創作日記&作品集

作品集は左のブックマークから入って下さい。日記には小説、俳句、映画、舞台、読書、など…。そして、枕草子。

「わたしなりの枕草子」#343

2012-03-12 07:18:35 | 読書
【本文】
二百八十六段
 うちとくまじきもの①
 うちとくまじきもの。
 えせ者。さるは。「よし」と人に言はるる 人よりも、うらなくぞ見ゆる。
 船の路(みち)。日のいとうららかなるに、海の面のいみじうのどかに、浅緑の打ちたるを引き渡したるやうにて、いささか恐ろしき気色(けしき)もなきに、若き女などの袙(あこめ)・袴など着たる、侍の者の、若やかなるなど、櫓(ろ)といふもの押して、歌をいみじう歌ひたるは、いとをかしう、やむごとなき人などにも見せ奉らまほしう思ひ行くに、風いたう吹き、海の面ただ悪しに悪しうなるに、ものもおぼえず、泊まるべき所に漕ぎ着くるほどに、船に波のかけたるさまなど、片時に、さばかり和(なご)かりつる海とも見えずかし。
 思へば、船に乗りて歩(あり)く人ばかり、あさましう、ゆゆしきものこそなけれ。よろしき深さなどにてだに、さるはかなきものに乗りて、漕ぎ出づべきにもあらぬや。まいて、底ひも知らず、千尋(ちひろ)などあらむよ。
 物をいと多く積み入れたれば、水際はただ一尺ばかりだになきに、下(げ)種(す)どもの、いささか「おそろし」とも思はで走り歩(あり)き、「つゆ荒うもせば、沈みやせむ」と思ふを、大きなる松の木などの、二三尺にて丸(まろ)なる、五つ六つ、ぼうぼうと投げ入れなどするこそ、いみじけれ。

【読書ノート】
 うちとくまじきもの=油断のならないもの。
 えせ者=「あしと人に言はれる人」。→能因本。
「油断のならないもの」として「船の路(みち)」=船旅を挙げています。ここで活躍するのは「えせ者」です。
 少女時代の体験に基づいて書かれています。二四二段にもあります。素晴らしい心理描写と共に当時の風習が生き生きと描かれています。
 若き女=(品位の高い)遊女。→萩谷朴校注。ものもおぼえず=どうしたらよいか分からない。片時に=ほんのしばらくの間。ほどに=間。
 ばかり=……ほど。あさましう=あさまし=一般的規範から大幅に逸脱している事柄。あきれるほど。ゆゆしき=恐ろしげな。尋=両手を左右に広げた長さ。
 水際=水面から。荒うもせば=荒く扱えば。丸(まろ)なる=丸太。ぼうぼうと=ぼんぼんと。擬声語。いみじけれ=メチャクチャよ。→桃尻語訳。決まってます!

「わたしなりの枕草子」#341

2012-03-10 08:27:02 | 読書
【本文】
二百八十四段
 宮仕へする人々の出で集まりて
 宮仕へする人々の出で集まりて、おのが君々の御ことめできこえ、宮の内・殿ばらの事ども、かたみに語りあはせたるを、その家主(いへあるじ)にて聞くこそをかしけれ。
 家広く、清げにて、わが親族(しぞく)はさらなり、うち語らひなどする人も、宮仕へ人を、方々(かたがた)に据ゑてこそあらせまほしけれ。さべき折はひとところに集まりゐて、物語し、人のよみたりし歌、何くれと語りあはせて、人の文など持て来るも、もろともに見、返りごと書き、また睦まじう来る人もあるは、清げにうちしつらひて、雨など降りてえ帰らぬも、をかしうもてなし、参らむ折は、そのこと見入れ、思はむさまにして、出だし立てなどせばや。
 よき人のおはしますありさまなどの、いとゆかしきこそ、けしからぬ心にや。

