創作日記&作品集

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「わたしなりの枕草子」#352

2012-03-21 08:03:22 | 読書
「わたしなりの枕草子」#352
【本文】
二百九十四段
 僧都の御乳母(めのと)のままなど
 僧都の御乳母(めのと)のままなど、御匣殿(みくしげどの)の御局(みつぼね)にゐたれば、男(をのこ)のある、板敷のもと近う寄り来て、
「からい目を見候ひて、誰にかは憂(うれ)へ申し侍らむ」
とて、泣きぬばかりの気色(けしき)にて、
「何事ぞ」
と問へば、
「あからさまに、ものにまかりたりしほどに、侍る所の焼け侍りにければ、寄居子(がうな)のやうに、人の家に尻をさし入れてのみ候ふ。馬寮(むまづかさ)の御秣(みまくさ)積みて侍りける家より出でまうで来て侍るなり。ただ垣を隔てて侍れば、夜殿に寝て侍りける童女(わらはべ)も、ほとほと焼けぬべくてなむ。いささか物も、取(と)う出侍らず」
など言ひをるを、御匣殿も聞き給ひて、いみじう笑ひ給ふ。
  みまくさをもやすばかりの春のひに
  よどのさへなど残らざるらむ
と書きて、
「これを取らせ給へ」
とて投げやりたれば、笑ひののしりて、
「このおはする人の、『家焼けたなり』とて、いとほしがりて、賜ふなり」
とて、取らせたれば、展げ(ひろ)てうち見て、
「これは、なにの御(ご)短(たん)冊(ざく)にか侍らむ。物いくらばかりにか」
といへば、
「ただ読めかし」
といふ。
「いかでか、片目もあきつかうまつらでは」といへば、
「人にも見せよ。ただ今召せば、頓(とみ)にて上へ参るぞ。さばかりめでたき物を得ては、何をか思ふ」
とて、みな笑ひまどひ、のぼりぬれば、
「人にや見せつらむ」
「里に行きていかに腹立たむ」
など、御前に参りてままの啓すれば、また笑ひ騒ぐ。御前にも、
「など、かくもの狂ほしからむ」
と笑はせ給ふ。

【読書ノート】
 僧都=円。伊周らの弟。まま=乳母(うば)の別称。御匣殿(みくしげどの)=定子の妹。板敷=縁側。
 からい目を見=ひどい目に遭いまして。 憂(うれ)へ=訴え。
「何事ぞ」=(まま)。
 あからさまに=またたきをする瞬間を意味する。ちょっと。あからさまに=ヤドカリ。童女(わらはべ)=妻の通称。ほとほと=もう少しで。「みまくさ」に「草」を「燃やす」に「萌やす」を「火」に「日」を「夜殿」に地名の「淀野」をそれぞれ掛ける。「日」と「夜」は反対語。主語は清少納言。
【みま草を燃やすわずかな火で夜殿までがどうして残らず焼けてしまったのでしょう】→枕草子・小学館。
 このおはする人=清少納言。主語は「まま」。
 片目もあきつかうまつらで=読み書きできないこと。ただ今召せば=すぐにお召しだから。
「など、かくもの狂ほしからむ」=中宮の、下賤の者をからかう女房達への軽いたしなめ。