はちきんizyのアメリカ丼

料理にすると丼カップル
はちきんイジーとアメリカンいごっそうバッキーの
山あり谷ありの国際結婚ブログです。

僕の暑さ対策に

2017-05-15 | ペット


豚のフランクが我が家に来て

  初めての夏を迎える。


ブタは汗を掻いて体温調節が出来ない事もあって

 暑さに弱い、、


フランクの小屋は

 木々が生い茂った丘と

  背の高い家の間の裏庭にあり

 直射日光は受けないが

影も作り 雨もしのげる カバーを付けた。






 水遊びが出来るように

  小さなプールも作るといい と聞いたので

     思案中




十分かまってあげられない豚フランクだが

小屋の外に出しても

 一人で遠くまで行く事はなく

  私たちの傍をついて歩く。

 


ただ 食べるのが好きなフランクに

  植えたばかりの花の苗を

   食べられないように 要注意!

   
   
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駄目子も出来た

2017-05-15 | 嬉しかった事


青空から陽がギンギン照る土曜日の午後

クリスマスにサンタが持って来た

  カヤック(kayak)を取り出し

    川に出た。




このカヤックは が結構あるので

 バランスを取るのも楽で


 


  思ったより スムーズに漕ぐことも出来た。






何をやっても下手くそな私が

  転覆もせず




 スイスイ漕いでいる様子に

  バッキーもびっくり!!



そんな私の様子にスマホを向け

 何枚も何枚も

  写真やビデオを撮る。


こんな事は この長い結婚生活の中でも


  まず なかったので

すごく 気分が良かった、、、。


日本はもう月曜日に日にちが変更してしまいましたが

 アメリカは日曜日の母の日です

 皆さま 良い 母の日をお過ごしください。
  


サマーリーグもスタート

2017-05-14 | 次女の子ども



ソフトボールのトラベルチームに入っているけいちゃんだが

 この町のサマーリーグチームにも入っており

その試合が今週から 開始 された。

 毎週 木曜日の夕方行われる。


昨年までは 

 試合でもコーチがピッチングをしていたが

今年からは 選手がピッチング、、、




ただ 

まだまだ 上手くストライクゾーンに投げられる子がおらず、、

  と言うか 

それこそ 

打つにも 打てないワイルドなボールばかり、、

 それが 幾つか投げられると 

   コーチによるピッチング となる。




選手の守備位置交代は 

  各イニングで行われ

  けいちゃんは この日

ショート、ファースト、そしてキャッチャーを

   プレイする事が出来た。


 


ファーストイニングでピッチャーを務めた選手、、、、。

投げても 投げても 

 ワイルドなボールになる自分が

  情けなかったんだろう

 涙をぬぐいながら

  ピッチングをする姿にキュン


それもあって

 けいちゃんの次に 彼女のプレイに目も行った。


 


お遊びのようなプレイをする選手が多い中

その選手のハッスル(hustle)ぶりは

  立派なもの

見ていて心地いい。

この子はこれからどんどん 伸びて行く事だろう。



帰りの車の中で

”チームのリーダーになって

  選手たちに声掛けもしていくようにしなさい。”
  と


ニックママから言われたけいちゃん、、、


 引っ込み思案なけいちゃんにとって

  これは 大きな課題だ。


それに取り組む中で

  けいちゃんも一つ成長する事だろう。

  



家に帰りつくと9時半を回っており

  シャワーの後 ベッドに直行。 


失業保険を貰うのは厳しい

2017-05-13 | アメリカのニュースあれこれ


 ”会社が勝ったぞ!

  今日はいいスタートだ。” 
 と 


 バッキーから 浮かれた

  テキストメッセージがあったのは

 朝9時過ぎの事、、、。 


 お互い忙しい日々の為 

 電話もテキストメッセージもせず

  1週間が過ぎる事が多い私たちなので

こうした 知らせをしてくれるのは 嬉しい!

