ピンポン!
『うん?』いつのまにか寝てしまったんだなと紫苑さんは思いました。ぼーっとした頭の中にピンポンの音が残っています。
滅多に尋ねて来る人などいない家です。地域の回覧などはポストに入れておいてもらうよう張り紙がしてありました。『ピンポンダッシュだな。』紫苑さんは思うと、またうつらうつらと眠りの中に落ち込もうとしました。
ピンポン!
『2回鳴るという事は、』これは来客らしい。家に用がある人物が来ているのだと紫苑さんは判断すると目を覚ましました。はいはいと言いながら、目を擦ってソファーから起き上がると、足元に気を付けながらよろよろと台所にあるインターホンに向かいました。ボタンを押してハイと答えると、
「鷹雄です。」
との声です。よくよくインターホンに映る人影を見ると、その顔は確かに鷹雄君でした。
「やぁ、よくここが分かったね。」
彼は微笑んでインターホンのマイクに声を出しました。今出て行くからと言うと、彼は廊下を歩いて行きました。玄関に着く頃にはすっかり目も覚めたようでした。玄関引き戸に映る人影にやぁやぁと声をかけながら、お待たせと戸を開けると、確かにそこには鷹雄君が1人で佇んでいました。相変わらずの朗らかな笑顔でした。
「何だか心配になった物ですから、」
司書の人に頼んで住所を教えてもらいました。紫苑さんが一人暮らしだと聞いていたので、と鷹夫は出て来た紫苑さんに言いました。
へーっと、内心紫苑さんは呆れました。が、図書館でよく話していた自分達2人の事、あの司書の人も自分が風邪を引いていると知っている訳だし、また、1人暮らしという事は向こうもよく知っている事だからと、あの人も気を回してくれたのだろうと考えました。
『細君が亡くなった時にも、あの司書の人は親切だったな。』
紫苑さんは当時を思い出して、司書の人の軽はずみな行動に目をつぶる事にしました。何しろ相手は鷹雄君だから、住所を教えても大丈夫だとあちらも判断したのだろう。そう思ったのでした。