社会を見て、聞いて、感じる。

人生そのものがフィールドワーク。

11月21日(木) 父の強さ。

2019年11月22日 22時26分14秒 | 2019年

 6時半起床。

 今朝も娘のご機嫌がすこぶる悪い。ご飯を食べることも拒否、当然着替えも拒否で、四苦八苦。妻と交代でなだめながら身支度を整え、そのうちに娘も何とかご飯を食べて着替えも済ませることができたが、保育園への出発は普段より20分遅くなった。妻のほうが早く準備ができたので送迎はお願いし、私はバタバタと着替えて家を出る。

 娘の不機嫌に関する仮説のひとつに、起きた時に寝室に1人だと寂しいのではないか、というものがある。多くの場合、彼女が起きた時にはまだ妻も私も一緒に横になっていて、私が娘を抱きかかえて居間へ移動し、しばらく抱っこをしたまま過ごしている。その流れの時に娘の機嫌が悪いことはあまりない。しかし、最近は娘が起きるよりも早く私たちが起きていて、妻は朝食の準備をしていたり、私はシャワーを浴びていたりする。そうなると、娘は自分1人で居間へ出てこなければならない。もしかすると、それが嫌なのではないだろうか。

 日中はオフィスで事務処理。内部研修用のレジュメ(第1案)を一気に作り終える。

 昼食は近所に最近オープンしたバーのランチ用持ち帰り弁当(チャーシュー丼?)。お肉の量が売りのお弁当のようで、ご飯が足りないくらいたくさんのお肉が入っていた。この時期に外に置かれているので冷めてしまっているのが残念だが、味は美味しい。がっつりお肉が食べたいときの選択肢としてとてもいいと思う。

 夕方から平塚へ。上司と後輩と3人で、私たちが青年部会の事務局を担当していた頃にお世話になっていた社長さんのお通夜に伺う。享年48歳。早すぎる最期である。経営者としてめまぐるしく忙しい日々を送っているにも関わらず、いつもニコニコと笑顔で優しい方だった。また、ご飯をとても美味しそうに食べている姿が印象に残っている。そんな人柄からたくさんの人に愛されていたのだろう。会場に着くと、外まで弔問客の列ができていた。

 お焼香を終えて会場を出る際、弔問客1人1人に丁寧に頭を下げるご老人の姿が目に入る。先代の社長、故人のお父さんだ。大切な息子であり会社の後継者でもある故人に先立たれた心中は察するに余りある。親が子どもに先立たれることほどつらいことはないだろう。それでも気丈に振る舞い、弔問客に頭を下げ続ける姿に心を打たれた。

 平塚駅へ戻り、駅ビルに入っている「うどんの詩」で夕食。私はのどぐろなどの入った季節の天丼セットを注文。食事をしながら、故人の思い出を振り返ったり、仕事に関する真面目な議論をする。最近は「食事や飲みの場でまで仕事の話をするなんて野暮」という価値観が広まってきているが、私は仕事の話をすることが好きだ。それに、職場を離れたからこそ言えること、聞けることもある。

 22時過ぎに帰宅。身体に塩を振ってからドアを開ける。どうか安らかに、と改めて祈る。ご家族の心の痛みも、少しでも和らぎますように。

 日付が変わる頃に就寝。