  


バッキーが  we won と喜んでいるのは


 会社を辞めた、、または 首になった従業員が

  失業保険の申請をした事で

 3者(ジャッジ、会社側代表のバッキー、元従業員)による ヒアリングが

   電話で行われ

 会社側の言い分が通り

その従業員に失業保険が下りない事になった為、、、だ。




アメリカでは

失業保険金の負担を企業がするので


  このヒアリングで勝つ事に大きな意味がある。


それもあり

従業員を 解雇する場合

 その人の非を証明出来るように

 十分な記録も取り

  ヒヤリングで勝つ為に必要な情報も 

   期日までに十分そろえておくバッキーは


    負ける事もない 


そして勝っては

   毎回のように ハイになる。 

  



仕事を辞め、

 失業保険を申請する側にとっても

  要領は同じなので

  自分には非がない事を証明出来るように

  それらの記録や証人と共に

    正当な理由を持つ事、、だ。



例えば 




 危険な仕事である。

 職務が心身に問題を起こす。


 勤務時間が長時間に変わった。


 給与が減らされた

 
 仕事の内容が変わった。

 
 ハラスメントや差別待遇を受けた

 
   
     などなど、、、



 



  
ヒヤリングの日にちは

 失業保険の申請をした後
   
    連絡が入る。


アッ  でも

レイオフになった場合などは

  ヒヤリングの必要もなく

 決められた額の保険金が下りる。




                                 


昔々

務めていた会社が醜い倒産をし

10か月間ぐらいだったか、、、? な、、、。


下の娘が幼稚園に行く前であった事もあり

 失業保険を貰いながら

現金払いで届け出をしなくても済む

  ベビーシッターをして

     暮らした事があった。 



  
確か 2週間に1度、、? だったか

 求職活動をしている事を証明する必要があり

私を雇いそうにない会社を訪れ 

  職安への届出書?にサインをしてもらっていた。

  
サインをしてくれる人も

  私が何をしているのか 承知で

 人を見下げるような目つきで見る人も多かったが

  私は失業保険が貰える期間中

   それをし続けた、、、。


 
 なんだか 

リンクカードで現金に換えている人が

     自分と重なる、、、


 *リンクカードは生活保護を受けている人が

  食料品を買う為に与えられるものだけど

  デビットカードの要領で 現金を受け取る事も可能
 


イラつく、、のは、、

2017-05-12 |  私の仕事


3時から7時までの4時間を寿司太郎(中国人) と

  一緒に働く水曜日、、、、。


いつもに増して

 店のレストランが忙しく、、

   もうごった返し




私たちが握った寿司が

  すぐに客のテーブルに運ばれないので

それが気になり

 ウエイトレスの手伝いに参上



私としては

  オーダーされた寿司を握るだけが 仕事でなく

     握った寿司が

 すぐに客の元に運ばれたか  

   その確認を取るのも

  自分の仕事  と思っている、、、が


そう考えない 寿司太郎と

   仕事中 小さないざこざ があった、、、。


ただ 忙しさの中で

   口論する時間もなく

 考え方の違い   として

   自分の中で処理、、、黙った。




、、、が 処理しきれないので

   ここで 吐く事にした、、、(エッ? )^0^






5人の中国人と共に働きながら思う事、、、。




 彼らは 店全体を見ず

  自分の仕事と考える範囲が小さい。


自分の仕事 と 彼らが思う事は

   猛スピードでこなし

身体の具合が悪くとも

  そんな愚痴は 全くせず

  
彼らの働きぶりは 素晴らしいけど


範囲外での仕事には

 全く手を出そうとしない、、。




結果が悪く出ても

  それが自分の責任にならなければ

    良し  とする、、、タイプが多い。





 こういった ちょっとした考え方の違いが出てくると

     イラつく。 


 イラつくのは きっと

   寿司太郎も 同じであろうが、、、



私道が多いここ

2017-05-11 | アメリカのニュースあれこれ


青い家が建つ川沿いに出来た集落から

 ハイウェイに行くまでの郡道には


 家の住所となるナンバーが書かれた青い札


         (写真右手に見える郵便受けの箇所に立つ青いもの) が


  道のわきに立ち 


  そこから入る小道は

      

    


       プライベートロード。




 そこの住民でない者は 

   立ち入り禁止 だ。





所によっては

  立ち入り禁止のサインに

  違反者は起訴される (Violators will be prosecuted) と 

 言う文字と一緒に

   書かれている場合もあるので 


  



 要注意



  

ごみ収集の日は

  ゴミ箱を郡道まで 持って行かなくてはいけないようで


 