【読書ノート】
 私的なサロンの夢を語っています。実家ではこうありたいと。
 出で集まりて=退出して集まって。
 家主(いへあるじ)にて=家の主の立場で。
 方々(かたがた)=部屋部屋に。さべき折=しかるべき折には。睦まじう来る人=(女房と)親しくしていて、訪ねてくる男性には。しつらひ=(室内を)飾って。参らむ折は=主君のもとに参上する時は。見入れ=身を入れて世話をする。思はむさま=思い通りの(満足のいく)ありさまにして。出だし立て=(家から)出して。ゆかし=知りたい。
 最後の一行は宮使いを退いて後の感想と思われます。

「わたしなりの枕草子」#340

2012-03-09 08:11:04 | 読書
【本文】
二百八十三段
 十二月(じふにぐわち)廿(にじふ)四(よつ)日(か)
 十二月(じふにぐわち)廿(にじふ)四(よつ)日(か)、宮の御仏(みぶつ)名(みやう)の、半(はん)夜(や)の導師聞きて出づる人は、夜中ばかりも過ぎにけむかし。
 日(ひ)来(ごろ)降りつる雪の、今日はやみて、風などいたう吹きつれば、垂氷(たるひ)いみじうしたり。地(つち)などこそむらむら白き所がちなれ、屋の上はただおしなべて白きに、あやしき賤(しづ)の屋も雪にみな面隠(おもがく)しして、有明の月のくまなきに、いみじうをかし。銀(しろがね)などを葺(ふ)きたるやうなるに、「水晶の滝」など言はましやうにて、長く、短く、ことさらにかけわたしたると見えて、言ふにもあまりてめでたきに、下簾もかけぬ車の、簾をいと高うあげたれば、奥までさし入りたる月に、薄色・白き・紅梅など、七つ八つばかり着たるうへに、濃き衣(きぬ)のいとあざやかなる艶(つや)など月にはえて、をかしう見ゆるかたはらに、葡萄(えび)染(ぞめ)の固紋(かたもん)の指貫、白き衣どもあまた、山吹・紅(くれな)など着こぼして、直衣(のうし)のいと白き、紐を解きたれば、脱ぎ垂れられて、いみじうこぼれ出でたり。指貫の片つ方は軾(とじきみ)のもとに踏み出だしたるなど、道に人会ひたらば、「をかし」と見つべし。月の影のはしたなさに、後ろざまにすべり入るを、常に引きよせ、あらはになされて、詫(わ)ぶるもをかし。
「凛(りん)々(りん)として氷鋪(し)けり」
といふ言を、返す返す誦(ず)じておはするは、いみじうをかしうて、夜(よ)一夜(ひとよ)も歩(あり)かまほしきに、行く所の近うなるも、口惜し。

【読書ノート】
 宮の=中宮御所での。半(はん)夜(や)=御仏(みぶつ)名(みやう)は初・半・後にわかれ、それぞれ導師を異にする。
 日(ひ)来(ごろ)=何日も。垂氷(たるひ)=軒のつらら。賤(しづ)の屋=身分の低い者の家。「水晶の滝」=(つららは)。ことさらに=わざわざ。言ふにもあまりてめでたき=言い尽くせないくらい素晴らしい。
 名文ですね。次ぎに幻想的な文章が続きます。
 脱ぎ垂れられて=肩脱ぎになって。いみじうこぼれ出でたり=(下の衣が)。軾(とじきみ)=車の前に横に渡したいた。月の影の=月の明るさ。はしたなさ=みっともなくて恥ずかしい。詫(わ)ぶる=辛いと思う。いみじうをかしうて~=客観的な描写から体験としての作者の主観的な描写に切り替わります。歩(あり)かまほしき=牛車を走らせていたい。

