へのかけ声さながらに囃してくれた。肝心の本人は見ていないんだから盛り上がりに欠けたけど。親戚から次々電話がくるあたりがローカルだなあ、と痛感。
放映されたインタビューの内容?
レポーター「わたしも一応仮装してみたんですがどうでしょうねえ?」
わたし「……素顔でいけるんじゃないですか」

これは鶴岡の化け物祭を知っているとなお趣深いだろう。地味ながら、いい味を出しておる。それにしても「汽車通」いいっすね(笑)。この人からはもういっちょ。

Mail03a 実はウチの妹もミス最上川コンテストに出場した経歴をもつ(出場しただけ)。狙いは参加料1万円。仲間たちとの飲み代稼ぎだった模様。

そうだった。ミスコンのギャラって話だったな。ちゃんといただいておりますとも情報を。例のミスに。

I_mail 確か「雪んこ」が謝礼金1万円と参加賞として高さ30㎝ぐらいのトロフィーでした。ボーリング大会も同じく1万円だったかな。ちなみに「ミスポート」大会は参加者全員に1万5千円で、優勝者(笑)には賞金として5万円と「マシマ」の化粧台プレゼント付。翌年沖縄旅行にも招待されて行って来ましたが、なんのことはない、高齢者といっしょの単なるコンパニオンでした(笑)。

Miss_alcazar_2006_4_mainimg_1 うーんコメントはむずかしい。コストとしてどうなんだろうミスコン出演って。ちなみにこのミスの年ではないんだけど、酒田市だか商工会議所だかが主催するこの沖縄旅行、ウチの同僚(♂)も参加したことがあり、「んもーぜぇぇんぶ年寄り。ミスポートいねがったらシャレなんねけぜ」ということだった。なに期待してたんだか。

チャンネル6「のど自慢」につづく。

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ぼくのわたしのTV出演~チャンネル4「コップのなかの嵐」

2007-10-24 | 読者レス特集

Zao

チャンネル3「マギー・ミネンコ」はこちら

それではわたしの出演話を。これ、実はすごい事件だったんだよなぁ。今では歴史の彼方ですが。

今思えばまったく不毛な泥仕合を演じていたわが県教組の、主流反主流のバトルが最高潮をむかえていた頃のお話。

まあ人数合わせの意味合いもあって、定期大会の代議員になって蔵王のホテルに泊まった。当時は2日間にわたって罵倒の応酬をやっていたわけである。わたしはどうせ“コップの中の嵐”だと内心冷めた思いでいた。

で、二日目のこと。この日だけ参加する代議員がやってきて、酒田がめずらしく代議員定数を超えてしまう。当時の書記長は当然のようにわたしに寄ってきて、「堀くん、傍聴にまわってくれない?」と依頼していく。

便利屋であることに微塵も疑問をいだかず、あーかえって楽ができていいやと軽く応じて後ろの傍聴席に移る。座っているのはわたし一人。

そしてそのとき、大会は騒然としはじめ、反主流派が退席する、という事件がおきた。退席してどこに行くかというと……
来ましたよ。わたしの周りにごっそり。

Mogamigawa そしてまた向こう側の親分みたいなオヤジがわたしの隣にすわり、退席した代議員たちにあれこれ指示を出し始めたのだ。おいおいちょっと勘弁してくれないか。
で、このときに寄ってきたのがテレビカメラ。もちろん被写体としてはオヤジがメインなんだけど、どうしたって枠のなかにわたしが入ってしまう。
違うーっ!おれは違うーっ!
そんな心の叫びも虚しく、硬い表情をした大柄な事務職員が、唾を飛ばして怒鳴る連中の真ん中で、ポツンとすわっている可愛い絵がオンエアされたのだった。ふう。

あ、もうひとつあったな。小学生のころ、オヤジと最上川に白鳥を見に行ったら、ちょうどそのときYBCが季節の風物詩みたいな取材に来ていて、おそらくそのあたりでいちばんフォトジェニック(笑)だったわたしをどアップで撮影し、その日の夕方のニュースでオンエアされたのでした。翌日はちょっとしたスターざんしたよ。

チャンネル5「ミスコン2」につづく。

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ぼくのわたしのTV出演~チャンネル3「マギー・ミネンコ」