   それをトラックに積み

  ここまで 持って来ていた。
  

そう考えると

  こういった暮らしは  

   元気なうちでないと  出来ない 







私たちの青い家が建つ集落も

 1本の郡道が走る意外は

  プライベート ロードになっている。





ここが   その プライベートロード 


    


この道のあちこちに 大きな水たまり が出来

  冬は凍り付くし

   どうしたものか  と思っていたら

 一人の住民が砂利を敷き 

     道を整えてくれた。


費用は

 この道を利用する住民10件で分け合い

    一件60ドル(6000円)  と


  すぐに 支払える額で  助かった。




青い家のタックスは 

  家が川の傍にあるにも関わらず

   イリノイの家の半額以下、、と

    安いんだが

     こういう事も関係しているのかも、、、。



箪笥をペイントして今風に、、

2017-05-10 | 趣味といい物たち


私たちが結婚した翌月の6月

海軍を退役したバッキーは

 一足先に アメリカに帰り

 私たちが住む アパートの準備をしてくれた。




その時バッキーが買った家具は

  すべて中古品


ソファーやテーブルは

  その後 幾つか買い替えたけど


ベッドルームセットは

 未だに 同じものを使っている。






ベッドのヘッドボードやフレーム、に 箪笥

  そして  


 大きなミラーの付いたハッチドレッサーが 

    そのベッドルーム3点セットに含まれていた。




 そのハッチドレッサーはこんな感じの奴 ↓  (写真はネットより拝借)


  


7-80年代のにおいのする この大きなドレッサーは


 鏡が付いた棚のあるハッチの部分が

    取り外せるので

    
   引き出しの付いた部分のみを

     物の収納に使っていた。


それをアイオワの家に持って来ると
 

白と薄いグレーでペイントしてくれたニックママ、、、



 


 サンドペーパーでこすって  

   シャビー感も出し、、、、


  

後は アンティークな取っ手を見つけ

   取り付ければ出来上がり。




無難な手段を取る事に、、その7

2017-05-09 | Buck& Me中年夫婦の毎日


家を売る件での話を


 "家の買い手が出てきたが”その1

 

