創作日記&作品集

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「わたしなりの枕草子」#344

2012-03-13 07:22:36 | 読書
【本文】
 うちとくまじきもの②
 屋(や)形(かた)といふものの方(かた)にて押す。されど、奥なるは頼もし。端(はた)にて立てる者こそ目くるる心地すれ。「早(はや)緒(を)」とつけて、櫓(ろ)とかにすげたるものの、弱げさよ。かれが絶えば、何にかならむ。ふと落ち入りなむを。それだに、太くなどもあらず。
 わが乗りたるは、清げに造り、妻戸開け、格子あげなどして、さ、「水とひとしう、下りげに」などあらねば、ただ、「家の小さき」にてあり。
 小舟を見やるこそ、いみじけれ。遠きは、まことに笹の葉を作りて、うち散らしたるにこそ、いとよう似たれ。
 泊まりたる所にて、船ごとにともしたる火は、またいとをかしう見ゆ。
「端舟」とつけて、いみじう小さきに乗りて、漕ぎ歩(あり)く早朝(つとめて)などいとあはれなり。
「あとの白波」は、まことにこそ、消えもていけ。よろしき人は、なほ、乗りて歩(あり)くまじきこととこそ、思ゆれ。徒歩路(かちぢ)もまた、恐ろしかなれど、それはいかにもいかにも、地(つち)に着きたれば、いとたのもし。
「海はなほ、いとゆゆし」と思ふに、まいて海士(あま)の潜(かづ)きしに入るは、憂きわざなり。腰に着きたる緒の絶えもしなば、「いかにせむ」とならむ。男(をのこ)だにせましかば、さてもありぬべきを、女はなほ、おぼろげの心ならじ。舟に男(をのこ)は乗りて、歌などうち唄ひて、この栲縄(たくなは)を海に浮けて歩(あり)く、あやふく、後ろめたくはあらぬにやあらむ。「のぼらむ」とて、その縄をなむ引くとか。まどひ繰り入るるさまぞ、ことわりなるや。舟の端(はた)をおさへて放ちたる呼吸(いき)などこそ、まことに、ただ見る人だにしほたるるに、落し入れてただよひ歩(あり)く男(をのこ)は、目もあやにあさましかし。

【読書ノート】
 屋(や)形(かた)=屋根の形をしたもの。(屋(や)形(かた)もあるような)大きな荷船。 方(かた)にて=そばで。押す=(櫓(ろ))を押す。奥=内側。頼もし=安心。端(はた)=端。早(はや)緒(を)=命綱。かれ=早(はや)緒(を)。ふと=たちまち(海に)。
 水とひとしう=(荷船ほど)水面と同じに。
「いみじけれ」この語はやっかいですね。諸注を比較してみましょう。
「ひどく心細いものだ」→萩谷朴校注。
「まったく恐ろしい」→石田穣治訳注。
「ひどく恐ろしい」→枕草子・小学館。
「ホント大変だわよねェ」→桃尻語訳。
「端舟」=艀(はしけ)船(ぶね)。
「あとの白波」=世の中を何にたとへむ朝ぼらけ漕ぎ行く舟のあとの白波。
 名文です。
 憂きわざ=せつない仕事。→桃尻語訳。上手いですね。さすが小説家と唸ってしまいます。私もこうありたい。男(をのこ)だにせましかば=男がするのならば。栲縄(たくなは)=こうぞなどの繊維で作った縄(命綱)。後ろめたく=気がかり。しほたるる=海水に濡れてしずくが垂れる。→涙で袖が濡れる。目もあやに=見るにたえないくらい。
 海女の様子は今も同じですね。
ーえせ者。さるは。「よし」と人に言はるる 人よりも、うらなくぞ見ゆる。ーの文が再び浮かびます。海女と夫ほど信頼がなければ成り立たない仕事はないですものね。