2007-10-23 | 読者レス特集

Mail04b

チャンネル2「ミスコン」はこちら

大学時代のローカル番組「腕相撲大会」出演の巻

あれは十数年前(二十年前に近いか)、某テレビ局勤務の女の子から、出演者募集と、出演者への賞品カップラーメン1箱という話をきき、同じサークルの友といっしょに出場。応援団付き。応援団(約6名)もしっかりテレビに映る。しかし、腕自慢の出場者のなかであえなく1回戦敗退。ちなみにその番組の司会はシェリー。本番前に彼女は和田アキ子の話をし、足のサイズが30センチ近くだとか、麻雀をし、数万円動いた(多分負けた)直後に「あそこのスーパーで買った方が500円ぐらい安いのよ」などという和田アキ子にまつわる話をしていた。

Minennko ……シェリー!なつかしー(どうしても画像が見つからん)。若い読者にはほとんど意味不明かもしれないけれど、いたんだよこんなタレントが。立ち位置としては和田アキ子周辺の「うわさのチャンネル」の……うーんつまりマギー・ミネンコみたいな。もっとわけわかんねーか。

 でもこんな学生がバカやってる系の番組ってけっこうあった。「フィーリングカップル5VS5」とか「ラブアタック!」とかね。関西の大学だと2年生のことを2回生なんて自己紹介するのな。あれは気持ち悪かった。そういえば山形大学に入った同級生がフィーリングカップルに出たりしたんだけど、こいつが実は今度の市長選で……言えねー言えねーまだ言えねー。

 メジャーな局はどうだったのかは知らないが、ローカル局だとカップ麺一箱で出演料がまかなえたりするんなら、これは制作側にとってはおいしい番組だろう。そのカップ麺だってスポンサーからぶんどってきたものなんだろうし。この頃から、“大学生はどんなバカをやってもよし”という風潮ができあがってきたのだと思う。テレビ局の罪は重い(笑)。

5vs5  で、この人はもう一回出ている。

Mail01b 支部教研前夜祭の巻

今年(’02年)の9月下旬、意を決する。番組はNHKわいわいほっとチャンネル。要するに支部教研の前夜祭の講演の宣伝をしたわけである。その後、これがきっかけで平和センター主催の「学校給食を考えるシンポジウム」も、この番組を使って宣伝をすることになった。ぼくの影響が大?

……もう職業ばればれ。酒田じゃない地区の書記長ざんす。みなさんにお願いしたいのは、ほんとにこういう地味ぃな出演話です。だれでもミスコンやのど自慢に出場しているわけじゃないのは承知していますから(笑)。

チャンネル4「コップのなかの嵐」につづく。

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ぼくのわたしのTV出演~チャンネル2「ミスコン」

2007-10-23 | 読者レス特集

チャンネル1「ロックフェス」はこちらMisscon

テレビ出演ねぇ……うーん、封印されてたパンドラの箱を開けることにします。
2回出ました(笑)。
最初は、今から16,7年前に山形放送で放映した新庄市主催の「ミス雪っ子コンテスト」に出場しました。
2回目はその2,3年後だと思いますが、同じく山形放送の「山形ご当地ミス対抗(注;ミス花笠、ミスばらの女王、ミスポートなど)新春ボーリング大会」です。
どちらも当然県内ローカル放送です……この時点で間違いなく大笑いしてますね?
出演の動機は、決してミスコン荒らしが趣味だとか、ましておのれのビジュアルに自信があったのではなく、出場者にわたされる金一封欲しさの純粋な金目当てなので、どうか誤解のないようお願いします(苦笑)。

……特殊な事例だ(T_T)。
確かにこの人のビジュアルは一級品なのだけれど、なにしろ性格が吉本系だからなあ(笑)。それにしてもミスコンに出るといったいいくらもらえるんだろう。
ミスコンで思い出した。わたしはミスコンがらみでTV出演する機会をみすみす逃してしまったのだ。

知り合いにもうひとりミスがいるんだけど(ひょっとしたらわたしはもの凄く恵まれた環境にいたのかもしれない)、この人が桂三枝が司会のクイズ番組に招待されることになった。なにしろミスだからね。で、一人男性と一緒に出場することになったのだけど、彼女のまわりでクイズに強そうな人、ということでわたしに声がかかった。光栄な話ではあるんだけど、非常にシャイな人間だった(ホントだって)わたしは、その状況におそれをなし、「かんべんしてくれよー」と断ってしまったのだ。今から思えばもったいない話。オンエアーを見たら、予想通り男性出演者は三枝からさんざん突っ込まれて笑いものにされ、ミスの美しさを引き立てる役割だったから、まあ正解ではあったのだが。ちなみにこっちのミスはその後わたしの友人と結婚し、ミセスとなっております。

チャンネル3「マギー・ミネンコ」につづく。

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