”買い手との交渉”その2


”買い手が家にやって来た”その3


”買い手が笑顔になったのは”その4


 ”契約書にサイン ” その5



”問題発生” その6


、、、と続けています。




必要な額のハウスローンが

 おりるまでの間

私たちの家をレンタル出来ないか   と

 言って来た買い手コリーから


  3か月後には1800ドルの昇給がある筈だ。


  おじいさんから いくらかお金を借りることも出来る。


などの 話もあり

 長期間にはならない ようにも言われた、、、が


先週末

断りの返事をテキストメッセージで

  コリーに送った。





家を貸した場合


 バッキーが希望するファームハウスを借りる事が出来る。

 金銭的には いくらかのプラスになる。


 と 言う利点はあるけど、、、


 レンタル中、家に何か起こった場合

      私たちが修繕しなくてはいけなくなる。


 など 悪い事を考え始めると

  キリもなく

それらをカバーする為の条件を付け

  レンタルする事も考えられるけど

 
一番 無難な手段を取る事にした。





”どうしても この家が欲しいなら


 おじいさんからお金を借りる方法もあるようだし、、、ね”
  と


私が言うと

”そんな事は最後の最後や


俺だったら お金を借りたりはしたくない。” 
 と 


ガンというバッキー、、、。







私たちがアメリカで生活をはじめた最初の2年ほど

 アパートを点々とした後 

急な離婚で

 一人暮らしになったバッキーの友人と

  共同生活までした事があった。


バッキーとは仲の良い

 同じ職場の人だったけど

共同生活ともなると

 いろいろあるもので

1年ももたなかった、、、、。


ただ 借家暮らしには戻らず

  家を買う事にしたバッキー




その頃のハウスローンの金利は18%と

   高かったが

 家を購入したかったバッキーは

その頭金を

 おじいさんから借りた事だった。



アメリカのでの暮らしが

  まだよく分かっていなかった私は

英語がうまく話せなかっただけでなく

それらに関しても 

 自分の意見を持っていなかった事も

    また 思い出される。



遺産相続で、、

2017-05-08 | 友人たち


お寿司やお刺身が好きなキムさんと

 寿司や中華が食べ放題のレストランに

   土曜日の夕方 行って来た。


今回は

バッキーとキムさんのご主人も入れダブルデート。



シカゴ郊外の出身である

  キムさんご夫婦が 

 この町に引っ越してこられたのは20年ほど前の事


暫くして キムさんのご両親も

その町の川沿いに建つ家に

 定年後

  シカゴ郊外から 引っ越してこられた。


ご両親は 自然に囲まれた中での暮らしを

  エンジョイされていたが


お父様が亡くなり

一人暮らしのお母さまの具合も悪くなり


キムさんご夫婦が

 川沿いに建つお母さまの家に住み込み

介護を始められたのは 去年の事

そして

 この春 お母さまも亡くなられた。





 キムさんには 

 シカゴ郊外に住む弟さんが一人おられる。


親が残した遺産を相続する為

すぐに

 川沿いに建つお母さまの家を売り払う事を希望する弟さんと

その話が進行中である事を知った。




リビングの窓から川が広がるその家に

キムさんご夫婦が

 住めたら、、、と

  願っていたバッキーと私は

  残念に感じた事だ。




                             



  弟さんが考える母親の家の値の半額を

      彼に支払う事が出来ない。

   
 
  高齢だった両親はその家の

     Property Tax (個人が持つ土地や家にかかる税金) が

     値上がりしないように出来たが

     それが出来ない自分たちにとって

     川沿いの家のProperty Tax は高過ぎる。

     

  遺産の事で弟と喧嘩はしたくない。




などの理由から

 弟さんが望むように

  お母さまの家を売りに出される事にした、、、と言う。



これに決めた!

2017-05-07 | Buck& Me中年夫婦の毎日


川べりにあるキャンピング場の木々も

  花が満開、、。


その中の一つ

 ピンクの花を咲かせているクラブアップル





すっごく

  気に入ったけいちゃんを見て

 お誕生日プレゼントにしよう、、、

思った私は

 まず ニックママの了解を取った。



 意外なアイデアだったのか

一瞬 戸惑いも見せたニックママだが

 私やけいちゃんが持つ ワクワクと一緒に

喜んでくれた。



  

 
誕生日の当日

 ほかのギフトを買いそろえた後




  木を売っている店に走った、、、ら

思ったより高価 



大きめのサイズの木ではあったが

 100ドル近くしたので

 バッキーの会社で取り扱っているか 

 まずは その確認のテキストメッセージを送った。


すると


”会社は今年 木は取り扱っていない

 それに青い家では 木は必要ないぞ!

  裏庭に イヤと言うほど木が茂っているだろうが、、。”
  と

 
返事が来る、、、。



 確かに 裏庭には木が生い茂ってはいるが

 クラブアップルの木だけでなく

  花を咲かせる木は そこにはないし

  何よりも

 木を庭に植え 

 その成長を見る事に

    大きな意味がある、、。




”この木をお誕生日のプレゼントに贈るね。” 
 と

  けいちゃんに伝えると


庭で花を咲かせるクラブアップルを

  想像してか

目を丸くして わくわく するけいちゃん




 そんな私たちの気持ちを知らない男

テキストメッセージで 

 口論するのは止め

 週末 顔を見て 話し、

   納得させる事にした。


ただし 木は小さなサイズで 

  安価な物を探す事にして、、、。




                           
         
     
          


  



私がクラブアップルの木を 初めて知ったのは

20年近く前の事

バッキーが転勤になり新しく住み始めた

その家の庭に数本生えていた木が

 クラブアップルで

 春には


  


桜を思わせる花が

   見事に咲き


冬は





 木に出来た小さな赤い実が

  真っ白な雪の中に色を付けてくれた。




 そして

その実が大好きな鳥たちも集まって来て




年中 

 私の心を満たしてくれた 特別な木、、なのだ。


 その木にけいちゃんたちの想い出までが

  プラスされようとしているなんて

   思っただけで ワクワク  ではちきれそう。 


      ( ピンクのクラブアップルの写真は

   ネットより拝借)



Bデーケーキは、、

2017-05-06 | 

朝から予定が入っていた木曜日は

   けいちゃんのバースデー、、。


ケーキのオーダーも入れていない上

 ケーキを焼く時間もない、、。




それだけでない、、、

実は プレゼントも用意していない、、有様 


これが多い私は

  なんでも 計画を立てるバッキーから

  叱られる事がよくある。 




ケーキなしで お誕生日のお祝いは出来ない、、、ぞ  と

プレゼントを買いに行く前に

  ベーカリーに寄り


丸いバニラケーキに 

 ウイップアイシングを塗っただけの

  簡単なケーキをオーダーしたら

 
その場で すぐに仕上げてくれた。 




持ち帰ったそのケーキに

 イチゴをのせて


   


    出来上がり!