「わたしなりの枕草子」#339

2012-03-08 09:52:34 | 読書
【本文】
二百八十二段
三(さん)月(ぐわち)ばかり、「物忌しに」とて
三(さん)月(ぐわち)ばかり、「物忌しに」とて、かりそめなる所に、人の家に行きたれば、木どもなどの、はかばかしからぬ中に、「柳」といひて、例のやうになまめかしうはあらず、広く見えて、憎げなるを、
「あらぬものなめり」
といへど、
「かかるもあり」
などいふに、
  さかしらに柳の眉のひろごりて
    春のおもてを伏する宿かな
とこそ見ゆれ。
 その頃、また、同じ物忌しに、さやうの所に出で来るに、二日といふ日の昼つ方、いとつれづれまさりて、ただ今もまゐりぬべき心地するほどにしも、仰せ語とのあれば、いとうれしくて見る。浅緑の紙に、宰相の君、いとをかしげに書(か)い給へり。
「いかにして過ぎにしかたを過ぐしけむ
暮らしわづらふ昨日今日かな
となむ、私(わたくし)には、今日しも、千歳の心地するに、暁には疾く」とあり。この君ののたまひたらむだに、をかしかべきに、まして仰せごとのさまは、おろかならぬ心地すれば、
「雲の上も暮らしかねける春の日を
 所からともながめつるかな
 私(わたくし)には、今宵のほども、少将にやなり侍らむとすらむ」
とて、暁にまゐりたれば、
「昨日の返し、『かねける』いと憎し。いみじう譏(そし)りき」
と仰せらる、いとわびし。まことにさることなり。

【読書ノート】
 なまめかし=優美である。広く=(葉も)。
 あらぬ=別の。
 さかしらに=利口ぶって。おもて=面目。伏する=丸つぶしにする。
 つれづれまさりて=所在なさがつのってきて。宰相の君=(代筆の)。
 過ぎにしかた=(そなたが出仕する前の)過ぎ去った日々を。わづらふ=煩ふ。思い苦しむ。
 私(わたくし)=宰相の君。私信として。おろかならぬ=おろそかに出来ない。
 雲の上=宮中。所から=(暮らしかねるのは)場所のせいだと。ながめつる=物思いにふけっていました。少将=不詳。
 「昨日の返し、~=中宮の言葉。「雲の上も暮らしかねける~。「ける」が推量伝聞なので中宮の気持が十分に分かっていない。譏(そし)りき=(みんなで)。→萩谷朴校注。

「わたしなりの枕草子」#338

2012-03-07 08:35:32 | 読書
【本文】
二百八十一段
 陰(おん)陽(やうじ)師のもとなる小童(こわらはぺ)べこそ
 陰陽師のもとなる小童べこそ、いみじうものは知りたれ。
 祓(はら)へなどしに出でたれば、祭(さい)文(もん)など読むを、人はなほこそ聞け、ちうと立ち走りて、「酒・水沃懸(いかけ)させよ」とも言はぬに、し歩(あり)くさまの、例知り、いささか主にもの言はせぬこそうらやましけれ。「さらむ者がな、使はむ」とこそおぼゆれ。

【読書ノート】
 もとなる=もとにいる。小童(こわらはぺ)=幼い子供。ものは知りたれ=よく機転が利く。なほ=まだ。沃懸(いかけ)=注ぎかける。し歩(あり)く=為歩(あり)く。ふるまう。例=手順。

「わたしなりの枕草子」#337

2012-03-06 06:52:31 | 読書
【本文】
二百八十段
 雪の、いと高う降りたるを
 雪のいと高う降りたるを、例ならず御格子まゐりて、炭(す)櫃(びつ)に火おこして、物語などして、集まり候ふに、
「少納言よ、香炉峰の雪、いかならむ」
と、おほせらるれば、御格子上げさせて、御(み)簾(す)を高く上げたれば、笑はせ給ふ。人々も、「さることは知り、歌などにさへ歌へど、思ひこそ寄らざりつれ。なほ、この宮の人には、さべきなめり」
と言ふ。

