先日の記事で敗戦直後の札幌大通の話をした。その時、大通2丁目の大きな建物に気付いた。上図黄色矢印。知らない建物があるばかりでなく、この当時の大通の道が違う。すなわち、現在大通公園となっている帯状地域の北側は道路が一貫して走っている。でも、この敗戦直後の大通2丁目は北側の道路がなく、建物の敷地となっている。なんだろう?と思った。
まず、航空写真を見た;
黄色矢印が知らない建物。そして、上から見るとやはり現在では大通公園の北側の道となっている場所を跨いで建物がある。ちなみに、㋐が拓銀本店(当時)[米軍司令部として接収]、㋑が今の大通公園3丁目にできた米軍用の教会。
すなわち、現在の大通2丁目には何か巨大な建物がある。何だ?これは。
1961-1969年の間の航空写真。ある。左の3丁目は公園が造成されている。
ネット探していると、建物の色がわかった。
赤レンガの建物だった。それにしても巨大。
戦前から大通2丁目にはこんな巨大な赤レンガの建物があったのだ。聞いたこともなかった。
調べた。わかった。この巨大な赤レンガの建物は、陸軍被服支廠として建てられたもの(らしい)。ネットに真正面から解説したものは見つからなかった。でも、「陸軍被服支廠、陸軍被服工廠」でググと廣島など各地に赤レンガのこの建物に似たものが建てられたとわかる。Google[陸軍被服支廠 広島]。広島のものが現存するが、札幌のは1960年代に取り壊されたのだ。
本籍地から1kmも離れていない場所のことなのに、初めて知った。