初めての イチゴケーキに

  二人とも 目をまん丸くして 


         喜んでくれた。 



5月4日


けいちゃんも 10歳になりました、、、速いなぁー



日本に行く婦人に出会って、、

2017-05-05 | アメリカのニュースあれこれ

朝9時から夕方7時までのシフトも

  今週の水曜から始まった、、、


 出来たら この時間帯で

   週3-4日 働きたいほど

   気に入っている。





明るいうちに家にも帰れ

  忙しい時間は二人で働くので

 どちらかと言うと

  時間を持て余す ほどであった。




  給料が増える、のが 何よりの魅力 


ただを言えば

 寿司太郎の作るすし飯が

  気に入らない点、、、だろうか。




  



朝 寿司の準備をしていると

 ”2週間後に日本に行く。” と言う

 6-70代の婦人が話しかけて来た。



 ホームスクーリングを受けているお孫さんたちを

 アジアの文化や社会に触れさせるため 

韓国と日本を

  家族で訪問する事にした、、と言う。


ホームスクールである事

アジアの文化にも興味を持たれている事

そして

お孫さんの年齢が

7歳から11歳と

 知った事から

  咄嗟に

”もしも彼らが日本語を学びたいなら

  私が教えますよ、、。”
  と


言ってしまった  自分がいた、、。 


  えっ? 教えるって そんな事 出来るんですか?  と

そんな声が

  頭のどこかで巡ってもいたが 

それよりも

 お金を取ろうとしているのでない事を

   伝えなくては   と

 思った私は

 ”language exchange” (言語交換) の要領でしよう、、と

  
  付け加えた。

 

長年 教師をされていたと言う婦人は

 その話にパッと表情を明るくされ


旅から帰って来たら

  また 顔を出す 

   約束してくださった。




彼らの旅が どんなものになるのか

そんな話を聞くのは

  私も楽しみだ、、、。




まず韓国で数日過ごした後

  ソウルから大阪に飛び 

  京都にも行かれるらしい。



  


あっ そうそう

先日ブログで日本のトイレの話をした事を思い出し

”スマートトイレを

   試して来てください。” 
 と言い

それが 何であるか説明すると

目を丸くして 

  婦人が聞いていた。


脅し文句は quit!

