朝日新聞は日本を貶めることが正義だと勘違いしている。あいちトリエンナーレの「表現の不自由展・その後」の再開を喜ぶのは、そこから抜け出せないからであり、イザヤ・ベンダサンが『日本教について』において指摘した「朝日新聞の『ゴメンナサイ』」を未だに繰り返しているのである▼その本でベンダサンは、朝日新聞が中国での日本人が行ったとされる虐殺事件を克明に記載した記事について論評し、「私の責任」を認めれば「責任が解除される」と思っていることに疑問を呈したのだ。普通であれば、それが事実であれば、責任が追及されるべきなのに、「ゴメンナサイ」とあやまれば許されると勘違いしているのが「日本教」の世界だというのである。自分が行ったことが事実かどうかよりも、謝罪すれば人間関係がスムーズにいくのが日本人なのである。でっちあげであろうとも、頭を下げれば相手が理解してくれると信じているのだ▼日韓関係がこじれてしまったのは、「朝日新聞の『ゴメンアサイ』」で解決すると高を括っていたからなのである。日本人が悪いことをしたと口にしているわけだから、それなりの賠償を求めてくるのは当然の成り行きだ。「ゴメンナサイ」では済まないのが世界の常識である。我が国への批判が事実にもとづかないのであれば、堂々と自らの主張を述べるべきで、安易に妥協してはならないのである。
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資料を一度ひもとけば露見する明白な歴史わい曲だが、ソル氏や放送局が謝罪どころか訂正したという話はついぞ聞かなかった。実は、特に驚くようなことではない。韓国で『手当たり次第反日』はいつもこのように免罪符を受けてきた。(中略)
私たちは事実を事実通り見なければならないという、その単純な常識さえ学ぶことができなかった。」(2019/5/10 中央日報日本語版)
大事なことだから、何度でも繰り返し言おう。「事実を事実通り見なければならない」。
『検定版 高等学校韓国史』は、Ⅴ章8項の「抗日義兵運動が起こる」で4ページを使い、「第一次朝鮮総督府統計要覧」の義兵との「交戦回数・交戦義兵数」まで引用して、激烈な抗日義兵運動があったとする。
しかし、その実態は、本当はどうだったのか。
「義兵は『激烈な抗日』の主役に据えられているが、同時代人の儒生・黄玹は、イメージとほど遠いその実態を伝えている。
『忠を抱き、義に因る人は、若干名に過ぎなかった。名を売ろうとする者が導き、禍を楽しむ者が附き、悪人どもが千人、百人と群れを成し、みな“義兵”と称していた』『残忍、凶暴、淫蕩で、略奪し、強盗と異なるところのない者がいた』
当初彼らは内陸を通行する丸腰の日本人を襲撃していたが、やがて朝鮮の良民に矛先を向けるようになり、犠牲者は時に日本人の10倍にもなったという。(中略)
蜂起の件数が多かったことをあげて抵抗の激しさを強調する向きもあるが、組織も統一もなかったから、騒擾が各地でおきたというだけである。十数人の討伐隊が鎮圧に向かうと、百人、千人が蜘蛛の子を散らすように逃げるというのが『義兵戦争』の実態だった。
『暴徒の実力に至りては実に微弱』で『二百乃至三百の団衆に対しても1小隊(注:30人程度)以上の兵力を用いる程の強抗を受けたること無く』というのが日本側の認識・・・現に『義兵戦争』たけなわの1907年春、在韓日本人の不平を尻目に、駐屯2個師団のうちの1つが内地に引きあげている。日本の治安当局は、本州ほどの広さのこの地に、1個師団もおいておけば十分と考えていたのである。」(『韓国「反日主義」の起源』草思社刊)