【読書ノート】
 有名な「香炉峰の雪」の段です。清少納言の博識より機知がよく出ています。
「少納言よ、香炉峰の雪、いかならむ」=折角の雪景色なのにと、中宮は婉曲に注意された。
 例ならず=いつもと違って。まゐりて=お下げして。物語などして=(女房達は)。
 御格子上げさせて=(女官に)。御(み)簾(す)を高く上げたれば=(私は)。さべきなめり=そうあるべきなんでしょう。
「遺愛寺の鐘は枕をそばだてて聴き 香爐峰の雪は簾をかかげてみる」
 白居易(白楽天)【( 七七二~八四六 ) 中国,中唐の詩人。号は香山居士また酔吟先生,字 (あざな)は楽天。官吏の職にあったが,高級官僚の権力闘争にいや気がさし,晩年は詩と酒と琴を三友とする生活を送った。その詩は平易明快で,「長(ちよう)恨(ごん)歌(か) 」「琵琶行」などは広く民衆に愛され,日本にも早くから伝わって,平安朝文学などに大きな影響を与えた。「秦中吟」「新楽(しんが)府(ふ) 」など,社会や政治の腐敗を批判した社会詩もある。→大辞林】。

「わたしなりの枕草子」#336

2012-03-05 08:00:53 | 読書
【本文】
二百七十九段
 節分違へなどして夜(よ)深(ぶか)く帰る
 節分(せちぶん)違(たが)へなどして夜深く帰る、寒きこといとわりなく、頤(おとがひ)などもみな落ちぬべきを、からうじて来着きて、火桶引き寄せたるに、火の大きにて、つゆ黒みたる所もなく、めでたきを、こまかなる灰の中より、起こし出でたるこそ、いみじうをかしけれ。
 また、ものなど言ひて、火の消ゆらむも知らずゐたるに、こと人の来て、炭入れて熾(お)こすこそ、いと憎けれ。されど、めぐりに置きて、中に火をあらせたるは、よし。みなほかざまに火をかきやりて、炭を重ね置きたるいただきに、火を置きたる、いとむつかし。

【読書ノート】
 夜(よ)深(ぶか)く=夜がまだ明けないうちに。夜明けを念頭において。
 めぐりに置き=(炭を)周りに置いて。
 注文が細かい!

「わたしなりの枕草子」#335

2012-03-04 08:31:29 | 読書
【本文】
二百七十八段
 坤元録の御屏風こそ
 坤(こん)元(げん)録(ろく)の御屏風(みびやうぶ)こそ、をかしうおぼゆれ。 漢(かん)書(じよ)の屏風は、おぼしくぞ聞こえたる。
 月次(つきなみ)の御屏風も、をかし。

【読書ノート】
 坤(こん)元(げん)録(ろく)=中国の地誌。漢(かん)書(じよ)=中国の歴史の本。月次(つきなみ)=毎月。四季の風景。おぼしく=(歴史)がまざまざと感じられる。聞こえたる=評判です。

「わたしなりの枕草子」#334

2012-03-03 09:17:27 | 読書
【本文】
二百七十七段
 神のいたう鳴るをりに
 神のいたう鳴るをりに、雷鳴(かみなり)の陣こそ、いみじうおそろしけれ。
 左右(さう)の大将、中・少将などの、御格子(みかうし)のもとに候ひ給ふ、いといとほし。鳴り果てぬるをり、大将仰せて、
「おり!」
とのたまふ。

【読書ノート】
 神=雷。雷鳴(かみなり)の陣=雷の激しい折に、清涼殿、紫宸殿の前に臨時に設けられる警固の陣。→二四〇段。
 御格子(みかうし)=清涼殿の孫廂の御格子(みかうし)。いとほし=気の毒。「おり!」=孫廂から下りて、陣を解散。
 雷の被害って多かったのではないかと想像します。避雷針なんかないですものね。