2017-05-04 | アメリカのニュースあれこれ


今にも 吹き飛ばされそうな程の

   強い風の吹く火曜日の朝

 職場につくと

中華のマネージャーが 何やら

そわそわ 落ち着かない、、。




流しにたまった洗い物を 

   し始めた私に


”寿司太郎の仕事が遅くて

 客からクレームがあったので

 水曜日は寿司子に働いてもらおうと思うから

  君のスケジュールも変更になる。” 
 と言う。


客がクレームをつけたのは

店にあるレストランの寿司が

  半額になる水曜日だ。


毎週 水曜日は

 9時から3時まで 私が働き

寿司太郎は午後の部を受け持っている。



この店で寿司を握るのは

  中国人の寿司子 と 寿司太郎の フルタイマー二人と

    パートの私、、。


忙しい日も

  一人の寿司シェフで仕事がされ


フルタイマーたちは 

 週 数日 12時間シフトで働く。







今回のクレーム事件で

 アメリカ人のボス ”ボスオ”と

   話をする事になった寿司太郎は


 こんな事は二度と起こらないようにする。

  
 スケジュールを変えられるのは嫌だ。


を 強く主張し

それだけでなく

どこでどうなったか


 12時間シフトは身体にきついから

    2日以上 そのシフトでは 働きたくない。

  と 不満を言った時


”希望をきいてくれなかったら


  辞める! ”
  と


脅しをかけた、、と言う。





この職場の中国人

 気に入らない事があると

この”I will quit”を使う事が多い。



そんな脅し文句を言っても

 実際 辞めて困るのは彼らだろうに、、、と

  思う私だが


その言葉を 素直に聞くボスオ、、、、


 辞められては困る  と

 なんとか寿司太郎の希望に応えようと

スケジュールを見直し始め

 数時間をそれに費やする。
 



その結果出来たスケジュールは

私や寿司子にとって やり難い日程


今度はそれに不満を持つ 

 寿司子と中華マネージャー(寿司子の夫)が

ボスオに文句を言い 

   別の方法を提案

結果 

忙しい水曜日は

午後3時から7時まで 寿司太郎と私2人で

  仕事をする事になった。




寿司太郎の希望通りにはならなかったが

 それで 承知はしたようだ。






私は 朝9時から夜7時までのシフトになり

  勤務時間が増えた事

  二人で仕事が出来る事になり

 好都合な結果にはなった。


今回きた 客からのクレーム対策としても

  これが正解、、、だし、、。


タイムフライズじっくりと味わおう

2017-05-03 | 有り難い事


灰色の空から 小雨が降ったりやんだり

 気温も下がり  肌寒いこの数日、、、だ。

 

幾つものシェイドのグリーンに覆われた丘の中の

 若緑は

水分を含むや一層輝き

  さわやかさで包んでくれる。


春の恵みが 有り難い。




月曜はけいちゃんたちのピアノレッスンの日


 この音楽教室は 

夏休みもクラスがあり

  その申し込みも開始された。


自分に都合のいい時間帯のクラスを取るのは

   早い者勝ち だ。


中国人に先を越されないように、、と

オフィスが開く時間に入ったら

  来ていた父兄は 私一人、、、  しーーーん 



この日

8月下旬からスタートする

新学期の申し込みも

 7月中旬から受け付けている、、と知り


夏が猛スピード

  去って行くかのようだった、、、。


実際 

 アクティブな夏の日々は

   毎年 飛ぶように過ぎ去る。
  

一日 一日の恵みを

  じっくりと 味あわなければ、、、と

しみじみした 月曜の午後でした。

  


 (追記)

昨日の写真トップは

  

  土佐久礼の八幡宮のように思われます。

  ちょっと  すっきり ^0^


ご存知?ここ

2017-05-02 | 日本の家族


日本から持って来た古いアルバムには

 明治,大正、そして昭和初期の写真が

  黒い紙のページに糊でしっかりと

   貼られている。



アルバムには写真の説明がない為

 どこで いつ 何の為に

  撮られたものかが

  分からないが


何人かの

  家族の姿を見つける事は出来る。





先日 父の古い俳誌を手に取った事から

 父が15年間 入院していた

  ”精華園” の設立者である

  初代 町田院長は

私の曾祖父より12-3歳年上ではあるが

  似た時代の人と知り

イリノイの家に帰って来るや

曾祖父が医師として活躍していた頃の写真に

 町田先生がいらっしゃらないか

確認してみた、、、、。


多分 この方 ではないかと



   


  思われる写真があり

ちょっと 感動した事だ。


因みに  こちらが

  町田病院のサイトに載っていた初代院長の顔写真


    
 

   同人物でしょうか?




私が一人浮かれているのを横に

  しらけた態度を 

    素直に現すバッキー、、、、



確かに  

 それがどうした  と言うのも

    分かるが、、


 私の興奮は冷めず

一人 アルバムのページをめくっては

見落としがないように、、、

  それぞれ 隅々まで目をやった。 






そして この写真の  バックグラウンドにある


   


  眼科、、、という文字を目に


ここは 町田先生が帯屋町に建てられた

  最初の眼科医院であろうか と 


  想像しては  

 又 興奮、、、、、、

    、、、、でも控えめに、、 





アルバムには

 学校の記念写真が多かった。



そんな写真の 生徒一人一人に目をやってみたら

 それぞれの違いを発見し

  思わずズーム 


 


この頃は ドレスコードも緩かった んでしょうかね

足元は 皆 それぞれ微妙に違い


一人の学生なんて  

 傘まで持ち出しているし、、、

 ”番長は俺だぜ!”  とでも

  言わんかの彼の態度 


これがその頃の

 クールなポーズだったんでしょうか? 






校舎をバックに撮った記念写真、、、


よく見ると

    


すりガラスが 割れたままになっていたり



その時代の貧困さ を感じてしまう。




ところで


  


これらの写真に載っている神社や 


 

  
 この建物の事を

 

  ご存知の方

コメントでお知らせくださると

 嬉しく思います。



どうか よろしく。